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 リュドヴィクティーク公主邸はネスタから聞いたように想定外の事態に騒がしい。
突然、予兆もなしにメイド長が腕を切断する状態になりそして一人死者が出たとなれば不安で騒がしくもなる。原因不明であることが何よりも心をざわつかせる。

 空中から龍の姿で戻ってきたアウスと後ろから追いかけるようにやってきたエルメを見て使用人は安心感と底知れぬ不安を爆発させた。


「御当主様ッッ大変なのですッッ」


 次々に出る言葉を一つ一つ拾い答えるには身も耳も足りず半数以上は相槌のみでも反応を見せながらアウスは真っ直ぐデフィーネがいる医療室へ向かった。
 公国にいる医者を集めラウリーを救うことが出来た医療設備を整えた部屋でデフィーネはベットに横になりながら完解毒薬を点滴していた。

 医療チームの後ろで影を薄めたユルが見えたアウスは少し話が聞きたいから医療チームは一時休憩も兼ねて外に出ていてほしいと言った。
ゾロゾロと扉の外へと出ていき扉がしまったのを確認したアウスは「何があった」と問うた。

 エルメはデフィーネと数回顔を合わせたことがある程度だったが、腕を切断する程の重症にも関わらず下着を脱がずにいるのか疑問でならなかった。
男がいるからと言われてしまえばそうか、となるところではあっても治療に最も邪魔なものであることには変わり無い。


「……申し訳ございません、無様な格好で……何があったのか説明が出来ない程に突然テストルの毒にやられ腕を失いました」


 デフィーネの説明はエルメを混乱させ、アウスの眉間の皺をひとつ増やした。
エルメはどうして一般のメイドがテストルを知っていて、更にはその対処法まで存じているのかと疑問を漏らした。その疑問に答えるためにはデフィーネの過去を開示しなければならない。それに腕を切断したユルの存在も何もかもを提示した上でエルメからは何も得られない与えるだけの情報となれば無駄にすらなり得る。

 けれどデフィーネは一切の躊躇いなく「私が元奴隷だからですよ」とエルメに言い切った。

 エルメが驚いたのはデフィーネが元奴隷だったからでも、それを躊躇いも隠そうともせず言い切ったことでもなかった。


 アウスの両親は栄誉ある奴隷解放の要となった方々ではあるが息子であるアウスは口には出さずとも反奴隷思想の持ち主であることは暗黙の了解に近い認知であった、
そんな彼が奴隷をメイド長という名前ある立場に置いていること、それに一番驚いてならなかった。


「……毒は体内から発生した、と医師に言われました。飲んでいた紅茶や触れたペンなど全て検査をかけたけれど何も出ず、同タイミングで亡くなったノバも同じ様にテストルである可能性が高いとも。彼女は男爵家の生まれですゆえこの毒など知識にもなかったことでしょう」


 事細かに説明をしたデフィーネの言葉でふと、アウスの心が陰る。その底知れぬ不安は自分自身にではなく形容しがたい難しい違和感に近い。
 何かの合図でもあったかのように、戻ってきたシザーはまっすぐにアウスの元へ足を進め、マリアから言われていた伝言である『彼女はまだ人ではない』という言葉を耳打ちした。

 不安が明確なものへと変わっていくにつれて、足が自然と王国へ向かうよう訴えかける。
そんな空気に気づいていないのか、エルメはテストルが人体で突然生成されたことに疑問を強く抱いていた。


「……テストルは、ユスカと呼ばれる民族でしか栽培が出来ないと言われる魔物よけに使われるそもそもが毒の花。その毒を抽出しカプセル状にしたものがテストルだ。
人の手でなければ作ることが出来ない劇物だ。王国の趣味悪たちが遊びで作ったものを人体で突然生成した日には自然界が敵に回ったか神が殺戮を好んだかしかないだろうな」


 アウスの別の事に奪われている思考はどんどんと深く嫌な方向へと曲がっていく。

『もしあの紙に誰かがラウリーの名前を書いてしまったら』

 きっと毒から逃れる方法を知らずに彼女は苦しみに苦しんで命を落とすことになるのだろう。
聖女とはいえ、ただの人間であることに変わりは無い。
龍人のように毒を分解出来る胃酸があるわけでも、獣人のように毒に反応できる嗅覚や舌があるわけでもない。気付かずに摂取して滅びいく、悪い想定しか浮かばない。

 アウスは脳内の考えがドロドロと流れ出すように口にした。


「……王国に行きたい、助けられるのなら……今度こそ」
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