幸福奇譚

安馬川 隠

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本編

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 マオというキャストが来ない以上は仕事も出来ないと車内で待つと言った重東に対し、今日はこちらの我が儘に付き合わせるのですからどうぞお連れ様も皆さんで店内にいらしてください。お代は頂戴しませんから。と三枝月は言い中へ誘導しようとした。

 けれど重東は叶真は車の運転があり店から出たらアルコールを口にしていなくとも疑われてしまう。榊組の威信の為にそこは譲れない、と叶真の入店をやんわりと断り、宏臣に関しても組長と話がある者ゆえ、控えさせますと言った上で叶真に宏臣の護衛を託し、重東一人だけで店内へと入っていった。


 店内に入る後ろ姿を扉が閉まる瞬間まで見つめ、閉まった扉に向かってため息を一つ落とすと、運転席に乗り座った叶真が「あのママさん、相当参ってそうだったんで今日の仕事は若が来て良かったと思います」と独り言のように呟いた。


「このお店の人が悪いことしたんですか」

「なんて言ったら正しいのかわからないんですけど、例えばコンビニでやっちゃいけないことってありました?」

「え?えっと………情報漏えいを避けるために制服姿で写真を撮ったりそれをSNSにあげる行為は禁止されてました」

「そうなんですね、写真もダメんなんすか………まぁ、要はそのダメと言われていることをこの店の一人の女の子がやりきっちゃった感じっすね」


 叶真の説明に、宏臣はじゃあなぜその女の子はクビという対応でなく重東さんにお願いという形になったのか、と叶真にそれとなく聞いた。

 叶真は淡々と、ただの一般人にだけそういったことをした。で終わるのならばクビの一言で終わるけれど、手を出した、または染めたのが榊組に都合の悪い場所や敵対組織、または榊組と縁がある人物や組織だったとしたら。
 コンビニとも近いですけど情報漏えいを避けるために、存在ごと居なくなってもらうのが一番手っ取り早くて一番綺麗に物事が片付くんですよ。と答えた。



 宏臣は不思議と恐怖を感じなかった。
重東が宏臣に使った薬の話を聞いた時は、背筋がゾワッとする感覚になり生きている事を感謝するほどに恐怖を感じたが、麻痺してきているのだろう。


 宏臣からすれば、重東がこれからするであろう事の方にばかり気が行ってしまう。


「僕も、叶真さんみたいに強かったらな」

「なぁに言ってんすか。宏臣さんの方が強いですよ。俺、怒ってる若に何かを言うなんて命知らずなこと出来ませんもん」


 車内が少しピリついていたのもほどけて柔らかくなったのを宏臣は感じながら、まだ来ないマオという嬢が来るのを雑談に花を咲かせながら待った。

 三十分ほど時間が経ち、流石に遅すぎやしないかと叶真が愚痴を言い始めた時、派手な見た目の嬢とわかる女と、誰が見ても高級である程度の役職の人間だろうと推察できる少し歳のいった男性が腕を組みながら歩いてくるのが確認できた。

 嬢は、店の前に不自然に置かれた叶真と宏臣の乗る車を見つけると怪訝そうな顔をして一緒にいた男性に何かを話すとズンズンと車に近付き、少し強い力でフロントガラスを掌で叩いた。


 流石の事に舌打ちをしながらも、叶真は宏臣に一言「出たり窓を開けたりしちゃダメですよ」と声をかけ、車のドアを開けてマオと対面した。


 マオは酷く不愉快だと不機嫌さを全面に出しながら「ねぇ、店の前に車置かれちゃ邪魔なんだけど!今日私のバースデーなの!不愉快!」と窓も閉めきっている車内にいる宏臣にすらはっきりと聞こえる大きな声で言った。

 出てきた叶真は大柄で普通であれば怯むのだが、マオは一切怯むことなくなんなのアンタ、と更に喧嘩腰になる。
 最初は、軽くあしらうつもりだった叶真もそんな姿を見せられては闘魂に火がつく。


「申し訳ございません。こちらも仕事ゆえ何卒ご容赦願いたい。私、奥星会直系榊組、若頭付き舎弟、四条叶真と申します」


 奥星会直系榊組という言葉に狼狽えたのはマオではなく後ろに控えたある程度の役職の男。
勿論、叶真の狙いもマオよりも其方にあったのだが、マオは全てを聞いた後にそれまでの不機嫌さが消え、目を輝かせるように「榊組って重さんのいる事務所よね!」と掌を返してルンルンで叶真にベタベタとくっつき始めた。


「もしかして重さん、私のバースデー来てくれたってこと?やば、島田さんと同伴してる場合じゃないじゃん!ねぇ島田さん早く中行こ!」


 高いヒールをカツカツ鳴らし、島田と呼んだ男の腕を掴みに走る。
 叶真に謝罪があるわけでも、感謝を述べるわけでもなく、店に入る前に一度振り返り「今度は車じゃなく来てよ、もち私指名でね!そしたらしゃぶってあげても良いよ!叶真くん意外と顔イケるし!車の中の子も一緒にさ!3Pでもオッケー」と大きな声で言い、店内の方へと消えていった。


 呆気にとられた叶真と宏臣であったが、叶真はノロノロと車内に戻ると「最悪の女」と小さく吐き捨てた。

 宏臣は彼女の相手を重東がする、なにか変な病気とか貰わないと良いなと他人事のように考えた。
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