ふたりとも秘密がある〜御曹司はS系秘書に首ったけ〜

樹沙都

文字の大きさ
6 / 65
わたしには、秘密がある。

「それで? 受け入れちゃったんだ? 同棲」

 専務室からドアを一枚隔てた外側の秘書室で、わたしのデスクの上に向かい側から斜めに腰をかけているこの人は、佐伯祐司さえきゆうじ。名目は専務第二秘書。専務の従兄弟であり、彼の人となりをよく知っている——つまり、唯一、わたしがここにいる理由を知っている人物なのである。

「違いますよ。同棲じゃなくて、同居です。同居。いったぁ……」
 ——そんなに無遠慮に触られたら、痛いですってば。

 わたしはいま、彼に顎をつかまれ、至近距離から頬の殴られ具合を検分されている。

「あ、やっぱり痛いよね。バッチリ手の痕付いてるもん。こりゃ、痣になるかなぁ? あの長い爪で引っ掻かれなかっただけマシってところか」
「ん……ですね」

 あんなヤツのために顔に引っ掻き傷を付けられるなんてシャレにならんのだが——目の前のこの人はわたしの心配なんてしていない。眉を顰めているわりに目が笑い、鼻歌まで聞こえてきそうな顔をしている。

「このままじゃあれだな。湿布でも貼るか」

 机の上には、蓋の開いた救急箱。傷の具合を確かめつつ、消毒液に脱脂綿、絆創膏、湿布薬に軟膏と、ひとつずつ手に取って効能書きを熟読し、どれを使おうかと眺めている。その傍らには、氷嚢。最早遊んでいるとしか思えない。

「顔に湿布なんて……目に染みるし見た目最悪だし嫌です勘弁してください」
「だよねー。じゃ、とりあえず冷やそっか」

 氷嚢を頬にギュッと当てられた。冷たい。

 最初から冷やせばいいだけじゃないか、とは、手当てをしてもらっている手前、言えないけれど。

「しっかし。いきなり殴るなんて、すげーお嬢ちゃんだ。尤も、あんただって大人しくやられているだけなんてわけはないんだろうけどさ」
「当然、反撃はさせていただきました」

 そうだろうそうだろう、と、目の前の顔が楽しげに頷く。

「それにしても要のヤツ、ついに婚約だ同棲だって社長の前で言い切ったのか。しかも、あんたまで同意するとはね」
「同意なんてしていません。成り行きで嵌められたんです。それに……佐伯さんだって」
「俺は共謀してないよ?」
「でも、ご存じだったのなら」
「訊かれてもいないこと、知ってたってわざわざ言わないさ」

 言っちゃったら面白くないもん、って、あなた、他人ごとだと思って。他人ごとだけれども。

「でもさ、あんたも往生際が悪いよね。要と同棲するって決めたんだろう? だったらこの際、あいつにおいしくいただかれちゃえばいいんだよ」
「冗談は止めてください。わたしは専務のご飯でもデザートでもありません。それから、何度も言いますが、同棲じゃなくて『同居・・』です」
「ハハハ。拘るね。男と女が一つ屋根の下で暮らすことに変わりはないんだから、どっちでも一緒でしょうに」
「それに、まだ同居すると決まったわけでもありませんし」

 無駄な抵抗とばかりに、冷ややかに睨まれた。

「じゃあ訊くけどさ。相沢あんた、縋り付く要を振り切れたことってあるの?」

 無い。

 はじめて出会ったあの日から、今日まで一度たりとも、あいつが言いだしたことを断れた試しは、無い。

 もちろん、できないこと、したくないことに関しては、必ず抵抗を、した。したが——結果的にあの泣き落としに負けてしまうのだ。

「しかしですね……そもそも、わたしが専務に付いているのは」
「女避けだろ? それがなに?」
「なにって……ですから、専務がわたしなんかと男女の関係を望むなんて到底有り得ないんです。佐伯さんだってご存じでしょう?」
「そうかな? 直接聞いたことはないけどさ、あいつ、案外本気であんたに惚れてんじゃないかと俺は睨んでるんだよね?」
「そ、そんなわけ」
「ぜったいに無いとは言い切れないでしょ? 蓼食う虫も好き好きって言うし、あんただって、よく見れば案外かわいいし? 要の御手付きじゃなかったら、俺だってお願いしたいくらいだよ」

 よく言うよ。あんたも専務も——口先だけなら、なんとでも言える。

 こんなに見目麗しくハイスペックな男に顎クイなんぞされ、耳元で甘い言葉を囁かれれば、大抵の女はコロッと落ちるのだろうけれど。

 幸か不幸か、持って生まれたこの特異能力のおかげで、わたしには、この手の戯れ言は一切通用しない。

「冗談も大概にしてください。好い加減にしないと怒りますよ?」

 相沢優香。恋愛に夢を見ることもなければ、はじめから望みのない相手に想いを寄せることも無く生きること、早、二十五年。

「その目! いいねー。そそられるわ」

 いまだ誰からも・・・・、恋慕の情を向けられたことは、無い・・




感想 1

あなたにおすすめの小説

俺様上司に今宵も激しく求められる。

藤白ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

絶交した幼馴染と大学の合コンで再会した。

孤独な蛇
恋愛
中学生の浅野春樹は上級生と喧嘩騒動を起こしたことがあった。 その上、目つきが悪く地毛は茶髪のため不良少年のような扱いを受けて学校では孤立していた。 そんな中、幼馴染の深瀬志穂だけは春樹のことをいつも気遣ってくれていた。 同じ高校に行こうと声を掛けてくれる志穂の言葉に応えたい一心で受験勉強にも力を入れていた。 春樹にとって、学校で孤立していることは問題ではなかった。 昔から志穂が近くにいてくれるから……。 しかし、3年生なってから志穂の態度がよそよそしくなってきた。 登下校も別々になり、学校で話しかけてくることも無くなった。 志穂の心が自分から離れていってしまっている気がした春樹は焦っていた。 彼女と話がしたい。笑った顔が見たい。 志穂と一緒に帰ろうと、彼女が部活動を行っている体育館へ向かったのだが……。 そこで春樹が耳にしたのは、自分の悪口を言って部活の友達と楽しそうにしている志穂の声だった。 その瞬間、春樹の中で志穂に対する想いや信頼は……消滅した。

恋は秘密のその先に

葉月 まい
恋愛
秘書課の皆が逃げ出すほど冷血な副社長 仕方なく穴埋めを命じられ 副社長の秘書につくことになった 入社3年目の人事部のOL やがて互いの秘密を知り ますます相手と距離を置く 果たして秘密の真相は? 互いのピンチを救えるのか? そして行き着く二人の関係は…?

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。 絶対に離婚届に判なんて押さないからな」 既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。 まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。 紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転! 純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。 離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。 それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。 このままでは紘希の弱点になる。 わかっているけれど……。 瑞木純華 みずきすみか 28 イベントデザイン部係長 姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点 おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち 後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない 恋に関しては夢見がち × 矢崎紘希 やざきひろき 28 営業部課長 一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長 サバサバした爽やかくん 実体は押しが強くて粘着質 秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?

再会した御曹司は 最愛の秘書を独占溺愛する

猫とろ
恋愛
あらすじ 青樹紗凪(あおきさな)二十五歳。大手美容院『akai』クリニックの秘書という仕事にやりがいを感じていたが、赤井社長から大人の関係を求められて紗凪は断る。 しかしあらぬ噂を立てられ『akai』を退社。 次の仕事を探すものの、うまく行かず悩む日々。 そんなとき。知り合いのお爺さんから秘書の仕事を紹介され、二つ返事で飛びつく紗凪。 その仕事場なんと大手老舗化粧品会社『キセイ堂』 しかもかつて紗凪の同級生で、罰ゲームで告白してきた黄瀬薫(きせかおる)がいた。 しかも黄瀬薫は若き社長になっており、その黄瀬社長の秘書に紗凪は再就職することになった。 お互いの過去は触れず、ビジネスライクに勤める紗凪だが、黄瀬社長は紗凪を忘れてないようで!?  社長×秘書×お仕事も頑張る✨ 溺愛じれじれ物語りです!

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始