ふたりとも秘密がある〜御曹司はS系秘書に首ったけ〜

樹沙都

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俺にだって、秘密くらいある。

「いってえ!」

 スッパーンと、小気味好い音がして、目から火花が散った。

「おまえ、なにこの世の終わりみたいな顔してんだ?」

 向かいの一人掛けソファへどっかりと腰を下ろした祐司が、左手に持ったファイルの当たり具合を右手の平でぺしぺしと音を立てて確認しつつ、楽しげに笑う。

「……おまえには関係無い。放っといてくれ」

 ファイルで殴られた頭頂を手のひらで慰めながら口を尖らせる。

「放っておけって、そりゃないだろう? おまえさ、ついに相沢丸め込みに成功して気分はこの世の春なんじゃないのか? それなのにどうしたんだよそんなシケたツラして」
「べつに……」
「なんだよ? 言えよ? 悩み事だったら任せろ! お兄ちゃんが相談に乗っちゃう——うぐっ?」

 だーれがお兄ちゃんだと?

 俺が抱えていたクッションは、ぼすっと小気味好い音を立てて、祐司の顔にめり込んでいた。

 他人に聞かれたら、地位も名誉も金もある三十二歳の男の会話かと呆れられるだろうが、これは、幼い頃から気心の知れた俺たちの日常的交流方式だ。

 ポンポンとクッションを叩き感触を確かめてから、徐に抱き締め顎を乗せた祐司が、俺に無理難題を課す。

「相手は相沢だろ。野生動物懐かせようってわけじゃないんだから、好い加減腹くくれば? あとはもう勢いで押し倒すだけじゃん?」
「……おまえじゃあるまいし」
「ひでぇなおまえ。俺のことなんだと思ってるの? まあ、なんでもいいけど」
「俺だってわかってるさ。押し倒して済むんだったらとっくにやってる。だけど、そう簡単にはいかないだろ……」

 頭を抱える俺に、さらなる追い打ちがかかる。

「そうかな? 押し倒すだけだろ? そんなに難しいか?」
「……簡単に言うなよ。強引に押し倒して万が一嫌われたらどうするんだよ?」
「嫌われる? いまさら? 要、おまえさぁ、相沢の性格わかってるだろ? おまえのそのいつもの『ザ・必殺! 泣き落とし』で、寝技に持ち込めよ? 押しに弱い相沢なんて一発KOだろうが」
「泣き落としで寝技って……どんな技だよそれ。他人ひとのことだからって面白がりやがって」
他人ごと・・・・? そんなわけないだろ? 大事な大事な従兄弟兼大親友が女神と崇め奉る相沢優香を落とせるかどうかの瀬戸際だよ? 一世一代の大勝負だよ? 真面目も真面目、大真面目に決まってるじゃないか」

 楽しそうだな。

 尤も、こいつは俺の本当の悩みを知らないから、お気楽なのは仕方がない。
 祐司の言うとおり、泣き落として押し倒してそれで済むなら、とっくの昔に実行している。それで済まないから悩んでいるのだ。

 相沢優香との付き合いは、四年近い。この間、秘書として常に傍らに置き、具に観察してきた。故に、人となりも性格も、長所も欠点も嗜好も癖も毎日の生活パターンも何もかも、把握しているつもりではある。

 だがそれも所詮、表面的なものであって、すべてではない。

 表で見える限り、相沢には他の女どものような野心も身に過ぎた欲望も無いのも、わかっている。だが、相沢だって女だ。女である以上、本心を包み隠す術は心得ているだろう。
 俺に対する態度は一見、好意的には見えるが、その心の内でなにを考えているのか、本当のところまではわからない。

 押し倒すのはたしかに、手っ取り早く本心を探る一番の方策では、ある、が。

 うまくいけばそれに越したことはない。だが最悪の場合、その場で長年の努力が水の泡と化すわけで。

 さらに、最も重要な問題がひとつ。

 果たして俺は——ヤレる・・・のか?

 やはり無理は禁物。ここは無難にコトを進めるべきだろう。

「ねえ、要。イイコト思いついちゃった! 俺って天才」
「うん?」
「いいから! 俺に任せとけって」

 祐司のこの表情は、悪巧みをしているときのそれだ。

 思い立つが吉日。こうと決めたら最後とことん突き進むこいつにいま、なにを言っても馬耳東風。
 せめて相沢を怒らせるのだけは勘弁してくれ、と、心の中で呟いた。


  *




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