ふたりとも秘密がある〜御曹司はS系秘書に首ったけ〜

樹沙都

文字の大きさ
11 / 65
いくらわたしだって、そんなに容易くはない。

 新旧入り交じった瀟洒な低層住宅が建ち並ぶ、都心の一角とは思えない贅沢な空間に佇む地上六階建ての小規模マンション。

 明るく広いロビーは、観葉植物や鉢植え花が品良く飾られ、座り心地のよさそうなソファが来客を待つ、外部から隔離された贅を尽くした空間。

 正面入り口の自動ドアをくぐり抜けたすぐ横では、コンシェルジュが恭しく来訪者を迎えてくれる。

 その百七十平米相当のペントハウスで、天井まで前面ガラス張りの開放的な窓からルーフバルコニーを望めば、丁寧に手入れをされた低木と四季折々の花々が目を楽しませてくれるのだ。

 こんな場違いとしか思えない豪華なマンションがわたしの新たな住まいとは——無理やり連れてこられたようなものなのだが。



 一週間の務めを果たした金曜夜、定時帰りのわたしはお気に入りの小説を片手に、一週間もの長きにわたり冷蔵庫で出番を待ち詫びていた秘蔵のエールをちびちびと舐めながら物語の世界に浸る。

 もちろん、土曜日は寝て曜日。どれだけ夜更かしをしようと、目が覚めたらすでに世間が暗かろうが、誰にも文句は言わせない——はずだった。

 けたたましい携帯電話の呼び出し音に叩き起こされたのは朝の七時。

 こんな朝っぱらからいったい誰がなんの用だ事と次第に因っちゃ許さねえぞ、と、いつになく低い不機嫌な声で相手をされた電話の主にはいささか申し訳なかったとは思うが、うっかりお休みモード設定を忘れたわたしが悪いわけではない。

 いや、相手がどうのは、どうでもいい。問題なのは、その電話の主が放ったひと言。


『おはようございますパンダ引越センターです。あと三十分ほどでお伺いできますので、ご準備のほどよろしくお願いします——』


 なにそれ?

 就寝は午前五時。醒めない目も頭も瞬時に目覚めて回りだしたのは、褒めて欲しいところだ。

 専務の野郎。ずいぶんと仕事が早いじゃないの。

 たしかに。同居は了承させられた。泣き落とされた、落ちた、無理やりに。だからってはいそうですか、と、自ら即座に荷物を纏め、専務の家に転がり込むつもりなんてさらさら無かったし、適当な口実を作って時間を稼ぎ、その間になにか打てる手を考え回避するつもりでいたのに。

 まさか、昨日の今日でこんな暴挙に出られるとは。

 あいつの頭がそこまで回るとは思えない、つまり、誰かの入れ知恵だろう。その誰かが誰かなんてわかりきっているけれど。

 たった三十分の間に身支度を調え、貴重品、つまり、重要なもの見られては困るものを、押し入れの奥から引っ張り出した段ボール箱にまとめ上げられたのは、自分でも立派だと思う。

 もちろん、命よりも大切なデータが入ったノートパソコンを、新たに強固なパスワードをかけ直し、手持ちのバッグへ収めたのは言うまでもない。

 一通りの作業を終え、額の汗を拭い一息付く間もなく、パンダ引越センターの作業員が、ピンポンと容赦なくインターフォンを鳴らしてくれる。

 挨拶もそこそこにドタドタと足音を響かせて上がり込んだかと思うと、ろくに指示すら出していないのにあっという間にすべてを梱包し、すべての荷物を部屋から運び出した。

 お任せ仕事の手際の良さには目を見張るものがある。


 大学進学時から住み慣れた我が小さな城ともこれでお別れなのか。がらんどうとなったワンルームのアパートに取り残されたわたしは暫し感慨に耽るも、携帯電話に送られた指示に従い、途中しっかり寄り道をしつつ次の住居となる専務のマンションへ向かったのだった。

 マップ片手に辿り着いてみれば運び込んだ荷物は、パンダ引越センターの手により、それはそれはご丁寧に仕分けされていた。

 キッチン用品はキッチンへ、書籍等々は書斎へ、タイプ別に分類された衣類は大きなウォークインクローゼットに収まり、唯一、梱包を解かれることなく無事にその片隅へ置かれていたのは、引っ越し業者からの連絡後、わたしが大急ぎで纏め、赤いマジックでデカデカと『触るな!キケン!』と認めた段ボール箱だけ。

 危なかった。この箱を開けられてしまったら最悪の相手に弱みを握られる。そんなことになったら一生涯、悔やんでも悔やみきれない。

 だだっ広いリビングの十人は楽に座れるだろうと思われる豪華な革張りのソファの中央に陣取り、専務と第二秘書の男ふたりは優雅に紅茶を嗜んでいる。

 睨みつけようと文句を言おうとお構いなし。御曹司さまとその秘書の面の皮は極厚だ。

 引越祝いと称し、シェフごとケータリングサービスの豪華イタリアンディナーを振る舞われ、ライトアップされたルーフバルコニーの花々が風に揺られている幻想的な景色を目の当たりにした頃には、身も心も疲れ果て抵抗する気力すら失せてしまった。



感想 1

あなたにおすすめの小説

俺様上司に今宵も激しく求められる。

藤白ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

絶交した幼馴染と大学の合コンで再会した。

孤独な蛇
恋愛
中学生の浅野春樹は上級生と喧嘩騒動を起こしたことがあった。 その上、目つきが悪く地毛は茶髪のため不良少年のような扱いを受けて学校では孤立していた。 そんな中、幼馴染の深瀬志穂だけは春樹のことをいつも気遣ってくれていた。 同じ高校に行こうと声を掛けてくれる志穂の言葉に応えたい一心で受験勉強にも力を入れていた。 春樹にとって、学校で孤立していることは問題ではなかった。 昔から志穂が近くにいてくれるから……。 しかし、3年生なってから志穂の態度がよそよそしくなってきた。 登下校も別々になり、学校で話しかけてくることも無くなった。 志穂の心が自分から離れていってしまっている気がした春樹は焦っていた。 彼女と話がしたい。笑った顔が見たい。 志穂と一緒に帰ろうと、彼女が部活動を行っている体育館へ向かったのだが……。 そこで春樹が耳にしたのは、自分の悪口を言って部活の友達と楽しそうにしている志穂の声だった。 その瞬間、春樹の中で志穂に対する想いや信頼は……消滅した。

恋は秘密のその先に

葉月 まい
恋愛
秘書課の皆が逃げ出すほど冷血な副社長 仕方なく穴埋めを命じられ 副社長の秘書につくことになった 入社3年目の人事部のOL やがて互いの秘密を知り ますます相手と距離を置く 果たして秘密の真相は? 互いのピンチを救えるのか? そして行き着く二人の関係は…?

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。 絶対に離婚届に判なんて押さないからな」 既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。 まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。 紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転! 純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。 離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。 それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。 このままでは紘希の弱点になる。 わかっているけれど……。 瑞木純華 みずきすみか 28 イベントデザイン部係長 姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点 おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち 後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない 恋に関しては夢見がち × 矢崎紘希 やざきひろき 28 営業部課長 一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長 サバサバした爽やかくん 実体は押しが強くて粘着質 秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?

再会した御曹司は 最愛の秘書を独占溺愛する

猫とろ
恋愛
あらすじ 青樹紗凪(あおきさな)二十五歳。大手美容院『akai』クリニックの秘書という仕事にやりがいを感じていたが、赤井社長から大人の関係を求められて紗凪は断る。 しかしあらぬ噂を立てられ『akai』を退社。 次の仕事を探すものの、うまく行かず悩む日々。 そんなとき。知り合いのお爺さんから秘書の仕事を紹介され、二つ返事で飛びつく紗凪。 その仕事場なんと大手老舗化粧品会社『キセイ堂』 しかもかつて紗凪の同級生で、罰ゲームで告白してきた黄瀬薫(きせかおる)がいた。 しかも黄瀬薫は若き社長になっており、その黄瀬社長の秘書に紗凪は再就職することになった。 お互いの過去は触れず、ビジネスライクに勤める紗凪だが、黄瀬社長は紗凪を忘れてないようで!?  社長×秘書×お仕事も頑張る✨ 溺愛じれじれ物語りです!

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始