ふたりとも秘密がある〜御曹司はS系秘書に首ったけ〜

樹沙都

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わたしにはわたしの考えがある。

 淡いブルーのオックスフォードシャツにチノパンと、爽やかな普段着に身を包んだ見目麗しい専務が、キッチンに立っている非日常。

 料理を覚えたいと向学心に燃えるこいつを笑ってはいけない。わかっているのだが笑いを堪えるこっちの身にもなってみろ。いったい何処から探し出してきたのやら、その白いフリフリエプロンは止めて欲しい。

 コホンと咳払いをし、目を逸らしたまま指示を出す。

「このレタスをちぎってそこのサラダボールへ入れてください」

 洗われ水気を取られたレタスを入れた笊を専務の前へぽいと置く。

「ちぎるって、どうやればいいの?」
「手でちぎればいいんですよ。レタスのサラダくらい食べたことがあるでしょう? それと同じようにすればいいんです」
「あ、ああ」

 恐る恐るレタスを握り、首を傾げながらちぎる専務の隣で、トントンと小気味好い音を立て材料を刻んでいく。

「俺もあんたみたいにできるようになるかな」
「そうですね。十年もやればあたりまえにできるようになります」
 ——本格的に料理をするようになったのはひとり暮らしを始めてからですが。

「……ずいぶん年季が入ってるんだな」

 部活や遊びに勉強にと多忙な姉は戦力外。となれば必然的に、家事の手伝いは次女であるわたしに回ってくる。妹の誕生直後から、進学で家を出るまで、我が家ではそれが当たり前の光景だった。

 そのためか、姉は家を顧みることなく自由気まま好き勝手、妹はわたしを顎で使う。もちろん、ふたりとも家事能力を一切を身につけることもなく大人になった。

 食器ひとつ下げず、下着すら洗わないあのふたりの娘を残してわたしがいなくなったあの家は、昭和の遺物のような風呂飯寝るの父を抱えた母が、ひとりで家事一切を担っている。

 ごくたまに帰郷すればわたしがいなくてどれだけ大変かと嘆かれるが、そんなことわたしには関係無い。これは両親の子育ての結果。同情する気持ちはまったくない。

「終わったよ」
「じゃあ次は、ここに二個ずつ卵割ってください」

 小さなボールふたつと卵を四つ、ワークトップに並べた。下味を付けた鶏肉と、微塵切りにした野菜を炒めだしたところで、ぐしゃっと音が聞こえるのと同時に「あっ」と専務が小さな叫び声を上げた。

「……ごめん」

 専務の手には無残にも握りつぶされた卵の残骸。流れ出た卵と殻は、ワークトップを汚していた。

「そのままじっとしててください。わたしが片付けますから」

 火を止め、気まずそうにしている専務の手から殻を取り上げて手を洗わせる。床にまで被害が拡散していなかったのは幸いだ。キッチンペーパーでワークトップを拭き、ボールに入ってしまった小さな殻を取り出した。

「笑うなよ……」
「笑ってません」
「笑ってる」

 初めてのお手伝いに失敗し項垂れている専務はまるで、大きな図体をした小さな子どもだ。

「卵はね、こうやって割るんですよ」

 目の前で示した手本を忠実に守った専務はおっかなびっくり。卵を割るという高度なミッションを遂行した。

 得意げに胸を張る専務に目を細める。これをかわいいと思わずしてなにをかわいいと思うのだろう。

 但し、次から次へといろいろししでかしてくれるのが、初めてのお手伝いというもので。

「ちょっと専務! 今度はなにやってるんですか?」

 チキンライスの仕上げをしているわたしの横で、専務がいつの間にやら、緑、赤、黄色、と、色合いのバランスよく仕上がったサラダボールの中をかき混ぜて、プチトマトだけを取り出している。

「だってプチトマト要らないもん」
「要らないもんって、プチトマトに恨みでもあるんですか?」

 嫌いなのを知っているから小さいプチトマトをさらに四分の一に切って専務でも食べやすいようにしてあげたのに。

「恨みはないけど、あの噛むとぶちゅっとするのが苦手なんだよね」
「わかってますよ。だからそうならないように切ったんじゃないですか」
「でも……」
「でもじゃありません。ちゃんと食べてください」
「外じゃ食べてる」
「外でも食べてるのはわたしでしょ」
「あんたがいないときは食べてる」
「でしたら、わたしがいるときも食べられるでしょう?」

 これが一歩外へ出れば完全無欠仕事ができる御曹司なのだから、呆れてものも言えない。

「よそ見してると焦げるよ」

 偉そうに。口だけは減らないんだから。



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