ふたりとも秘密がある〜御曹司はS系秘書に首ったけ〜

樹沙都

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わたしだって恋をする。

 うっかり手にした呪いの藁人形でも放り投げるが如く、携帯を投げだした。

「はぁあああっ! やっばかったぁ!」

 専務のマンションへ引っ越してきてからはじめて迎えたひとりきりの夜。ずっと観るのを我慢していたアニメの続きの、しかも、この回一番の見どころに差し掛かったその瞬間、まさか専務から電話がかかってくるなんて。

 慌てて止めた画面の静止を解除すれば、わたしのイチオシ攻めキャラが、イヤイヤと抵抗にもならない抵抗を続ける受けを押し倒して某所に手を伸ばし——。

『素直になれよ。おまえ、俺に抱かれたいと思ってんだろう?』
『でも……だめなんだ僕は……だって』
『だってじゃねえよ。ほら、ここだってもうこんなに硬くなってるじゃねえか』
『あ、だめぇ握らないでぇ……あうっ』

 ぷちっ。

「あーあー、せっかくいいところだったのに気がそがれたわ」

 集中が途切れ観続ける気力の失せたわたしは、ラップトップをパタンと閉じて、ベッドに転がった。

 平日の日中は仕事。掃除やゴミ処理等々、大まかな家事は通いの吉沢さんがやってくれるけれど、だからってわたしがなにもしないわけにはいかない。帰宅後はお弁当の用意や惣菜の下拵えや洗濯など最低限自分の家事をするし、持ち帰り仕事だってある。

 会食等で専務の帰宅が遅い日もあるが、その間も暇があるわけではないし、専務が帰れば専務の相手。もちろん夜は明日に備えてさっさと寝るし、土日も言うに及ばず。

 さらにいえば、ここ二日ばかり、やつは当たり前の顔をしてベッドで一緒に眠っている。

 つまるところ、わたしがひとりで過ごせるプライベートタイムは、無いに等しいのだ。

 引っ越しをしてきたとき、無いだろうな、とは思ったし、一応覚悟もしたつもりだった。けれども。想像と実体験は違う。

 ラップトップの中のアニメもコミックも小説も、開けない。希少な書籍は、段ボールに詰めてクローゼットの奥底へ押し込んだまま表紙を眺めることすらできない。

 自分の趣味の時間を剥奪されるのがこんなに辛いことだったなんて思いも寄らなかったもうストレスマックスで心折れそう。

「だめだ……寝よう」

 ベッドサイドテーブルに置いてある飲みかけの缶ビールとあたりめをキッチンのゴミ箱へ片付け、部屋の電気をすべて消し、再びベッドへダイブした。

 枕に顔を突っ伏してジタバタしてみてもなにが変わるわけでなし。

「専務……泣いてもいいですかね?」

 私の精神は、いったいいつまで保つのだろう。

「うううう……」

 専務とのこの関係だってそうだ。

 口だけで愛を囁きわたしの肉体を求めてくる専務が、なにを考えているのかわからない。その専務を拒絶しないどころか満たされているわたしだって、大概おかしいと思うし。

 一緒に暮らしている以上、一回きりで終わるなんてことがないだろうとは思った。実体験への好奇心もあった。正直、かなり気持ちもよかった。

 けれども。

 専務とこれから先もこんな歪な関係を続けるつもりなのか、己の心がわからない。

「いつまでもいちゃいけないところなんだよねここは」

 しかし、相手は上司だ。専務と離れる唯一の方法、それは——。

「退職、は嫌だ」

 行く道も戻る道も、何処にも無い。

「あれ? でもわたしさっき、専務になんて言ったっけ?」

『早く帰ってきてくださいね』

 こんなこと言っちゃったらまるで、専務が帰ってくるのが待ち遠しいみたいじゃない!

 どうしよう?

 再び枕と仲良しし、自分のバカさ加減を呪った。


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