ふたりとも秘密がある〜御曹司はS系秘書に首ったけ〜

樹沙都

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わたしだって恋をする。

「あんただけ玉の輿なんてずるい。あたしはぜったい許さないからね」

 三和土で靴を脱ぎかけているわたしをそれはそれは怨みがましく睨め付けた清香は、そう言い捨てて階段をドタドタと駆け上がっていった。

「なにあれ?」
「……さあ?」

 意味がわからない。玉の輿ってなんのこと?

 姉とケンちゃんとわたし。三人揃って顔を見合わせ、ため息をつく。

 廊下の向こう、居間のほうからは父と母が何事か言い合う声が聞こえている。帰りたい。あの人たちとこれから一悶着あるかと思うと、やはり気が重い。

「ぐずぐずしてないで早く上がりなさいよ」
「う、うん」

 すたすたと歩く姉の後ろを、遠慮気味に付いていく。勝手知ったる自分の家なのに、まるで初めて訪れる他人様の家のようだ。

「おおっ優香か。やっと帰ってきたな、まあそこへ座れ」
「ただいま……って……なんで専務?」

 これはいったい——。

 並べた座布団の上で、頭を向こうに転がって気持ちよさそうに寝息を立てるスーツ姿の男がひとり。座卓には口を付けた形跡のある小さなビールグラスがあり。

 犯人は、こいつか。

 斜向かいでは真っ赤な顔でご機嫌にコップ酒を呷る父がいる。

「あら、おかえり。随分遅かったのね。座ったら? お茶淹れてあげるわ。お父さん、昼から飲みっぱなしでしょう。お酒はもうそのくらいにしてくださいな」
「いいじゃないか、こんなめでたいことはないんだから。俺はまだ飲むぞ。おまえたちもほら、さっさと座った座った。おまえらも飲むか? 母さん……」
「お父さん、だめですよ。お茶にしましょう。遙香、手伝って」
「あ、おばさん、俺、やりますよ」

 台所から顔を覗かせていた母と入れ違いに、ケンちゃんが台所へ消えた。感心すべくはあの腰の軽さよ。その姿は我が家の婿か、果たして嫁か。

 と、他人を感心している場合ではなかった。

「専務にお酒、飲ませたの?」
「飲ませたってなに言ってるんだ人聞きの悪い。こんなめでたいことはないんだから乾杯くらいするのが当たり前だろう? 要くんも酒に弱いと言いながらも、お父さんとどうしても乾杯したいってビールに口を付けたんだぞ。まったく気持ちのいい男じゃないか。優香を安心して任せられるってもんだ」

 めでたいから乾杯した、ですって?

「そうそう、あなたたち本当はふたり揃って結婚の挨拶に来る予定だったんでしょう? 要さんが優香は一足後の便で帰ってくるって言うから待ってたのにちっとも帰ってこないんだもの。心配して何度も電話したのよ? 遙香、あなたもよ。ケンくんと迎えに行くって出て行ったきり戻って来ないなんて、あなたたちこんな時間までなにやってたの?」

 なにがどうしてこうなっている?

 わたしはただ、父の帰還命令に従っただけ。ふたり揃って結婚の挨拶って、そんなの知らないし、そもそも実家に帰っているはずの専務が、なぜ我が家の居間で酔い潰れているのか、そっちのほうがびっくりだ。

 父と母の言うことなんて右から左に聞き流し、姉の顔を見る。姉は姉で『私だってなにがどうなっているのかさっぱりよ』と言いたげに首を横に振った。

「優香が東京の大学へ行きたいって言われたときには驚いたし、そのまま東京で就職するなんて大丈夫なのかしらって心配したけど、まさか、結婚相手まで見つけてくるなんてねぇ」
「そうだな、しかも相手は勤め先の西園寺ホールディングスの御曹司だっていうから、たまげた話だ。三人姉妹の中で一番地味でおとなしい優香が、西園寺の奥様になるなんてなぁ……」

 なるほどそれで玉の輿か。専務に為て遣られたわけだ。

「あちらのご家族もことのほかお喜びだそうで、早くお話しを進めるように要さんをせっついているんですって。よかったわねー、優香」
「ケンくん! 茶はいいからやっぱりビールにしよう! 折角家族全員揃ったんだし、まずは祝杯だ」

 と、父から声がかかったところで、ケンちゃんが戻ってきた。お盆に乗せて運んできたのは人数分のビールとつまみ。最初からお茶なんて淹れていないのが、丸わかりだ。

「ねえ、清香はどうしたの? さっき二階へ上がってったけど……」
「清香? ああ、あの子ね、なんか拗ねちゃって。優香がお嫁に行くのが寂しいのよきっと」
「清香はまだまだ子どもだからなぁ。放っておけばそのうち機嫌も直るだろうさ。さ、さ、ケンくんもはやいとこ座りなさい」

 清香が寂しくて拗ねるなんてことが本当にあったら、朝日は西から昇ると断言できる。
 
 日頃の行いの賜物。かわいい末っ子娘を演じる清香が両親に誤解されるのは哀れに思えないこともないが、同情はしない。それにしても。

 赤い顔で嬉しげに飲み続ける父、笑顔の母。表向き和気藹々とお酒を酌み交わしながら、隣に座る姉に囁かれた「完璧に外堀埋められたわね。あんたもう逃げられないんじゃない?」の一言が、心に重くのしかかる。

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