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わたしだって恋をする。
拾弐
草木も眠る丑三つ時。案の定、その悲鳴は我が家中に響き渡る勢いで木霊する。
暗がりの中、仄かな天井照明に照らされているのは、すやすやと夢の世界を漂う専務と、彼を指差し、あわあわと震えている悲鳴の主、清香だった。
見張りのために、居間の片隅でタオルケットを被り蹲っているわたしには、どたばたと階段を駆け下りてくる複数の足音が聞こえる。深夜、家の中でこれだけ大きな悲鳴が上がれば、住人が慌てふためくのは不思議でもなんでもない。
突然、部屋の中が真昼のように明るくなった。
「は? 清香——あんた、ここでなにしてんの?」
姉の鋭い声が清香を突き刺した。
尻餅をついたまま怯えた顔で声の主へと顔を動かす清香は、微妙な透け具合がイヤらしいピンクのベビードール姿。両脇のリボンを解いたらぺろんと外れ落ちそうな透け透けパンツもお揃いのよう。
肌色が白い清香には中々よく似合っている——ではなくて、二十歳を過ぎているとはいえ、我が家の末娘がこんなエロかわいい衣装を所持している、そちらのほうが問題だ。
「お、お姉ちゃん……あ、あたし……あたし……」
状況を把握するためか、必死で言い訳をすべく頭を巡らせている清香へ、姉とケンちゃん——こんな夜中にふたりで部屋に籠もってなにやってたの? ——が近づいた。と、そこでようやく、専務の異形が目に入ったらしい。
ちなみに、今回は清香のやり口から、唇を奪うのみ、と、脱がせて犯そう、のツーバージョンを考慮し、二段構えの力作にて待ち構えた。
さも楽しそうに口角を上げて描かれているのは、滴る血の如く真っ紅な耳まで裂けた唇。
はだけられたシャツの袷からは、露出している専務の筋肉質な胸と腹に描かれた——。
「くちっ、さ——ぶほっ!!! へ、へっ、への、への、もっ、もへっ……ぶわははははは」
専務を覗き込んだケンちゃんは堪えきれずに、腹を抱えて崩れ落ちた。姉も専務から目を背けて、必死に笑いをかみ殺している。
清香は、既成事実を作り父に泣きつけば、わたしに取って代われるとでも考えたのだろう。だがそれは、女性恐怖症の専務が相手、さらにいえば、酒精一滴で気絶したように眠り続ける専務では、万が一の可能性もない。
そんな事情をなにひとつ知らず、愚かな策を実行に移した清香は暫しの間、涙を流し笑い転げるケンちゃんに目を奪われていた。
「どういうことか説明しなさい」
一番先にショックから立ち直った姉は胸の前に両腕を組み、仁王立ちで清香を見下ろしている。
「だって、優香だけ……だからしょうがないじゃない……」
消え入りそうな声でぶつぶつ言う清香に姉の檄が飛ぶ。
「甘ったれてんじゃないのよ! あんたが自分で為出かしたことでしょう? ぶつぶつ言ってないでちゃんと大きな声で言いなさいよ!」
姉の剣幕に恐れをなしたか、ケンちゃんの笑いも引っ込んだ。
「だって……だってそうでしょう? 優香のくせに金持ちイケメンの玩具になってて生意気だと思ってたら相手は御曹司で、その上結婚だなんて、認められるわけがないでしょう? だって優香だよ? そんなの許せるわけないじゃん!」
清香がヒートアップするにつれ、姉の表情が凄味を増し、傍で見ているケンちゃんが青ざめていく。
「それでその格好? 無理やり既成事実でも作れば、どうにかなるとでも思ったわけ?」
「無理やりって酷いよお姉ちゃん! 優香なんかよりあたしのほうが全然いいじゃない」
「……優香とあんた、どっちがいいかを決めるのは、あんたじゃなくて、西園寺さんでしょうが」
「そんなこと……要さんだってあたしがいいっていうに決まってる……もん」
わたしよりも自分のほうがかわいい。わたしより断然魅力的だ。わたしなんかより自分のほうがいいに決まっている。わたしを目の敵にするが如く比較し敵意を見せる清香の根底にあるものは、専務の肩書きと容姿に群がってくる女どもと何処も変わらない。
「女なんてどいつもこいつも。自分のことばっかりね」
よっこらしょと立ち上がり、一歩、二歩、と、気怠げに足を引き摺った。わたしから異様な気配でも感じたのか、尻で後退りする清香の傍を通り過ぎ、専務の横に膝をついた。
ほんの少し開き気味の真っ赤な唇。同色で描かれたへのへのもへじ氏も、気持ちよさそうに上下している。
シャツの前をかき合わせ、上からひとつずつ釦を留めていく。乱れた髪も指先で軽く梳いて整えた。ついでに耳をくるくると撫でると、専務の頬がぴくりと小さく歪んだ。
その反応に、わたしはほんの少し口角を上げる。
「ねえ、清香。これ、わたしのだから。覚えておきなさい、二度目はないわ」
呪いの言葉を吐くわたしは、きっと清香の知る中で一番怖かっただろうと思う。
*
「専務、好い加減に寝たふり止めないと鼻摘まみますよ?」
みんなが引き上げたあとの居間でわたしが囁くと、頬を引き攣らせた専務がそろりと目を開けた。
「なんでバレてるの?」
「専務が寝てからもうかなりの時間が経っているんです。これだけ騒げばさすがに目が覚めないわけがないでしょう?」
「うん。そうだね」
「それで? いつから起きていらしたんです? あっ!」
男の力で腕を引っ張られ、くるりと体勢を入れ替えられれば、力自慢のわたしでも、簡単に組み敷かれてしまう。
「俺は相沢のもの。相沢は俺のもの」
「…………」
にたぁ、と、幸せそうに笑うその耳まで裂けた赤い唇が不気味だ。
「相沢、キスしていい? 俺、いま、相沢にいっぱいキスしていっぱい頬ずりしたい気分だから断られてもするけど」
唇に鼻先に頬に額に瞼に……と、キスの雨が降る。頬ずりをすればするほど赤く滲んでいくわたしの頬を、専務は飽きることなく舐めまわしていた。
暗がりの中、仄かな天井照明に照らされているのは、すやすやと夢の世界を漂う専務と、彼を指差し、あわあわと震えている悲鳴の主、清香だった。
見張りのために、居間の片隅でタオルケットを被り蹲っているわたしには、どたばたと階段を駆け下りてくる複数の足音が聞こえる。深夜、家の中でこれだけ大きな悲鳴が上がれば、住人が慌てふためくのは不思議でもなんでもない。
突然、部屋の中が真昼のように明るくなった。
「は? 清香——あんた、ここでなにしてんの?」
姉の鋭い声が清香を突き刺した。
尻餅をついたまま怯えた顔で声の主へと顔を動かす清香は、微妙な透け具合がイヤらしいピンクのベビードール姿。両脇のリボンを解いたらぺろんと外れ落ちそうな透け透けパンツもお揃いのよう。
肌色が白い清香には中々よく似合っている——ではなくて、二十歳を過ぎているとはいえ、我が家の末娘がこんなエロかわいい衣装を所持している、そちらのほうが問題だ。
「お、お姉ちゃん……あ、あたし……あたし……」
状況を把握するためか、必死で言い訳をすべく頭を巡らせている清香へ、姉とケンちゃん——こんな夜中にふたりで部屋に籠もってなにやってたの? ——が近づいた。と、そこでようやく、専務の異形が目に入ったらしい。
ちなみに、今回は清香のやり口から、唇を奪うのみ、と、脱がせて犯そう、のツーバージョンを考慮し、二段構えの力作にて待ち構えた。
さも楽しそうに口角を上げて描かれているのは、滴る血の如く真っ紅な耳まで裂けた唇。
はだけられたシャツの袷からは、露出している専務の筋肉質な胸と腹に描かれた——。
「くちっ、さ——ぶほっ!!! へ、へっ、への、への、もっ、もへっ……ぶわははははは」
専務を覗き込んだケンちゃんは堪えきれずに、腹を抱えて崩れ落ちた。姉も専務から目を背けて、必死に笑いをかみ殺している。
清香は、既成事実を作り父に泣きつけば、わたしに取って代われるとでも考えたのだろう。だがそれは、女性恐怖症の専務が相手、さらにいえば、酒精一滴で気絶したように眠り続ける専務では、万が一の可能性もない。
そんな事情をなにひとつ知らず、愚かな策を実行に移した清香は暫しの間、涙を流し笑い転げるケンちゃんに目を奪われていた。
「どういうことか説明しなさい」
一番先にショックから立ち直った姉は胸の前に両腕を組み、仁王立ちで清香を見下ろしている。
「だって、優香だけ……だからしょうがないじゃない……」
消え入りそうな声でぶつぶつ言う清香に姉の檄が飛ぶ。
「甘ったれてんじゃないのよ! あんたが自分で為出かしたことでしょう? ぶつぶつ言ってないでちゃんと大きな声で言いなさいよ!」
姉の剣幕に恐れをなしたか、ケンちゃんの笑いも引っ込んだ。
「だって……だってそうでしょう? 優香のくせに金持ちイケメンの玩具になってて生意気だと思ってたら相手は御曹司で、その上結婚だなんて、認められるわけがないでしょう? だって優香だよ? そんなの許せるわけないじゃん!」
清香がヒートアップするにつれ、姉の表情が凄味を増し、傍で見ているケンちゃんが青ざめていく。
「それでその格好? 無理やり既成事実でも作れば、どうにかなるとでも思ったわけ?」
「無理やりって酷いよお姉ちゃん! 優香なんかよりあたしのほうが全然いいじゃない」
「……優香とあんた、どっちがいいかを決めるのは、あんたじゃなくて、西園寺さんでしょうが」
「そんなこと……要さんだってあたしがいいっていうに決まってる……もん」
わたしよりも自分のほうがかわいい。わたしより断然魅力的だ。わたしなんかより自分のほうがいいに決まっている。わたしを目の敵にするが如く比較し敵意を見せる清香の根底にあるものは、専務の肩書きと容姿に群がってくる女どもと何処も変わらない。
「女なんてどいつもこいつも。自分のことばっかりね」
よっこらしょと立ち上がり、一歩、二歩、と、気怠げに足を引き摺った。わたしから異様な気配でも感じたのか、尻で後退りする清香の傍を通り過ぎ、専務の横に膝をついた。
ほんの少し開き気味の真っ赤な唇。同色で描かれたへのへのもへじ氏も、気持ちよさそうに上下している。
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その反応に、わたしはほんの少し口角を上げる。
「ねえ、清香。これ、わたしのだから。覚えておきなさい、二度目はないわ」
呪いの言葉を吐くわたしは、きっと清香の知る中で一番怖かっただろうと思う。
*
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「俺は相沢のもの。相沢は俺のもの」
「…………」
にたぁ、と、幸せそうに笑うその耳まで裂けた赤い唇が不気味だ。
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