ふたりとも秘密がある〜御曹司はS系秘書に首ったけ〜

樹沙都

文字の大きさ
57 / 65
わたしだって恋をする。

拾弐

しおりを挟む
 草木も眠る丑三つ時。案の定、その悲鳴は我が家中に響き渡る勢いで木霊する。

 暗がりの中、仄かな天井照明に照らされているのは、すやすやと夢の世界を漂う専務と、彼を指差し、あわあわと震えている悲鳴の主、清香だった。

 見張りのために、居間の片隅でタオルケットを被り蹲っているわたしには、どたばたと階段を駆け下りてくる複数の足音が聞こえる。深夜、家の中でこれだけ大きな悲鳴が上がれば、住人が慌てふためくのは不思議でもなんでもない。

 突然、部屋の中が真昼のように明るくなった。

「は? 清香——あんた、ここでなにしてんの?」

 姉の鋭い声が清香を突き刺した。

 尻餅をついたまま怯えた顔で声の主へと顔を動かす清香は、微妙な透け具合がイヤらしいピンクのベビードール姿。両脇のリボンを解いたらぺろんと外れ落ちそうな透け透けパンツもお揃いのよう。

 肌色が白い清香には中々よく似合っている——ではなくて、二十歳を過ぎているとはいえ、我が家の末娘がこんなエロかわいい衣装を所持している、そちらのほうが問題だ。

「お、お姉ちゃん……あ、あたし……あたし……」

 状況を把握するためか、必死で言い訳をすべく頭を巡らせている清香へ、姉とケンちゃん——こんな夜中にふたりで部屋に籠もってなにやってたの? ——が近づいた。と、そこでようやく、専務の異形が目に入ったらしい。

 ちなみに、今回は清香のやり口から、唇を奪うのみ、と、脱がせて犯そう、のツーバージョンを考慮し、二段構えの力作にて待ち構えた。

 さも楽しそうに口角を上げて描かれているのは、滴る血の如く真っ紅な耳まで裂けた唇。
 はだけられたシャツの袷からは、露出している専務の筋肉質な胸と腹に描かれた——。

「くちっ、さ——ぶほっ!!! へ、へっ、への、への、もっ、もへっ……ぶわははははは」

 専務を覗き込んだケンちゃんは堪えきれずに、腹を抱えて崩れ落ちた。姉も専務から目を背けて、必死に笑いをかみ殺している。

 清香は、既成事実を作り父に泣きつけば、わたしに取って代われるとでも考えたのだろう。だがそれは、女性恐怖症の専務が相手、さらにいえば、酒精一滴で気絶したように眠り続ける専務では、万が一の可能性もない。

 そんな事情をなにひとつ知らず、愚かな策を実行に移した清香は暫しの間、涙を流し笑い転げるケンちゃんに目を奪われていた。

「どういうことか説明しなさい」

 一番先にショックから立ち直った姉は胸の前に両腕を組み、仁王立ちで清香を見下ろしている。

「だって、優香だけ……だからしょうがないじゃない……」

 消え入りそうな声でぶつぶつ言う清香に姉の檄が飛ぶ。

「甘ったれてんじゃないのよ! あんたが自分で為出かしたことでしょう? ぶつぶつ言ってないでちゃんと大きな声で言いなさいよ!」

 姉の剣幕に恐れをなしたか、ケンちゃんの笑いも引っ込んだ。

「だって……だってそうでしょう? 優香のくせに金持ちイケメンの玩具になってて生意気だと思ってたら相手は御曹司で、その上結婚だなんて、認められるわけがないでしょう? だって優香だよ? そんなの許せるわけないじゃん!」

 清香がヒートアップするにつれ、姉の表情が凄味を増し、傍で見ているケンちゃんが青ざめていく。

「それでその格好? 無理やり既成事実でも作れば、どうにかなるとでも思ったわけ?」
「無理やりって酷いよお姉ちゃん! 優香なんかよりあたしのほうが全然いいじゃない」
「……優香とあんた、どっちがいいかを決めるのは、あんたじゃなくて、西園寺さんでしょうが」
「そんなこと……要さんだってあたしがいいっていうに決まってる……もん」

 わたしよりも自分のほうがかわいい。わたしより断然魅力的だ。わたしなんかより自分のほうがいいに決まっている。わたしを目の敵にするが如く比較し敵意を見せる清香の根底にあるものは、専務の肩書きと容姿に群がってくる女どもと何処も変わらない。

「女なんてどいつもこいつも。自分のことばっかりね」

 よっこらしょと立ち上がり、一歩、二歩、と、気怠げに足を引き摺った。わたしから異様な気配でも感じたのか、尻で後退りする清香の傍を通り過ぎ、専務の横に膝をついた。

 ほんの少し開き気味の真っ赤な唇。同色で描かれたへのへのもへじ氏も、気持ちよさそうに上下している。

 シャツの前をかき合わせ、上からひとつずつ釦を留めていく。乱れた髪も指先で軽く梳いて整えた。ついでに耳をくるくると撫でると、専務の頬がぴくりと小さく歪んだ。

 その反応に、わたしはほんの少し口角を上げる。

「ねえ、清香。これ、わたしのだから。覚えておきなさい、二度目はないわ」

 呪いの言葉を吐くわたしは、きっと清香の知る中で一番怖かっただろうと思う。

 *

「専務、好い加減に寝たふり止めないと鼻摘まみますよ?」

 みんなが引き上げたあとの居間でわたしが囁くと、頬を引き攣らせた専務がそろりと目を開けた。

「なんでバレてるの?」
「専務が寝てからもうかなりの時間が経っているんです。これだけ騒げばさすがに目が覚めないわけがないでしょう?」
「うん。そうだね」
「それで? いつから起きていらしたんです? あっ!」

 男の力で腕を引っ張られ、くるりと体勢を入れ替えられれば、力自慢のわたしでも、簡単に組み敷かれてしまう。

「俺は相沢のもの。相沢は俺のもの」
「…………」

 にたぁ、と、幸せそうに笑うその耳まで裂けた赤い唇が不気味だ。

「相沢、キスしていい? 俺、いま、相沢にいっぱいキスしていっぱい頬ずりしたい気分だから断られてもするけど」

 唇に鼻先に頬に額に瞼に……と、キスの雨が降る。頬ずりをすればするほど赤く滲んでいくわたしの頬を、専務は飽きることなく舐めまわしていた。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

楓乃めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。 絶対に離婚届に判なんて押さないからな」 既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。 まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。 紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転! 純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。 離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。 それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。 このままでは紘希の弱点になる。 わかっているけれど……。 瑞木純華 みずきすみか 28 イベントデザイン部係長 姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点 おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち 後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない 恋に関しては夢見がち × 矢崎紘希 やざきひろき 28 営業部課長 一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長 サバサバした爽やかくん 実体は押しが強くて粘着質 秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

ズボラ上司の甘い罠

松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

嘘つき同士は真実の恋をする。

濘-NEI-
恋愛
都内郊外のリゾートホテルでソムリエとして働く瑞穂はワイン以上にゲームが大好き。 中でもオンラインゲーム〈グラズヘイム〉が大好きで、ロッソの名前でログインし、オフの時間と給料の全てを注ぎ込むほどのヘビーユーザー。 ある日ゲーム仲間とのオンライン飲み会で、親から結婚を急かされている話を愚痴ったところ、ギルマスのタラントの友人で、ゲームの中でもハイランカーのエルバに恋人役を頼めば良いと話が盛り上がり、話は急展開。 そしてエルバと直接会うことになった瑞穂だったが、エルバの意外な正体を知ることに⁉︎ Rシーンは※ ヒーロー視点は◇をつけてあります。 ★この作品はエブリスタさんでも公開しています

処理中です...