ふたりとも秘密がある〜御曹司はS系秘書に首ったけ〜

樹沙都

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ふたりとも秘密がある。

伍 :優香

「さっさと来い!」

「あ、はいっ。すみませ……」

 茫然と見つめる井川結衣を尻目に、返事を待ちもせず踵を返す佐伯を慌てて追う。

「ちょっ……。ねえ、無視することないじゃないっ!」

 背に投げつけられる苦情を気にも留めずに歩みを進める佐伯に追いつき、チラリとその様子を窺えば、唇を僅かに歪めて笑っている。

 わざとか。

「何処から聞いていたんですか?」

 背に感じる強い視線を気にしながら、小声で訊ねてみた。

「ん? おまえのトイレが長いってとこ」

 ほらやっぱりはじめから、ぜんぶまるっと聞いていたんじゃないですか。だったらさっさと介入してきてくれれば、あの女の戯れ言に無駄な時間を使わずに済んだのに。

 わたしがなにを言っても無駄なことは知っているので、敢えて指摘はしないけれど恨み言のひとつも言いたくはなる。性格悪っ。

「佐伯さん、あれ……放っておいていいんでしょうか?」

「いいもなにも、おまえだって言われっぱなしだったじゃない? どんな女でもぎゃふんと言わせるおまえが温和しく聞いてるんだもん、珍しいモノ見せてもらったわ」

「それは……聞いてるうちにどうでもよくなったっちゃと申しますか……はぁ」

 珍しいモノ、と言われても、わたしは女とみれば誰にでも噛みつく狂犬ではないのですが。

 ふふん、と、鼻で笑われても言い返す詞もない。

「それもそうだな。まあ、放っておいてもあれ以上はなにもないだろ。一応釘も刺してあるし」

「釘、ですか?」

「うん。亀屋で妙に絡んでくるわ変な写真送りつけてくるわ、あれだけされてこっちが黙って見てるわけないだろ? だから井川設計に乗り込んで結衣の兄貴と話しをしたの」

 そもそも今回の亀屋旅館リノベーションプロジェクトに於いて、営業担当者は井川結衣ではなく別の男性であったらしいのだが。

「離婚して、そのとき付き合ってた相手の男とも別れた後、ふらふらしてるくらいなら仕事しろって兄貴に無理やり事務所の下働きをさせられてたらしいんだわ。で、そこへたまたま今回の亀屋だよ。勝手に営業名乗ってやって来たってわけ。もうね、話し聞いた兄貴のほうがびっくりよ」

 仕事の方は縁故があるから成功間違いなしだし、プロジェクトを口実に、ウチの専務と接触する機会が持てる。

 井川結衣は、専務が偏に自分を忘れられず未だ独身を貫いていると信じているわけだから、迫ればすぐに専務を堕とせると妄想するのも無理はない。

 わたしに送りつけてきたあの写真も、専務に纏わり付いているわたしに自分との関係を見せつけることで邪魔者を排除できると考えたから。

「それで、釘、と……」

 なるほど。お兄さんにぜんぶ報告されて叱られたわけだ。それでも懲りずに直接対決に持ち込もうとのこのこやって来るとは。逞しいというか往生際が悪いというか——浅知恵だな。

 邪魔者さえ排除すれば専務が自分のモノになるとでも思っているのだろうか。相手にだって選ぶ権利くらいあるのに。

そういえば……。

「専務と井川さんって昔お付き合していらしたんですよね? どうしてお別れになったんでしょう?」

「さあねぇ……結衣は一見純粋そうな顔して色々してたから……姉貴たちの後輩だしさ、なんかあったんじゃないの? 知らんけど?」

 お姉さま方の後輩。純粋そうな顔をして色々。その言葉から連想される事柄はつまり……。

 と、もしかしたらこれも一因と思えるある種の結論を導き出そうとしていたところへ、ドアが勢いよく開かれて。

 顔を出したふたりの美魔女に驚き固まったわたしは、一瞬の隙を突かれて両脇を抱えられ、抵抗する間も無く室内へと引き摺り込まれた。

 背後でパタン、と、佐伯の手によりドアが閉められる。

「優香ちゃん、よかった! トイレに行くって出ていったきり戻って来ないんですもの。初めての場所で迷子にでもなっちゃってるのかって、心配したのよ」

「……すみません」

 はぁ……。

 心の中でだけため息をつき広々とした室内を見渡せば、応接セットの一番奥の隅っこで、頭を抱えている専務が目に留まる。

 暗い。それはもうどんよりと、暗く沈んでいる。

 なにを黄昏れているのか知らないが、あの専務でも落ち込むことがあるなんて、と、感慨深く眺めていると、背後のドアが静かに開いた。

 振り返ればそこはなんと、全身にピンク色のオーラを纏った社長——ここまで露骨に視覚に訴えかけられる恋愛感情なんてはじめて見たわ——と、彼に寄り添い、慈愛を込めた瞳で見つめている、長身女性の横顔。

 今日はじめてお目に掛かるこの・・女性は間違い無く、常日頃社長が連呼している静ちゃんおくさまだ。

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