わたしたち、いまさら恋ができますか?

樹沙都

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§ 好事不如無。

01

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「これ、どうしましょう?」
「一晩このままってわけにはいかないわよね?」
「取り替えるしかないでしょ?」

 私たち三人は、チカチカと点滅する天井の蛍光灯を見上げていた。部屋が暗くなりスイッチを入れたらこれだ。今日中に仕上げて明日納品しなければならない分があるというのに、これでは仕事にならない。

「取り替えるなんて、できるんですか? こんな高い所の……」
「そうよねぇ。こういうとき、男手が無いってちょっと不便よね」
「男手ならあるじゃないですか? 浅野さんに頼めば?」
「蛍光灯の取り替えくらいでわざわざあいつ呼び出すの? こんなこともできないのかって馬鹿にされるのがオチじゃない?」

 ここで仕事を始めるときだって、重い机や椅子、パソコンのセッティングもすべて、人の手を借りずに自分たちでやってきたのだ。この程度のことで男手なんてものに頼る必要は無い。

「ねえ、予備あったっけ?」
「無いんじゃないですか? 買ってこないと……」
「じゃあ、今行ってくるわ。ついでにコンビニ寄って夜食買ってくる。晶ちゃん、何がいい?」
「大っきいプリンがいいです。あ、そうだ。単三電池もついでにお願いできますか?」
「了解!」

 私は財布と携帯だけを持ち、ちょうど帰宅時間になった弥生さんと一緒に外へ出た。


「波瑠さぁ、いつも思うけど、その格好でよく外へ出られるよね?」
「どーせ近所だもん」

 前髪のちょんまげはさすがに取ったが、所詮、ヨレヨレTシャツにジャージ、サンダル履き。近所とはいえ駅前までの道はそれなりに人通りは多いが、誰が見ているわけでもないし、毎度のことで気にもならない。家の近所を歩くときなんて誰でもそんなものだろう。

 そうか、だから、女捨てていると言われるのか。

「ハイハイ。言うだけ無駄ね……」
「……ご理解いただけてなによりです」

 弥生さんも、もう慣れたもの。いや、これは諦めか。

「ねえ波瑠、今やってるカタログ終わったら、時間空けられる?」
「ん? 何かあるの?」
「うん。カタログ。まだ確定じゃないんだけど、かなりボリュームがあってさ、私ひとりじゃちょっと厳しそうだから、手伝ってもらえると助かるんだよね。納品は九月上旬くらいかなぁ。無理そうだったら他当たるけど?」
「多分大丈夫じゃない? 今の終わったら、そんなに大きいのはないし、入ってきても単発のリーフくらいでしょ? 調整できるよ」
「良かった。じゃあ、波瑠当てにして話進めるわ」
「うん。そうして」
「ホントはさ、私ももっと仕事したいんだけどねぇ……」
「仕方ないでしょ、家庭があるんだしさ。自分の生活が第一でしょ?」

 弥生さんは足を止め、目を丸くしてまじまじと私を見た後、吹きだして笑った。

「な、なに? 私、なんか変なこと言った?」
「いや別に……変じゃないよ」
「だったらなんでそんなに笑うの?」

 質問をしながらもその答えを知っている私は、目に浮かんだ涙を拭いながら顔をくしゃくしゃにして笑っている弥生さんに、苦笑いを向けた。

 弥生さんの言いたいことはわかっている。これといった趣味があるわけでもなく、昼夜休日を問わず仕事中心の今の私は、生活のために仕事をするのではなく、仕事のために生活しているようなものだ。

 しかし、それは自分自身に対してだけのこと。それが良いと思っているわけでもないし、これから先もずっと今のままの状態を続けたいと思っているわけでもない。況してや他人にまでそんな生活を強要するつもりもない。 

「良かった。俊輔君と上手くいってるみたいで」
「上手くいってるなんて、そんな……」
「私ね、ずっと心配してたのよ波瑠のこと。波瑠はさ、なんでもひとりで背追い込んじゃうじゃない? 自分のことは後回しでさ。会社にいた頃もそうだし、今だってそう。営業も打ち合わせも仕事のやり繰りも、ほとんどひとりでやってるし、晶ちゃんの面倒もみて、私にまで気を使ってさ」
「弥生さん?」
「もっと甘えてくれてもいいのに、そんなに無理しなくていいのにって、いつも思ってたの。だからね、俊輔君と楽しそうに喧嘩してるの見てて、嬉しいのよ私。波瑠にも春が来たんだってね」

 やだこれ駄洒落みたい旦那のオヤジギャグが移ったのかしらと、自分が偶然発した言葉にショックを受け、オロオロと弁解している弥生さんを可愛いと思うのと同時に、強い人なのだなと尊敬する。

 子育てや家事に追われながら仕事もきちんとこなし、いつも忙しそうに走り回っているだけのように見えて、その実、周囲にもちゃんと気を配っている。そんなこと、誰にでもできるわけではない。

 そんな弥生さんには、私が無理をしているように見えていたのか。しかし、第三者からそう見えるということは、無自覚なだけでどこかにそんな要素があるのかも知れない。

 尤も、単純に働き過ぎ、自分の生活を犠牲にしていると指摘されているなら、自覚は無きにしも非ずだけれど。


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