わたしたち、いまさら恋ができますか?

樹沙都

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§ 好事不如無。

02

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 電気屋で蛍光灯と乾電池を買い、重くはないが嵩張る袋を引き摺らないよう気をつけて歩く。

 子供の頃から見慣れたはずの街の情景は、時代と共に少しずつ様変わりしている。昔は低層階の商店や住宅が立ち並んでいた場所は、いつの間にか空き地や駐車場になり、そのうちには高層マンションになった。

 元々ここに住んでいた人たちは何処へ行ったのか。あの人たちはきっと、こんなに急激な変化が訪れる未来なんぞ想像すらしていなかっただろう。街も変われば人も変わる。私もきっとそう。先のことなんて予測もつかない。

 コンビニの入り口がもうすぐの所で、ちょうどドアから出てくる俊輔に出会した。

 生活時間帯がずれているためか、近所に住んでるわりに、この手の偶然は滅多にない。見られないはずの顔を見られた嬉しさに、つい顔が綻んでしまう。だが、目の前で起きた思ってもみなかったことに驚き、慌てて暗がりに身を隠し息を潜めた。

 彼らの会話を聞き、後ろ姿を目で追いながらふと思う。疚しいことをしているわけでもないのに、なぜコソコソと隠れるのか、堂々と声をかければよかっただけではないかと。

「馬鹿みたい」

 小さく呟き、その行動に自嘲するが如く首を振った。


「ただいま」

 点滅が不快だったのか、晶ちゃんは暗い部屋の中でモニタに向かい仕事を続けていた。真面目な子だ。そこまでしなくてもいいのにと思いつつ、懐中電灯を用意し、リビングまで届くキッチンや廊下の灯りをすべて点けた。

「波瑠さん、本当に自分でやるんですか?」

 足場にするため、蛍光灯の真下にある机の上を片付けながら、晶ちゃんは不安そうにしている。

「当然でしょ? 私がやらないで誰がやるのよ?」

 私は机に上り、手を伸ばして蛍光灯のカバーを外し、晶ちゃんに渡した。

 実のところ私は、この手の作業は慣れたものだ。実家にいる頃だって、父は仕事で不在が多く、母と妹は当てにならないから、必然的に肉体仕事は私に回ってきた。

「波瑠さんって、ホント、なんでもできちゃうんですね!」

 指示通りに部品を手渡しながら私を見上げている晶ちゃんの、羨望の眼差しがおかしい。こんなこと、ちょっとしたコツと要領さえ知っていれば誰にでもできるのに。

「簡単だよ。次は晶ちゃんがやってみる?」
「えぇー? 私ですか? 無理ですよー。難しそうだし、高い所に上って作業なんて怖いし……」
「じゃあ、晶ちゃん家は誰がやってるの?」
「お兄ちゃんかお父さんですね。やっぱりこういうのは男の人の方が得意なんじゃないですか?」

 性別で気質的機能的差は確かにあるけれど、ほとんどの日常的な事柄は、これは男が、これは女がなんて性別での向き不向きは、本来あり得ないと思う。要は気持ちの問題か。

「そうかなぁ?」
「そうですよ! それに、こういうの男の人にやってもらうって、なんかイイ感じだと思いませんか?」
「イイ感じ?」
「イイ感じです」

 何がイイ感じなのか、さっぱりわかりません。 


 取り替え作業が終わり、大きなプリンを食べてご機嫌の晶ちゃんを帰宅させると、ひとりの仕事場がやたらと静かに感じた。コンビニ前で見たあの光景が、ふと頭を過る。

 目鼻立ちのはっきりした綺麗な女ひとだった。親しげに交わされる会話、笑い声、腕を絡め体を密着させて歩くふたりの姿が、脳裏に焼き付いて離れない。

 あれだけ親しげにしていたのだ。あの女ひとと俊輔は、やはりそういう関係なのかも知れない。

 私の知らないところであいつに相手が何人いても、それはおかしなことではない。複数同時進行も。過去、私の知っている限りでも、そういうことはあった。そうであれば、今も、と、考えるのが普通。

 あいつとの付き合いは長い。長い分、よく知っているはずなのに、なぜそんな簡単なことに気づかなかったのか。私はいつから、あいつには私だけだなんて、自分に都合のいい思い込みをするようになったのだろう。

 もし私たちの関係が以前同様友だちのままであったなら、今頃私は、こんなに黒い感情に支配されることもなく、あいつに寄ってくる女を撃退し、気楽に酒を酌み交わしていたのに。

 もう後戻りはできないのに、変わらなければ良かったと思ってしまうのは、心の弱さだけなのだろうか。

 浮かび上がってくる残像を頭から追い払うために小さく音楽をかけ、煌々と光る新しい蛍光灯の下、残りの作業にとりかかった。時間はまだたっぷりある。作業の後は、ゆっくり風呂に入ってから眠ることにしよう。


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