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§ すべてはここから始まった。
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栞里の引っ越し先は、仕事場から五分ほど歩いた所にある高層分譲マンションの五階。その隣には行きつけのコンビニがあるよく知っている場所だ。
もちろん、分譲だけあって作りもセキュリティもしっかりしている。エントランスホールも広く豪華で、築年数も確か三年ほど、ほとんど新築と変わらない。双方の実家から援助があるのだろうが、新婚生活をこんなに良いところでスタートできるなんて、羨ましい限りだ。
それに引き換え私はといえば、現在絶賛家出中で住む家も無く、仕事場にしている賃貸マンションの狭い一室で仮住まい。
同じ親から生まれ同じように育った姉と妹なのに、どこでこんなに差がついてしまったのかと、少々複雑な思いを抱きながら、指定されたマンションの自動ドアの前でインターホンを押した。
待ってたのよ、玄関開いてるから勝手に入ってきて、との栞里の明るい声が聞こえ、自動ドアのロックが解除された。
部屋番号を確認し、エントランスホールの奥のエレベーターから五階へ上がる。その部屋は廊下の突き当たり、角部屋。長い廊下を歩き、ふたりで玄関ドアの前に立ち、ドアノブに手をかけたところで躊躇した。
なんだろうこの感覚。何か、不吉な予感がする。
実家関係、特に母には、これまで散々面倒な思いをさせられてきた。その体験が反射的に拒絶反応を起こしているのだろう。しかし、今日ここにいるのは、栞里だけであり、母はいない。だから、きっと大丈夫、何事も無いはず。
一度、飄々と隣に立つ俊輔の顔を見てから意を決し、あらためてドアノブに手をかけたところで、内側からドアが開き、伸びてきた手に腕を掴まれ引っ張られた。
驚いてその手の主を見ると、既視感のある見知らぬ相手だった。
「遅かったわねー! 待ってたのよ! 久しぶりー、波瑠ちゃん! あなたちっとも変わらないわね」
「……美咲? なんで?」
呆然としたその声に得体の知れない恐怖を感じ振り返ると、憮然とした俊輔の顔が。
私はといえば、抵抗虚しく引き摺られ、絡められた腕を引き剥がそうともがいても無理。なんなのだ、このありえないほどの力強さは。
「あ? 美咲って? えっ? だってこの人、こないだあんたと一緒に……えっ? ちょっと待って! なに? なんで?」
「来た来た! お姉ちゃん、遅かったじゃない!」
ひょこっと顔を出したのは栞里。その向こうからは、がやがやと賑やかな男女の話し声と子供のものらしき奇声。パタパタドンドンガチャガチャと響く音。
「わー! しゅんちゃんだぁ!」
嬉しそうに叫び、私の横をすり抜けて、すぐ後ろにいる俊輔にタックルしているこの子は誰。
ハメラレタ。ハメラレタ。ハメラレタ。
言葉が、危険信号の如く、頭の中で木霊する。
リビングの入り口に立ち、その正面に掲げられた横断幕を目の当たりにし、絶句した。
--祝!初恋成就!--
『浅野くんとついに両思いになったのねー!』
『お父さんと結婚するって言ったのは嘘だったのか』
『もうファーストキスとかしちゃったの?』
『お姉ちゃんなんか、どうせすぐ振られるに決まってるよ』
学校で囃し立てられ揶揄われ前途多難な俊輔への幼い恋心を打ち砕いたトドメの一撃はこれ。
この人たちに悪意がまったく無いのは疑うまでもないが、当時の繊細な心には、この無神経さで責められるのは屈辱以外の何ものでもなく、これ以上弄られては堪らないと、その恋心を封印したのだった。
しかし、今の私は三十歳、薹が立って久しく、思春期の繊細さなんぞ、もう欠片すら持ち合わせていない。
だから、もう負けない。
もちろん、分譲だけあって作りもセキュリティもしっかりしている。エントランスホールも広く豪華で、築年数も確か三年ほど、ほとんど新築と変わらない。双方の実家から援助があるのだろうが、新婚生活をこんなに良いところでスタートできるなんて、羨ましい限りだ。
それに引き換え私はといえば、現在絶賛家出中で住む家も無く、仕事場にしている賃貸マンションの狭い一室で仮住まい。
同じ親から生まれ同じように育った姉と妹なのに、どこでこんなに差がついてしまったのかと、少々複雑な思いを抱きながら、指定されたマンションの自動ドアの前でインターホンを押した。
待ってたのよ、玄関開いてるから勝手に入ってきて、との栞里の明るい声が聞こえ、自動ドアのロックが解除された。
部屋番号を確認し、エントランスホールの奥のエレベーターから五階へ上がる。その部屋は廊下の突き当たり、角部屋。長い廊下を歩き、ふたりで玄関ドアの前に立ち、ドアノブに手をかけたところで躊躇した。
なんだろうこの感覚。何か、不吉な予感がする。
実家関係、特に母には、これまで散々面倒な思いをさせられてきた。その体験が反射的に拒絶反応を起こしているのだろう。しかし、今日ここにいるのは、栞里だけであり、母はいない。だから、きっと大丈夫、何事も無いはず。
一度、飄々と隣に立つ俊輔の顔を見てから意を決し、あらためてドアノブに手をかけたところで、内側からドアが開き、伸びてきた手に腕を掴まれ引っ張られた。
驚いてその手の主を見ると、既視感のある見知らぬ相手だった。
「遅かったわねー! 待ってたのよ! 久しぶりー、波瑠ちゃん! あなたちっとも変わらないわね」
「……美咲? なんで?」
呆然としたその声に得体の知れない恐怖を感じ振り返ると、憮然とした俊輔の顔が。
私はといえば、抵抗虚しく引き摺られ、絡められた腕を引き剥がそうともがいても無理。なんなのだ、このありえないほどの力強さは。
「あ? 美咲って? えっ? だってこの人、こないだあんたと一緒に……えっ? ちょっと待って! なに? なんで?」
「来た来た! お姉ちゃん、遅かったじゃない!」
ひょこっと顔を出したのは栞里。その向こうからは、がやがやと賑やかな男女の話し声と子供のものらしき奇声。パタパタドンドンガチャガチャと響く音。
「わー! しゅんちゃんだぁ!」
嬉しそうに叫び、私の横をすり抜けて、すぐ後ろにいる俊輔にタックルしているこの子は誰。
ハメラレタ。ハメラレタ。ハメラレタ。
言葉が、危険信号の如く、頭の中で木霊する。
リビングの入り口に立ち、その正面に掲げられた横断幕を目の当たりにし、絶句した。
--祝!初恋成就!--
『浅野くんとついに両思いになったのねー!』
『お父さんと結婚するって言ったのは嘘だったのか』
『もうファーストキスとかしちゃったの?』
『お姉ちゃんなんか、どうせすぐ振られるに決まってるよ』
学校で囃し立てられ揶揄われ前途多難な俊輔への幼い恋心を打ち砕いたトドメの一撃はこれ。
この人たちに悪意がまったく無いのは疑うまでもないが、当時の繊細な心には、この無神経さで責められるのは屈辱以外の何ものでもなく、これ以上弄られては堪らないと、その恋心を封印したのだった。
しかし、今の私は三十歳、薹が立って久しく、思春期の繊細さなんぞ、もう欠片すら持ち合わせていない。
だから、もう負けない。
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