上 下
79 / 83
§ すべてはここから始まった。

07

しおりを挟む
「浅野君、大きくなったわねぇ。すっかりイイ男になっちゃって」
「しゅんちゃん! だっこー」
「お父さん、飲んでばっかりいないで、なんか言いなさいよ!」
「波瑠ちゃん、久しぶりねぇ。おばさんのこと覚えてる?」
「ねえ、ビールってまだ残ってたかしら?」
「主役も揃ったことだし、ここらで乾杯といこうじゃないか」

 なにが主役が揃っただ。宴会はどう見てももうお開き寸前ではないか。

 各自がそれぞれ口々に勝手な言葉を発し、好き勝手に飲み食い動く。テーブルの上には、ビールの空き缶多数と食べ散らかされた料理の残骸。繰り広げられる地獄絵図、もとい、宴会風景に呆れ返るばかりだ。

 それにしても、この横断幕。こんなものを未だ隠し持っていたとは、このオバサン、物持ち良過ぎだろう。
 
「波瑠ちゃん、俊輔も! 座って座って!」
「そうだ。立ってないで早くこっちに座りなさい」

 背中を押され倒れ込むようにソファにふたり並んで座ると、すかさず缶ビールを握らされる。

「お父さん、音頭!」
「おお、そうだな。それでは、俊輔と波瑠ちゃんのどう……」
「ちょっと待ってください」

 冷水を浴びせるが如く発せられた俊輔の声で、私は少しだけ冷静さを取り戻す。

「これは、いったいどういうことですか?」

 全員が注目する中、俊輔が、徐に口を開いた。

「どういうって……あなたたちの同棲記念パーティに決まってるじゃない?」
「同棲?!」

 思わず大声で訊き返し立ち上がりかけた私の肩を、俊輔が落ち着けとばかりに抑えた。

「そうよぉ。お母さんね、あなたたちが付き合ってるって聞いたから、嬉しくってすぐに浅野さんに報告したのよ。そしたら」
「お母さん、ちょっと待って。私と俊輔が付き合ってるって、誰から聞いたの?」
「それは」
「お姉ちゃんが見合いした例のお坊ちゃん? 修造さんがお姉ちゃんの彼氏が浅野くんだって言ったの」
「ウソ?」
「嘘じゃないわよ。親子で乗り込んできたのよ。私もちょうど家にいたんだけど、あんなマザコンお坊ちゃんってまだ世の中にいたのね、びっくりしたわ。それで、お坊ちゃんの母親が、お姉ちゃんみたいな淫乱は願い下げだって凄い剣幕でさ。お母さんはそんなはずはない、あの子は処女だって言い張るし、淫乱か処女かって大バトルになって大変だったんだから」
「ちょっと栞里! おめでたい席で余計なこと言わないの!」
「そうよ! 変なこと言わないで」
「だって、事実……。え? ふたりともなんで赤くなってるの?」

 チラッと横目で俊輔を見ると、確かに赤い。自分の顔が赤いのはまだわかる。だが、なぜこいつまで赤面する必要があるのか。

「栞里ちゃん、その話はもういいから。それでね、おばさんから電話もらって、お父さんとお母さんも喜んじゃってさ、いっそのこと同棲させちゃおうかって話になったのよ」
「そうそう。善は急げって言うじゃない? 俊輔が家に帰ってこないのは、波瑠ちゃんの仕事場に入り浸ってるからだってピンときてね。それだったら、ちょうど良いマンションもあるし、さっさと進めちゃいましょうって」
「お袋……ここ、買ったの?」
「何年か前にね。戸建って年寄りには何かと不便でしょう? それで、老後用にって思ってたんだけど、美咲たちが家に来たいって言うし、そうなったらこっちは手狭だしねぇ。でも、あなたたちにだったらちょうどいいから良かったわ」
「それで、お母さんと浅野さんと美咲ちゃんで急遽家具と家電揃えてねぇ。楽しかったわー。どう? お母さんたちのセンス。なかなかのもんでしょう?」
「家具揃えたのウチの店だし、ほとんど私だけどね。おばさんとお母さんのセンスに、若い人は付いてけないもん」
「あなたたちの荷物はもう全部こっちに運んであげたから、今日からここで暮らしなさいね」


しおりを挟む

処理中です...