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§ すべてはここから始まった。
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拓ちゃんと大人たちとの攻防は延々と続き、やっと全員引き上げた後に残された私たちは、外の空気を吸いたくなり、リビングに面したベランダに出て、手すりに並んでもたれかかった。家並みの屋根を渡る都会の風が生温い。
細い裏通りを一本隔てた先には、昔ながらの低層階の住宅がびっしりと居並ぶ。けっして良い景色と言えるものではないが、慣れ親しんだ街並みが、ここにはまだ少し残っている。
「私さ、子供の頃、嫌だったんだよね、ウチの親たちのアレが。もちろん、今もだけど」
「俺も……」
「あんたと口聞かなくなった直接のきっかけもあの横断幕だったんだよ……あのときも今日みたいな大騒ぎで」
「……おまえん家もかよ?」
「え? あんたん家も?」
思わずふたり顔を見合わせ苦笑い。俊輔もあのお互い無視し合った日々を思いだしているのだろう。過ぎたことではあるが、少々複雑な気分だ。
「さすがに横断幕までは無かったけどな。小五のガキにアレはさすがにキツイ……」
「うん。すっごい傷ついたもん。誰がバラしたのか知らないけど……」
「あんとき、俺たちのことバラしたのは美咲だぞ」
「ええ? 美咲ちゃんだったんだ? ああ、そっか。そうだよね。学校中に知れ渡ってたもんね」
学校で私たちの関係を知った美咲ちゃんが面白がって浅野のおばさんに報告を入れ、その話がそのままクラスの連絡網で私の母に伝えられたのが、あのときのことの顛末。
そして今回、その役割を果たしたのは、お坊ちゃんだったわけだ。あの日、帰りがけに小さな声で呟いた『恨まないでね』との言葉の意味はこれだったのかと、いまさら知ることになるとは。
ただ、彼ですら、ここまでのことを予想はしていなかっただろうが。
「結局、いつもいいように振り回されてるよな? 俺たち」
「うん……。ねぇ、俊輔、どうするの? これから」
「家追いだされちまったからなぁ。ここに住むしかないだろ?」
「俊輔は、やっぱりそれしかないよね……私は仕事場があるけど」
「おいっ!」
「冗談だってば。私も、本当に帰るところ無くなっちゃった」
溜め息混じりに再び苦笑する。いつでもそうだ。あの人たちにはやられ放題でまったく歯が立たない。
「まあいいさ。どうせそのつもりだったんだし。ちょっと早まったけど、手間が省けてちょうど良かったと思えば」
「はぁ?」
ぎゅっと私の肩を抱いた俊輔の唇が強引に私の口を塞ぐ。甘く絡められた舌が私たちの心を繋ぎ、そっと離れた。私の腰を抱く手が、見つめるその瞳が熱い。
「波瑠、一緒に暮らそう」
「……うん」
「ずっと」
「ずっと……あんたが浮気しなければね」
「なに馬鹿言ってんの? 言ったろ? 俺は一途だって」
「つまみ食い常習犯のくせに?」
「それ言ったらおまえだって寄り道ばっかりだろ?」
「……殴られたい?」
「いいよ? 返り討ちにしてやっから」
「あんたねぇ……」
ふたり同時にニヤリと笑い見つめ合う。俊輔の腕に添えていた手を奴の首に回して引き寄せ、その瞳を見つめたまま唇にそっと口づけると、そのキスは再び深く甘いそれに変わった。
抱きしめ合い、混ざり合うお互いの温度が私に伝えてくれる。心配なんて無い。初恋の相手から親友へ、親友から最愛の相手へと、紆余曲折を経てふたりの関係は変わったけれど、私たちの心は、じつは、何も変わっていないのだと。
「さて、片付けるとするか。おまえも手伝え。片付けねえと寝れねえぞ?」
「うん」
ニヤリと笑い部屋の中へ入っていく俊輔の後ろ姿を眺めながら、あらためて思う。未来なんて誰にもわからない。でも、私たちはきっとこれからも変わらず、手を繋いでいる。
だって、私たちは、長い長い回り道をして、いまさら恋をしているのだから。
- 完了……と、ここで終われたら言うことなしはっぴーえんどだったのですが。。。
細い裏通りを一本隔てた先には、昔ながらの低層階の住宅がびっしりと居並ぶ。けっして良い景色と言えるものではないが、慣れ親しんだ街並みが、ここにはまだ少し残っている。
「私さ、子供の頃、嫌だったんだよね、ウチの親たちのアレが。もちろん、今もだけど」
「俺も……」
「あんたと口聞かなくなった直接のきっかけもあの横断幕だったんだよ……あのときも今日みたいな大騒ぎで」
「……おまえん家もかよ?」
「え? あんたん家も?」
思わずふたり顔を見合わせ苦笑い。俊輔もあのお互い無視し合った日々を思いだしているのだろう。過ぎたことではあるが、少々複雑な気分だ。
「さすがに横断幕までは無かったけどな。小五のガキにアレはさすがにキツイ……」
「うん。すっごい傷ついたもん。誰がバラしたのか知らないけど……」
「あんとき、俺たちのことバラしたのは美咲だぞ」
「ええ? 美咲ちゃんだったんだ? ああ、そっか。そうだよね。学校中に知れ渡ってたもんね」
学校で私たちの関係を知った美咲ちゃんが面白がって浅野のおばさんに報告を入れ、その話がそのままクラスの連絡網で私の母に伝えられたのが、あのときのことの顛末。
そして今回、その役割を果たしたのは、お坊ちゃんだったわけだ。あの日、帰りがけに小さな声で呟いた『恨まないでね』との言葉の意味はこれだったのかと、いまさら知ることになるとは。
ただ、彼ですら、ここまでのことを予想はしていなかっただろうが。
「結局、いつもいいように振り回されてるよな? 俺たち」
「うん……。ねぇ、俊輔、どうするの? これから」
「家追いだされちまったからなぁ。ここに住むしかないだろ?」
「俊輔は、やっぱりそれしかないよね……私は仕事場があるけど」
「おいっ!」
「冗談だってば。私も、本当に帰るところ無くなっちゃった」
溜め息混じりに再び苦笑する。いつでもそうだ。あの人たちにはやられ放題でまったく歯が立たない。
「まあいいさ。どうせそのつもりだったんだし。ちょっと早まったけど、手間が省けてちょうど良かったと思えば」
「はぁ?」
ぎゅっと私の肩を抱いた俊輔の唇が強引に私の口を塞ぐ。甘く絡められた舌が私たちの心を繋ぎ、そっと離れた。私の腰を抱く手が、見つめるその瞳が熱い。
「波瑠、一緒に暮らそう」
「……うん」
「ずっと」
「ずっと……あんたが浮気しなければね」
「なに馬鹿言ってんの? 言ったろ? 俺は一途だって」
「つまみ食い常習犯のくせに?」
「それ言ったらおまえだって寄り道ばっかりだろ?」
「……殴られたい?」
「いいよ? 返り討ちにしてやっから」
「あんたねぇ……」
ふたり同時にニヤリと笑い見つめ合う。俊輔の腕に添えていた手を奴の首に回して引き寄せ、その瞳を見つめたまま唇にそっと口づけると、そのキスは再び深く甘いそれに変わった。
抱きしめ合い、混ざり合うお互いの温度が私に伝えてくれる。心配なんて無い。初恋の相手から親友へ、親友から最愛の相手へと、紆余曲折を経てふたりの関係は変わったけれど、私たちの心は、じつは、何も変わっていないのだと。
「さて、片付けるとするか。おまえも手伝え。片付けねえと寝れねえぞ?」
「うん」
ニヤリと笑い部屋の中へ入っていく俊輔の後ろ姿を眺めながら、あらためて思う。未来なんて誰にもわからない。でも、私たちはきっとこれからも変わらず、手を繋いでいる。
だって、私たちは、長い長い回り道をして、いまさら恋をしているのだから。
- 完了……と、ここで終われたら言うことなしはっぴーえんどだったのですが。。。
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