女王の後宮

六菖十菊

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女王の後宮

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執務室の扉を叩く音がする。

「陛下。明澄様がお越しです」

「入れ」

丁寧にお辞儀をし入室してくる。

「珍しいな明澄。お前と久しく顔を合わせていなかったな」

女王の後宮は閉じられ明澄は以前ほど鏡花に世継ぎの話をしなくなった。
小さかった明澄は更に小さくなりあの日々からの月日を感じる。

「して何用か」

「少々……陛下と昔話をしたく参上致しました」

「そうしたいが業務が山のようにある。火急の件でないならまた今度にいたせ」

「陛下。私はもう老い先短い命、どうか話を聞いてくださいませ」

──この世界の寿命は前の世界より短い。
王宮勤めで裕福とは言え確かに明澄は歳だ。

「どんな話がしたいのだ? わたくしの後宮を再開させようと言うのか? ふふっ──わたくしはもう二十五歳。とっくに周りは諦めておるぞ」

「──貴方様も諦めておられますか? 」

「そんな暇があるなら今はゆっくり眠れる時間が欲しいわ」

「陛下。私はもうこの職を辞することになります。だから最後に──今日だけで宜しいのです。もう一度──女王の後宮の真似事をさせて頂きたいのです」

「明澄、流石に耄碌したか? 」

「なんとでも」

「わたくしはもう男も子も要らぬ」

「存じております。この明澄、誰より陛下のその御心を知るものと思っております」

「ならこの話はよせ」

「為れど、お願いでございます。明澄の最後のお願いでございます。真似事で宜しいのです。今日、この一夜だけお願い致します」

跪き礼の姿勢を崩さない。

「明澄、よせ」

「お願いでございます」

「わたくしはしない」

「真似事でございます」

「それでもだ」

「───」

ただ黙り深く礼をする。
──黄洸が言っていた。
明澄は後宮管理人。
彼の人生は女王の後宮を取り締まり世継ぎを育てること。
それが生きがい。
けれど鏡花が奪った。
この五年、閑職として役立たずと周りにどれだけ白い目を向けられたことだろうか。

「今宵限りだ」

「──ありがたき幸せ」

顔を上げへ鏡花に一歩近づく。

「陛下。今宵の伽はどちらになさいますか? 」

久しく聞いていなかった言葉に笑いが出そうだ。

「誰でも良い」

明澄が黙ったまま顔を横に振る。
違うと言っている。

「真似事であろう? 誰でも良いわ」

「いいえ陛下。真似事であろうとこの明澄。神聖な後宮のしきたりを愚弄するのは陛下とて許せません。もう一度やり直し致します」

さっきまで小さく見えた明澄がなんだかイキイキしている。

「だが本当に誰でも良いのに。愚弄も何もないわ」

「嘘もいけません。真似事なのですから叶わなくてもよいのです。陛下のお心のままのお相手を呼んでくださいませ」

勘弁して欲しい。
先ほどの明澄を哀れんで手を差し出せばこれだ。

「明澄やはり──」

「陛下。今宵の伽はどちらになさいますか? 」

──これは黒雨の名を呼び再び寝所に招けという催促だろうか?
明澄の瞳は真剣だ。
最後の賭けなのだろうか?

「嘘もいけません」

その言葉に心が彼を呼び起こす。
馬鹿なのかと自分を殴りたくなる。

「陛下。明澄しかここにはおりません。陛下の心は誰をお望みですか? 」

「明澄、もう止めよ」

「いいえ、陛下。誰を」

「明澄!! 」

「──今宵の伽はどちらに」

額に拳をあて斜に構えるが明澄は鏡花の言葉を待ち続ける。
どのくらい経っただろうか──ただ黙って待ち続ける。

「──では──を」

言葉にするだけで辛い。
五年の歳月は鏡花の心を癒しても風化もさせてくれない。
どれだけ経てばあの一瞬でしかなかった時間を忘れさせてくれるのか。

「──白夜を」

その言葉に泣きそうになる。
この五年、多くの出来事があった。
それでも強く生きてきたつもりだったのに、たった一言で自分の弱さを露呈する。

「明澄、満足か?」

「──はい。ありがとうございました。陛下」

──疲れた。
一気に体力を奪われた気がする。

「ところで陛下。陛下は相変わらず美しいですが──仕事疲れか肌がカサついております。今日はもう仕事は終わりでございます。侍女に湯浴みの準備と香りのオイルを用意させますのでたっぷりと癒されてくださりませ」

──頭が痛くなってきた。
もう何を言っても聞きそうにない明澄を咎めようと口を開きかけたが……その瞳が涙で潤んでいるのが見えた。

「──分かった。少し蒸し暑いし湯浴みしたいと思っていたところだ。今日はゆっくり癒され眠るとする」

執務室から出ると扉の前の黒雨と目が合う。

「黒雨。今日はもう仕事を終える。明澄が煩くて叶わない」

そう言って浴室へ向かう鏡花に黒雨は恭順の礼を尽くした。
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