隠伏の魔法使い

六菖十菊

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「今年はあまり雨降らないなぁ」

「そうなの?」

「毎年、この時期は秋の長雨って言葉があるくらいこの辺りではよく降るのに今年はまだ全然だね」

「──そうなんだ……」

「最近ロンが良くこっちに通っているけれど、迷惑は掛けていないか?」

その言葉に微笑む。
指と爪の先を押さえて優しく擦り込むようにクリームを塗る。
ギルフォードの指も騎士の手だ。
筋張って掌にも筋肉がついているのかと思うほどに固い。
腕には無数の傷跡があり、少し切なくなる。
マッサージをしながら傷跡をなぞる。

「ギルフォード。貴方と同じくらいだよ」

「……じゃあやっぱりロンも俺が知らない間に結構通っているんだな」

そう不貞腐れてるが何を張り合っているのかリヴィアにはよく分からない。
二人は上司と部下というよりは好きライバルのようだ。

「いい関係だね。貴方とロンは」

「そうだな」

素直に認めるギルフォードが可愛い。

「リヴィアはよく私とロンを子供のように見ていると思うのだけれど、私はもう29歳なんだがリヴィアは何歳なんだ?」

「騎士様相手にそういうつもりは無いのだけれど……ごめんなさい。気をつけるよ」

「怒っているんじゃ無いよ。ただ純粋にリヴィアの事が知りたかっただけだ」

「──分からないわ」

「分からない?見た目はまだ二十歳前後に見えるけれど?」

「……ところでギルフォード。この前お渡しした王妃様への香水はお気に召して貰えたの?」

芳香の女王の名を冠するダマスクローズを精製した王妃に相応しい香りだと思う。
彼が一瞬息を呑んだのが分かった。

「お気に召さなかった?」

「いや、逆だよ。王妃はこれほどの腕の職人はいないと……君を王宮調香師にしたいと──」

「──お断りは?」

「まだ猶予はあるけれど──最悪、断れないかもしれない」

困った。
あまり目立つのはよくないと分かっていたのに、何処までが標準で、何処までが特化しているのか未だに掴めない。
それにあの子たちから頂いた薔薇の香りを無碍に使用するのは躊躇われる。

「王妃様にはリヴィアの心の内を説明しているから直ぐにはないと思うけれど……リヴィアの顔が見たいと──謁見を求められた」

「──お断りは?」

「出来ない」

「そう……では直接お会いして自身の口で後々の采配をお願いしてみるよ」

「王妃様は──ジョエスタ様は聡明でお優しい方だ。
大丈夫だと思うけれど、謁見の際は私もご一緒します」

「ありがとうギルフォード」




「お前が調香師リヴィアか」

その声には気品と威厳がある。
よく通る声で鮮やかな花がある。
イメージ通りの大輪の薔薇のような人だ。

「はい。王妃様。リヴィアと申します。けれど、私は調香師ではなくアロマセラピストという香りを使い癒す事を生業としております」

「そうか。此度の香水、大変良い出来だった。あれはどうやって作った?」

「申し訳ありません。お教えできないのが決まりで御座います」

「──では、少々皆下がれ。わたくしはリヴィアに話がある」

近衛隊や周りは騒然となる。
初対面の経歴も怪しい男と二人にしろとは王妃の言葉ではない。
王妃を見るも、それでも──という強い意志を感じる。
リヴィアには何も言えない。

「王妃様──」

誰かが嗜めようとしたが王妃の牽制が入る。

「第三騎士団隊長ギルフォード。この者をお前はどう見る?わたくしに害なす者か?」

ギルフォードのエメラルドの瞳は強い意志を示す。

「いいえ。決して御座いません」

「ですが王妃様……」

まだ食い下がる者に王妃が被せて答える。

「ではギルフォードはわたくしの護衛に残れ。それで良いな」

渋々全員が下がったところで王妃が椅子から立ち上がる。

「少し近くで話したい。謁見の間ではなくそこの部屋に入れ」

通された部屋の奥の椅子に王妃が座り、リヴィアをテーブルを挟んで前に座らせる。

「ギルフォード。お前もそこに立たれていては余計に気が散る。リヴィアの横に座れ」

こんな事は普段ないのだろう。
ギルフォードが驚愕している。
遠慮がちにリヴィアの横に座る。

「さて。前回リヴィアが作ったとされる薔薇の香水。今までにない香りであった。まるで本当にわたくし自身が薔薇になったかのような心地がした」

「ありがとうございます。お初にお目にかかりましたが王妃様のイメージ通りの相性良い香りだと思います」

素直に喜ぶ。

「──あれには何が入っておる?」

王妃の言葉には何か確信めいた感がある。

「どういう事でしょうか?何かお気に触りましたでしょうか?」

ギルフォードが口を挟む。

「──わたくしと王は政略結婚とはいえ仲が良いと思っておる。為れど最近はすっかりあっちの方はご無沙汰であった。それなのに──あの日の王はまるで生娘を相手にするかのように大事にわたくしを抱いてくださった。原因を考えたがあの香水しかわたくしには思い当たらない」

「……それは申し訳ありませんでした──花とは受粉し子を残す為、香りや蜜の甘さ、色形とで誘う為のもの。花弁を精製する際にそういった成分も一緒に溶かしてしまったのかもしれません」

「ではやはりあの香水には媚薬効果があるということか?」

「──恐らく」

「体に害は?」

「ありませんが媚薬の効用が出てしまいます」

「どのくらいの時間?」

「今回使用した香りの揮発時間はトップコートですので恐らく使用して20分程度です」

「そうか」

「もう一度、作れるのか?」

「王妃様──けれども」

「ジョエスタと呼んで頂戴。わたくしと陛下には御子がいない。けれども陛下はその重圧に苦心し最近は不調でなにかと性行為に問題があった。陛下のお身体にも障らず愛し合う二人が短時間燃え上がるのに問題はなかろう」

「ジョエスタ様。陛下はこの事はお知りになっているのでしょうか?」

「陛下には伝えていない。陛下にもプライドがある。わたくしと陛下のこの問題を知るのはリヴィアとそこのギルフォードだけ」

ジョエスタ様の心中穏やかではないのが分かる。
御子の問題も、愛する男性から求められない悲しさが混じりリヴィアの香水に賭けたのだろう。
その切なさに胸が痛い。
愛する人に触れられない寂しを、役目と立場が自身を責めるのをオリヴィエは知っている。

「分かりました。けれど媚薬にだけに頼れば、それはきっとジョエスタ様の心中を傷つけてしまうこともあります」

「ではどうすると?」

「私は男で貴方のお側にはいられませんが、私の妹もアロマセラピストです。一度、その日に城へ私の妹をジョエスタ様の身体のケアに来させて下さい。そして愛の行為は片方だけでは出来ません。陛下と愛し合っていると仰るのなら陛下にも男性に効く香りもありますのでお試し頂きたく存じます」

「リヴィアの妹か。名は?」

「──オリヴィアと申します」

「分かった。その者にわたくしの身体に触れるのを許そう」

「けれど──ジョエスタ様。妹は──人の目を嫌います。その姿形はジョエスタ様だけの心に留めておいて頂きたいのです」

「──わたくしは美醜は問わないが……まぁよかろう。これで何か問題があればギルフォードに責任を取らせるが良いか?」

「──はい。リヴィアの責は私が取ります」

ギルフォードが迷いなく言ってくれる。

「では3日後。その日が一番子が出来やすいと聞いた」

「仰せのままに」





「リヴィア。貴方に妹がいたなんて知らなかった。ここ二月ほど店に通っているが終ぞ見た事がない」

「──妹は人目を嫌うのです。ですがジョエスタ様の心中を察すると……きっと妹もお役に立てればと──思うはずです」

「その日はお迎えに行きましょうか?」

「いいえ。ジョエスタ様が顔が分からなくても入城できるよう取り計らって頂いたので一人で参ります。ギルフォードありがとうございます」


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