隠伏の魔法使い

六菖十菊

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「──ごめんなさい──ギルフォード」

ジョエスタ様にもイス様にあれだけの言葉を吐かせてしまった。
それはオリヴィアを守ってくれる為だ。
それなのに──分かってしまった。
自分の心が望む物が。

「──さっき、私はこのまま火炙りにされて死ぬ未来を思った。何百年と生きてきて死を遠く思っていたけれどこんな死に方があるのかと思ったら──嫌だと……思った」

こんなものの為にあの塔に幽閉されていた訳ではないと。
ギルフォードが側にいてくれるのに瞳がイス様を捉える。

「死ぬのなら──貴方に触れて欲しい」

表情が変わらない彼に手を延ばす。

「お願いです。貴方に触れられれば私はきっと一刻も持たない。露は瞬く間に消え失せてしまう。けれど──お願い。貴方に触れて貰えない私に価値なんて無い!戯れでいいの──気紛れでも──触れて──イス様」

露の様な涙が溢れてしまう。
これが──嘘つきなオリヴィアの本当の心だ。

「──オリヴィアは時間さえ届かないあの塔に帰るんだ」

彼の言葉に絶望する。
玉座から此方を見る冷めた瞳はいつもと変わらない。
もう涙しか出ない──死なない為に──あの塔で誰も訪れない場所でまるで飾り物として生きるしか無いのだろうか?
一刻でいいの──例え一瞬だとしても構わない。

「イス──貴方に触れたいの──」

「私は貴方には触れない。絶対に──触れない」

「死んでも構わないの」

「───」

「一瞬でもいいの。唇を重ねるだけでいいの」

「ダメだよ」

「──指を触れ合うだけでもいいの」

「嫌だよ」

「あの塔で──幾年も貴方の訪れを待った。けれど貴方は来てくれない。もう──気が狂いそうだった。いつか貴方に飽きられて捨てられるかもしない恐怖と今日こそは来てくれるのではないかという期待が私を蝕む。それなら──火炙りで死ぬ方がどれだけ楽なのか……お願いよ。イス、私を幸せにして──キスをして抱きしめて──抱いて欲しいの。それすれば私は幸せの絶頂で死ねる」

「オリヴィア──君はいつだって冷たい女だ」

分かっている。自分のことしか考えていない。
彼が──イスが私を愛していることも──知っている。
だから触れてくれない。
私を殺してしまうから触れてくれない。
彼の力の強さは彼でさえ抑えられない。
それが光の性質。
例えどんなに朝の神が朝の訪れの望まなくても朝を紡ぐのが朝の神であるキラン様の性質。
それは刻まれた呪いでもあるかのように破ることは出来ない。
私は露の女神──何かに触れていないと生ずることも出来ない性質。
それがさらに愛し者ならば触れずにいられるわけがない。

「イス──貴方はいつだって私の願いを叶えてくれない酷い男よ」

泣きながら睨む。
もう苦しくて仕方がない。

「私は死ねない──オリヴィア──お前がいない時を一生過ごせと言うのか?」

どうすればいいと言うの?
お互いの苦しみの折衷案なんて無い。
私が死に貴方が残り苦しむか、
私が無限の孤独に苛まれ貴方と時だけを同じくするしかない。
そんなのもう嫌なの。

「なら──私に触れないのならもう──私を解放して。私を捨てて」

どう言えば触れてくれるのだろうか?

「君は私のものだよ」

なら本当に貴方のものになりたいの。

「触れられない玩具に価値はないわ──壊してもいいから触れて」

何度も、何度でも言う。
きっと今しかないと──そう思う。

「オリヴィア──止めろ」

「あんな場所に閉じ込められるのなら──火炙りにされた方がマシよ」

哀しそうな瞳を見せるけれど、彼は動かない。

「もう──貴方が私に触れないのなら私は何度でもあの塔から逃げてみせる。逃げて──」

ギルフォード……ごめんなさい。

「逃げて──他の男に抱かれるわ」

そう言って側にいたギルフォードを籠の中から抱きしめる。最低な行為をギルフォードにしている。
愛していると言ってくれた人を当て馬のように使っている。その罪にも心を焼かれる。

「──オリヴィア──泣かないで。例えその言葉が嘘でも──このまま光の神に焼き殺されようとも私は幸せだ」

そうオリヴィアの涙を指で拭う。
その言葉に──その仕草に──さっきよりも更に涙が溢れる。
ギルフォードを抱きしめる腕が強くなる。

「──選んで、イス。私を抱くか──他の男に抱かれる私を見るのか」

イスが此方を見ない。
自分が触れられない物に触れている男がいるなんて──見たくはないのだろう。

「そうなればその男を私は殺すけれどいいのかい?──実際、今も──殺そうと思っているけどね」

指が震える。
彼が願えば簡単にギルフォードを殺せるだろう。
腕の力が緩む。

「オリヴィア。言ったろう?──好きな女の願いを叶えるのが恋する男の条件だ」

オリヴィアの唇に唇を重ねる。
ゆっくりと離した唇はオリヴィアの涙を舐め瞼にキスをする。
ギルフォードの瞳は静かだ。
エメラルドグリーンの瞳が鈴蘭の葉のように花を囲み、守ってくれているようだ。
彼がいなければ──イス様にここまでのことを言えなかった。
ギルフォードがいるから、私は今対等な男女としてイスと話が出来ている。
イスの金の瞳が嫉妬で一層に金色に輝く。
少しでも動けば、自分を止められないかのように玉座から立とうとしない。
──側に来てくれない。

「──だから君をあの塔からは出さないよ。それで解決する」

「───やだあぁ……」

もう駄々を捏ねる子供のような言葉と感情しか出てこない。
絶望としか思えない。
──誰か助けて──

ポツと水滴が落ちる。
上を見るとポツポツと雨が降り始める。
光が溢れたこの建物内に慈雨の雨が降る。
晴れた日に降る雨をどこかの世界で狐の嫁入りというそうだけれど──こんな光景なのだろうかとぼんやり思う。
そして雨とともに一人の老人が現れた。


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