そんなの、知らない 【夫人叢書①】

知ることを始めたい

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「侑梨」
私を呼ぶ声に振り返る。彼女の呼び声はいつも明るい。
「おはよう雪子」
私も自然と笑顔が溢れる。どうやら夜勤明けらしい。
けれどもそれを見せない完璧な化粧と品位だ。さすが雪子と心の中で唸る。
「来週空いてない？」
来週といえばマウロが訪れる週だ。
ゴメン来週は難しいと答えると雪子は少し残念そうに、
そっかっとは答えた。
不思議そうに軽く伺うようにしてみると雪子と目があった。
「あなたを紹介して欲しいっていう同僚がいるのよ」
雪子は私の腕に腕を絡めてゆっくりと歩きながら進む。
「侑梨モテるのに未だに誰とも付き合おうともしないじゃない。誰か好きな人いるの？私の知らない人？」
答えが欲しいのではなく、話を進めるために雪子は話す。
「そうじゃないなら、ちょっと時間取れない？悪い子じゃないわよ。真面目な好青年よ」
その言葉に思い浮かべたのはかつての初恋の人、三島櫂さんだった。
あの時は恋だなんて思ってもいなかった。
ただ、時が経つにつれ私の支えとなったのは彼だった。
もう会えない、会いたくないという気持ちと会いたいという気持ちが混ざって自分でも分からなくなる。
ただ、彼が同じ東京のどこかにいるのかと思うと自然に元気が出た。
「ごめん雪子。来週は本当に忙しいの。でも…もう少ししたら、落ち着いたら…考えてみようかな。あっ、その人に待って欲しいっていってるんじゃあないからね！」
雪子は少し意外だという顔で私を見て、柔らかく笑った。
「わかった。その気になったら教えて」
「うん」
じゃあまたねと絡めた腕をとき後ろ手にバイバイと去っていった。