そんなの、知らない 【夫人叢書①】

六菖十菊

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知れば、知られる

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夫人は仲睦まじく、旦那さんと会場へと消えていった。
どんな人物か未だ掴めないけれど、社交界的なこの世界でかなりの地位なのかもしれない。
このチャンスを掴めなければ前には進めない気がする。…よし!頑張ろう。櫂さんに見つかっても夫人の客という立場の私を蔑ろにはできないらしい。
…櫂さんは父の死の真相を知っているのだろう。だから私とマウロを合わせたくないのだろうか?父の自殺の訃報を知らされた時、私は櫂さんに何度も何度も問いかけた。どうして?どうしてお父さんは自殺したの?と。
けれども櫂さんはごめんと謝るだけで教えてはくれなかった。噂でしかないが、情報流失だけで父が自殺したとは思えなかった。何か理由がある。…あって欲しい。
母も、父も最後には私よりも違う『なにか』を選んだ。
それならせめて、そのなにかには価値があって欲しい。
その最後の望みが私にはマウロ・ジーノだった。
「失礼ですが、お一人ですか?」
さっきから、男性に何度か声をかけられる。
高崎夫人のドレスとスタッフのメイク術はもはや魔法レベルまで到達している。
あまり目立ちたくはない為、ある程度、愛想良く断ってきたが今回の相手は中々諦めてくれない。
今週はセクハラ週間なのだろうか…
普段なら冷たくあしらうのだが、万が一、櫂さんや夫人に害が及ぶことになれば悲しい。
助けて欲しいと周りを見渡せば、目の端に櫂さんが映った。来て欲しくないと思っているのに、心が懇願する。…一瞬で心が凍った。
背中が大きく開くワインルージュの鮮やかなドレスの女性が彼と並んで挨拶をしている。
あれから7年。当時29歳だった彼に恋人がいたのか、まして今結婚しているのかも知らない。
私はいつだって、何も知らないし、知らされない。
女性が彼の腕に腕を絡めて首をしな垂れる。
2人の表情は見えない…見えないでよかった。
「大丈夫?気分が悪いようなら部屋を予約しているから休む?」
先ほどの男性が一歩、近づく。
その時、扉付近で騒めきが起きた。その空気が波紋状に広がる。何かわからないけれど、今しかない。扉辺りに視線が集中している間に侑梨は足早にその場を去った。
逃げるが勝ち。いちいち相手にしてられない。
櫂さんだって、もう会う気も無かったのだ。彼が誰と恋愛していようが、問題ない。心の中で責めるようなこの気持ちには蓋をしないと。
頭が痛い。少しだけ外の空気を吸ってこよう。 
そう足早に扉へ向かう、侑梨の腰に大きな腕が絡み付いた。
「⁈」
いい加減にしてナンパヤロー!黙っていれば!
思い切り睨み、見上げる。
「何を怒ってるの?シンデレラ」
体が宙に浮き、抱きつく形で降ろされる。
「…マウロ・ジーノ」
彼だった。
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