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足るを知らない、欲

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穏やかな日々が続けば良いが、仕事を辞めた侑梨には新たな働き口がいる。高卒の侑梨はそれだけで収入も少ない。早く新しい仕事を見つけないと。
あの時、ジーノのスーツを買い取っていたらと思うと…恐ろしすぎる!
感謝の心でいっぱいだ。ジーノありがとう。
人生を一転して、新たな仕事を探そう。
…少し、櫂の仕事を手伝えたら…と思ったけれど、私では役に立たないだろう。邪魔はしたくない。それに…先日、櫂のオフィスに立ち寄ることがあったのだが、櫂の仕事のパートナーの矢賀さんは明らかに私に冷たかった。…あの2人の関係は今は…昔はどうだったのだろう…
それを考えると少し憂鬱になる。
私との関係を隠そうとしてない所を見ると、今は…仕事上のパートナー以外の関係はないのだろう…
そんなことを考えるのも侑梨と櫂の関係はまだ清いままだからかもしれない。キスは何度かしたけれど、それ以上になるには、まだ父のことが影響しているように思った。キスも優しいキスだ。
…もしかして歳の差も櫂は気にしているのかもしれない…恥ずかしいかな…侑梨は22歳の立派な成人女性だが、34歳の相手としてはやはり不足なのかもしれない。…大丈夫。一人で良くない方に考えるのは私の悪い癖だ。
今は、櫂との進展より、職探しを専念しよう。

今日は夫人の家へ招かれた日だ。なんと車でお迎えが来るらしい。どうしよう、リムジンみたいな車だったら。
このアパートにリムジンが止まったら、それこそ大騒ぎだ。
侑梨は早めに出て外で待つ。
到着した車は艶のあるブラックので意外とこじんまりとした丸みのフォルムの昭和初期の高級車のような雰囲気だ。扉を開かれ恐縮しながらも乗り込む。
振動がない。…逆にこれはこれで酔いそうだ…と自分の庶民さを感じる。

家というよりお屋敷だった。
夫人はここは本邸ではなく自分の好きな人だけを招くの、と微笑む。
平安時代の寝殿造のような純和風のお屋敷で、庭には大きな池があり、東京とは思えない静かさと空気だ。
まるで、ここだけ時代が違うみたいだ。
夫人の朗らかな雰囲気に心がほぐれ、
現在の侑梨の悩みの種である職探しをしていることを話した。すると夫人は瞳を輝かせて、ここで働いて欲しいと侑梨に懇願した。
「ホテルで働いていらしたのだからマナーは申し分ないし、ここはわたくしのお気に入りの方しか来られないしのから大丈夫。ここの従業員さん達もとても良い人よ。彼らのお仕事を手伝ってあげて欲しいわ。それに時々、わたくしのお話し相手をして欲しいの」
夫人の特異な環境は、普通の仕事では得られない経験を得られる様な気がした。この経験はいつか櫂の仕事の何かに役立てるかもしれない。そんな気持ちが大きくなった。
侑梨は契約書にサインをした。
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