そんなの、知らない 【夫人叢書①】

六菖十菊

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紛擾雑駁の了知

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海月クラゲを見ながら侑梨は自分の様に感じた。
波の動きに流され、自身でどこにも辿り着くこともできない。ただ、流される。
水槽の魚たちは自分の尾で優雅に泳いでいる。
限られた水槽の中でさえ、彼らは泳いでいる。
「この水族館はペンギンが有名なんだ」
「わ、結構いるのね」
横のペンギンと同じ格好をしたり、この狭い場所で各々楽しんでいる。
「可愛い」
帰りのお土産ショップで50センチはありそうなペンギンのぬいぐるみを渡される。
…正直、侑梨のあの殺風景な部屋に一人は寂しかった。
このペンギンが今日から私の同居人だ。
「ありがとう」
素直に感謝する。
「このマゼランペンギンは一夫一婦制で長年、夫婦が連れ添う」
へぇ素敵。侑梨は微笑む。
「が、独身時代は略奪、二股、同性なんでも有りだ」
愕然とする。そんなの有りなのだろうか。
「本当に愛する人を探しだす為にはルールなんてないのさ」
「本当に愛する人を見つけれた証が夫婦なんだね…いいな」単純に羨ましい。
「そうだね……羨ましいよ」
彼の言葉に疑問を感じる。
奥様に第二子が生まれたと夫人は言っていた。
寧ろ、彼が奥様を裏切っているのにその言葉は不相応だ。
「おめでとうございます。お二人目が産まれたそうですね」
少し刺のある言い方をしてしまった。
反省だ。
「女の子ですか?男の子?」
こんな人だけど、なんだかとても可愛がりそうな気がする。今日の彼が優しく安心できるからかそう思うのかも知れない。
「どちらも女の子だよ」
ジーノ似だろうか、と彼の表情に息が詰まる。
──微笑んでいる。あの笑顔で。
思わず彼の袖を掴んだ。私の表情を読み取った彼は少し罰の悪そうな顔をしたけれど、すぐに戻した。
「僕と彼女の間に体の関係はあるけど恋や愛はないよ。妻は隠しているけれど子供たちも兄の子だ。お互い様だ…けれど、最近思うんだ。いつまでこんなことを繰り返すのだろうって」
……お兄さんとは仲が悪いと言っていたが、それが原因だろうか?わからない。
どちらにせよ、彼は夫人に駒のように扱われ、家族は仮初で仲の悪い兄の子と知りながら家族を演じ続けるのだろうか……なんだか侑梨の孤独とジーノの孤独が同じに思えた。
「夫人と三島の取引内容は知らない。けれど夫人の考えは少しは分かる」
さっきの言葉を繰り返す。
「夫人は何をしたいの?」
「夫人は僕を罰したい。あの日、夫人の命令に反し君を抱かなかったからね。その為に三島と手を組んだ。ただ、三島だけ得をするアンフェアなことはしない。三島にも何が相応の対価を求めただろうね」
「相応の対価……貴方なら分かる?」
侑梨は想像できない。でも、取引をしたということは、櫂にはデメリットよりメリットが強いってことだよね。
「さあね。夫人はその者の一番欲しいものを、願いを、
2番目に欲しいものと天秤にかける。己を知らないものは夫人に踊らせれる…僕がそうだったようにね」
自虐の混じった内容に驚くが、
櫂はしっかりした人だ。
大丈夫だと少し安心した。
「バカな子だ…君は三島を買い被り過ぎた。
現にこうして君に心配をかけている現状は得策とは言えない」
「それは私が勝手に…勝手に心配して…」
やだ、涙が出る。こんなことで泣きたくないのに。
櫂は侑梨の心配を知ってか、知らずか救い上げようとはしてくれない。なのにまさか敵のような存在のジーノが
気付き、言葉をくれる。
「それに気づかない三島はマヌケだ」
ジーノが侑梨を軽く抱きしめる。
「今日、ここに来るで、僕はまだ夫人の玩具でいようと思っていた。君を抱いて夫人が満足するのなら抱こうと思っていた」
侑梨がビクリと身体を離そうとするが、ジーノが離さない。
「痩せた君を見た時、心が痛んだ。僕のせいかと思った。でも、君を傷つけているのは三島だ」
侑梨はかぶりを振り否定する。
「違う‼︎櫂じゃない。私が勝手に傷ついているだけ…」
同じような言い訳を繰り返す。
「正直、こんなに彼に対して苛立ったことはないよ」
「違う、違う‼︎櫂は私を心配してくれているから…」
…だから一人であの部屋に置くの?
…すぐに帰って、沙織さんと会ってるの?
…私を嫌いになったの?
「三島がその気なら僕は君を帰したくない」
ジーノの身体が少し離れて瞳を合わせる。
「──もし僕が夫人と手を切るって──マウロ家も捨てると言えば、君は僕を愛してくれる?」
彼の眼差しに侑梨は動けなかった。
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