そんなの、知らない 【夫人叢書①】

六菖十菊

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紛擾雑駁の了知

x66_櫂_

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「お疲れ様」
扉を開けると労いの言葉と笑顔が迎えてくれる。
部屋からは出汁と木の子の香りがする。
「蒸魚もう少しで出来るから、もうちょっと待ってね」
……?なんだか違和感を感じる。
最近の侑梨は少し沈んでいた。
けれど今日の侑梨は少し穏やかだ。
「リンゴありがとう」
侑梨が持ってきた手提げ袋に近づいた瞬間、鳥肌が立つ。
「…櫂?」
一瞬感じたあの香りに覚えがあった。
だが、全力で心が否定する。
「今日どこか行ったの?」
自然に聞いてみる。
「うん。買い物に行ったよ。食材なかったから。買い物ってやっぱり楽しいね」
侑梨の部屋に変わったものは
服もラフな感じた。
「出来た。食べよう!」
土鍋の木の子ご飯、蒸魚に野菜が添えられ、ほうれん草のピーナツ和と揚げた海老しんじょうの餡掛けがある。
「めちゃくちゃ旨そうなんだけど」
侑梨が嬉しそうに食べようと微笑む。
「美味い。こんなご飯食べたのいつ以来か覚えてないよ」
「よかった。私も最近食事作るの疎かにしてたから…誰かの為に作るって楽しかった」
あー結婚したい!
奥さんになって欲しい。
「その誰かって、俺でもいいの?」
「……櫂がいい。洗い物の後にリンゴ切るね」
恥ずかしそうにはにかむ彼女がキッチンに向かう
背中を見ながら、押し倒したい願望を堪える。
出されたリンゴは皮付きのままで、横にスライスした輪切り状態だ。
「変わってるでしょ?母のリンゴの食べ方がこれだったの」
──浮かれてた心に冷や水を浴びせられる。
「母ね。リンコって言うの。だから自分は林檎で、貴方は梨なのよって。小さい頃はよく林檎が家庭に出たの」リンゴを齧り懐かしむ侑梨に哀憫の気持ちが湧く。
──そうじゃない。若干の苛立ちだ。
侑梨に知らせない決断をしたのはこちらなのに、凛子を懐かしむ侑梨を見たくはない。
「ごめん、ちょっとトイレ貸して」
蜜がぎっしりと詰まった林檎がキラキラと光る。

『ありがとう。教えてくれて』

──彼女と最後に話した会話が未だに心に刺さる。
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