そんなの、知らない 【夫人叢書①】

紛擾雑駁の了知

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「私の螺子を巻いてどう動かせたいんです？」
「わたくしはただ、螺子を巻くだけ。その後どう人形が動くかは自由だわ」
聞きたいことは沢山ある。
だが、いざ鍵を渡されると怖くなる。
夫人は語らない。
侑梨の問いに答えるようだ。
「……櫂と交わした〈余興〉とはなんですか？私が知ればそれは櫂が不利になるの？」
「彼に密約を持ちかけたのはわたくし。彼から破ることはできないけれど、わたくしからはできるわ」
なんだかとても力関係を感じる。
「では、櫂と交わした内容を教えて頂けますか」
「彼の会社の澤城企画を今後、贔屓するということ。
その条件に貴方とひと月の間一線を超えないことを提示したわ」
予想だにしない内容に言葉を失う。
だが、先日に櫂が侑梨を抱かなかっだのは
それが理由なのではと心が望む。
侑梨より仕事を取ったとしても、まだ捨てられた訳ではない。
「なぜそんな条件を？」
「わたくしなりにジーノを愛しているからよ」
──ジーノが言っていた。
侑梨を抱かなかったジーノへの罰だと。
でもそれにしてもあまりにもジーノへの影響が大きい。
これは致命傷レベルだ。
「愛しているのに、彼を追い詰めるの？」
「クリスマスパーティがあるわ。勿論貴方も招待しているの。そこで彼はすべてを失うわ。かわいそうに……だからプレゼントを用意したの」
侑梨の心臓が跳ねる。
「わたし？」
そう。と夫人が微笑む。
「わたくしは彼を切るわ」
「なんで……」
夫人とジーノの関係はとても長いはずだ。
「私のせい…？」
ジーノが侑梨を抱かなかったから？
それだけの理由でこんな重大な案件を決めたりするだろうか？
「彼はマウロ家を踏み台にして立つことが出来るのに、浪費家で怠惰な父を支えた。大した腕もないのに、ただ義弟に苛立ち彼の足を引っ張る義兄。それでも彼はマウロ家を捨てられない」
……彼を想うと苦しくなる。
「あの家はもう自重で崩壊するのみ。わたくしは待ったわ。彼が父と義兄を一掃する日を。けれど、タイムリミットね。彼はマウロ家との心中を選んだ」
「彼はどうなるの？」
「知らないわ。ただ、彼の会社に依頼していた仕事は澤城企画に変更するし彼との関係も終止符を打つわ」
「──彼は知っているの？」
「彼、カトリックなのよ。あれで結構、信心深いの。
奥様との結婚式も協会ではしなかった。カトリックでは神に認められた結婚と一般的な手続きで得た結婚は別物。本当に愛する人とだけ神の前で誓える。今年のクリスマスは彼にとってどんな日になるのかしら？神様にも見捨てられるのかしら……ね」
せめて…せめてひっそりと終わらせることは出来ないのだろうか？
そこで気付く。
夫人は今侑梨の螺子を巻いている。
彼に同情させて私を動かし、
彼へのプレゼントにしようとしている。
全てを奪われて侑梨をプレゼントされても
彼が喜ぶとは到底思えない。
買いかぶりよりも酷いボッタクだ。
「無茶苦茶だわ」
「それでもわたくしが最後に出来る唯一のプレゼントよ。さぁ、わたくしは螺子を巻いた。どう動くのかは貴方の自由よ」