そんなの、知らない 【夫人叢書①】

六菖十菊

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一葉知秋の比おい

x76_櫂_

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あれから数日が経つが、侑梨からの連絡はない。
当然、俺からしなければならないのだが、
『櫂、好きなの──抱いて』
あの言葉に理性より本能が勝った。
身体中に電気が走ったようにゾクリとした。 
首に絡められた侑梨の腕に、引き寄せられ耳元での
少し恥ずかしそうな声に、侑梨の香りが一層濃くなり
抗えない欲望に暴走しそうだった。
あの状態でどうにか欲望を振り切った自分に賞賛を
送りたいが、クリスマスまでの後二週間を切った今、
侑梨と会うのはかなりの拷問だ。
だが…会いたい。
侑梨は俺を父親代わりとして見ている気がする。
澤城さんから得られる筈だった愛情を俺から欲している。
不安だった。
自分にとって澤城さんは理想の人間で、その人の代わりが務まるのだろうかという不安。
侑梨が俺に向けている気持ちは恋ではなく父性愛だと、いつか本当の愛を知って──例えばジーノこそが本当の恋だと去っていくかもしれない不安。
けれど、もうどうでもよくなった。
侑梨を愛している。
彼女の求めるものを与えてあげたい。
クリスマスパーティを過ぎれはマウロは夫人の加護から外れる。
マウロが侑梨を追う理由もなくなる。
それまでは夫人の遊びに付き合おう。
それが終われば侑梨をもう一生手放さない。
だが、今のままクリスマスパーティを待つのは流石に侑梨を傷つけたままだ。
会って話をしよう。
完全な二人きりはダメだ。
俺の理性が持たない。
ランチタイムのイタリアンを予約しようと思うが、
ケータイの指が止まる。
──先日の侑梨は少し痩せていた。
軟禁のような生活が侑梨にストレスを与えているとは思ったが、想像以上なのかもしれない。
心苦しくなるが、夫人とマウロに玩具にされる侑梨を守りたかった。
後、10日。
それで決着がつく。
それまでは──罪悪感に苛まれながらも侑梨の苦しみに蓋をする。
侑梨に謝罪の言葉と、逢いたい旨のメールを送るとOKの返信が来た。
安堵が広がる。
──彼女に会うのが少し怖い。
もし別れを切り出されたらと不安になる。
ランチは水炊きの店にした。
油っこい料理より優しい食事の方が侑梨も食べやすいかもしれない。
それと少しでも距離を縮めたかった。
家族のようにでも俺を求めて欲しかった。


久々の侑梨は終始穏やかだった。
普段から穏やかだが、なんだか雰囲気が違う気がする。
「お鍋っていいよね。暖かくなる」
侑梨が取り分けてくれる。
侑梨はしてあげたいという気持ちが強い。
澤城さんは亭主関白のような気質ではなかった。
あの頃も部下の沙織にこんなことはさせなかった。
これは侑梨が望む形だ。
仕事に没頭した澤城さんと家族を省みない母親。
侑梨は役に立たないと愛してもらえないと思っている。
いつか…俺が侑梨の器に盛ってあげたい。
思い切り甘えて、我が儘を言ってもいいって思ってもらいたい。
けれど今、それを侑梨に言えば我慢させている現状に矛盾が生じる。
早く、ドロドロに甘やかしたい。
侑梨に俺がいないとダメになるくらい、今迄の孤独を
溶かしてあげたい。
7年前……澤城さんが仕事を辞める理由を聞いて正直意味が分からなかった。
会社は順調で俺は楽しくて仕方なかった。
『娘との時間を作りたい。
受け入れたくない現実を理由に蔑ろにしてきた最低な父親だ。それでも娘は俺にやり直すチャンスをくれた』
そう語る時の澤城さんの泣きそうな顔が甦る。
──今なら澤城さんの気持ちがよくわかる。
俺も。仕事を辞めよう。
クリスマスを過ぎればマウロからは逃れれるが、夫人の手からは守れない。仕事も今のままでは忙し過ぎる。
会社は沙織がいる。
今回の件でよく分かった。
今迄は俺のパートナーとした支えてくれたけれど、
俺よりトップの資質があるのは冷静で熱情的な彼女だ。
彼女なら夫人と対等に仕事ができる。
「侑梨、クリスマスパーティが終われば話したいことがある」
彼女は待ってるね。と言って微笑んだ。
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