そんなの、知らない 【夫人叢書①】

六菖十菊

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あえかなる夜の知覚

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着替えの服はラフなセーターとパンツで少しホッとした。
パウダールームから出て、
すぐにこの部屋から出て行きたいが
どこに行こうか……
もう櫂には会えない。
彼に軽蔑された目で見られると思うと死にたくなる。
──櫂は絶対に貴方の裏切りを許せない──
マンションにも帰れない。
当初、知らない場所に行こうとしていた時の荷物は
マンションにある。
無一文に近い侑梨に行ける場所はない。
「お食事が届いたわ。食べましょう」
仕方なく侑梨は席につく。
「軽めの方が良いと思って夜だけれど朝食の献立にしてもらったの」
典型的なブレックファーストが並ぶ。
パンをちぎりながら自然と涙がでる。
まさか、ジーノがあんなことするなんて思わなかった。
侑梨を縛り……獣のように犯すなんて…
思い出したくない‼︎ 
止め処なく流れる涙を夫人は気にもしない。
それどころか侑梨に微笑む。
「……でも……気持ちよかったでしょう?」
「そんなことないわ」
「初めてなのに何度もイッた」
「やめて」
「恥ずかしがらなくても貴方とジーノは合わせ貝。それが運命」
「聞きたくないわ‼︎ 私は櫂が好きだし、今はジーノが憎いわ‼︎ 」
立ち上がった衝撃でミルクが溢れる。
夫人がそれを指の先で弄ぶもてあそ
「でも、もう三島櫂の元には戻れない」
それは侑梨にも、分かっている。
分かっているから、こんなにも苦しい。
「──死にたい」
「死ねば、三島さんはさぞ自分を責めるでしょうね。
──あの時、貴方の手を離さなれねば、貴方を1人にしなければ、貴方より仕事を優先した自分に絶望し、彼はもう立ち直れないかもしれないわね」
「櫂は悪くないわ!私が……ジーノに会いに行かなければ……」
櫂に何度も警告された。
それなのに……自分の馬鹿さに呆れる。
「死ぬことも、三島櫂にも会いに行けない。出て行きたいならお好きになさい。けれど、ずっとわたくしの側にいていいのよ」
夫人が侑梨を抱きしめる。
ここにいたいとは思えないけれど、
ここを出て行き当てのない侑梨が、
この精神状態で仕事を探し
生活を考えるなんて無理だった。
「先程、三島さんから侑梨さんの行方を知らないかと電話があったわ」
恐る恐る夫人の顔を見る。
夫人は櫂に何と答えたのだろう?
「言わないで……」
「安心して頂戴。知らないと答えたわ」
無意識に止めていた息が漏れる。
「わたくしは貴方の味方よ」
背中を摩り抱きしめていた腕を強める。
「携帯の電源を切っているけれど、渡しておくわ。お好きな時な使って良いのよ。だから、貴方がいたいも思う日までここに居て頂戴」
「彼は…イタリアからまた東京に?」
ここにいればいつかジーノと再開することになる。
「当分彼は来れないわ。お父様とお義兄様が賄賂や横領で捕まったの。ジーノは関係ないけれど、警察の事情聴取や赤字経営箇所の事業縮小と忙しいと思うから」
……ギリギリまで待ったと以前、夫人は言っていた。
夫人の本質は企業家だとジーノは言ったが、それなら
このタイミングは夫人にとって本当にギリギリまで待ったのかもしれない。
彼に会いたくない。
会いたくないけれど、侑梨を抱き潰し、なんの言葉もなく姿を消した彼に腹ただしくもある。結局侑梨はジーノにとって苛立ちを消化する捌け口に使われただけなのだろう。
「この部屋は嫌……」
だけど、
「行く場所がないの──夫人の側にいさせて」
侑梨を抱きしめていた夫人の顔が優しく微笑んだ。
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