そんなの、知らない 【夫人叢書①】

六菖十菊

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あえかなる夜の知覚

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侑梨の消息か不明の状態でも仕事をしている自分に
頭がイカれてると感じる。
けれど、自身の正気を保つ為に必要だった。
彼女の携帯は未だに繋がらない。
恐らく彼女はパスポートは取っていない。
ならマウロとイタリアにいる可能性は低い。
警察にも連絡したが、引越しの形跡が見られるという説明で協力的ではなかった。
いつもなら煩いくらいの沙織が静かだ。
俺がどう動くのか見極めようとしているのは分かっている。
だが、この歳まで仕事が1番で恋愛は遊び程度の感覚だった俺が本気で好きになった恋愛なんて初めてかも知れない。侑梨に向けた自分は不甲斐なく嫉妬深い男で、正直振られてもおかしくない。
単純に俺は侑梨に捨てられただけかも知れない。
まだ体の関係もなかったのにプロポーズしようとしていた自分が滑稽だ。
「社長、アポのない方がお会いしたいとのことですが」
受付からの電話にオフィスだったと意識を戻す。
「今は断ってくれ」
「…ですが…かなりご立腹されているような20代の女性ですが…」
暗にプライベートの女性ではないかと言いたいのだろうが、見に覚えはない。
「……名前は?」
「二条雪子様です」
「! 通してくれ」
暫くして現れた彼女は射殺すような瞳を向けた。
「はじめまして?かしら」
彼女とは一度、ホテルでタクシーに乗った侑梨を目撃しているが直接話したのは今日が初めてだ。
「貴方、何してるの?」
俺が話しかけてる前に彼女が憤る。
ほぼ、初対面だが高圧的な態度だ。
「侑梨と連絡が取れない。部屋にも帰ってきた感じもないし、あの子今どこにいるの?」
「知ってるなら俺が教えて欲しいよ」
好戦的な言い方に、つい言い返してしまう。
だが、そこで確信に繋がる。
「……君も知らないのか?侑梨の居場所を?」
「ええ。連絡もないし、連絡できないわ」
「なぜ……」
侑梨が俺に愛想を尽かして消えたのかと思ったが、
これはおかしい。
「私の友人から侑梨を最後に見たのはホテルでクリスマスイヴだと」
「それは瑞鳥の間で行われたパーティだろ?」
そこには俺もいた。
「いいえ違うわ」
「あのホテルにはセレブ御用達で年間契約されてるスイートがあるの。そこには専用フロントがあって一般人は近寄れない。その近くで侑梨を見たらしいわ」 
「──そのスイートの契約者は?」
嫌な質問だ。答えが分かっているのに聞くのは。
「高崎様よ」
やはり夫人が絡んでいる。
でも何故、侑梨はそこへ行ったんだ?
夫人は夫と帰ったのを確認した。
「──そのスイートを使用しているのは?」
「これら全て社外秘よ。それを破って何故貴方に話すのか理解し…」
「マウロか?」
「──そうよ。彼は日本滞在中は自身のスイートではなく、高崎様のスイートを使用していたらしいわ」
じゃあ侑梨はマウロへ会いに行った。 
自分の意思で。
「分かった。もういいよ」
二条雪子は信じられないという顔を向けるが、俺にはもうどうしようもない。
「侑梨は俺ではなくマウロを選んだんだ」
「──侑梨と連絡が取れないと言っているのに、本気でそう思ってるの?」
「俺も君もただ侑梨に捨てられただけかもしれないさ」
マウロ以外全てを捨てようとした女を知っている。
「貴方──最低ね」
そんなことを今更言われなくても
この数ヶ月で理解している。
「侑梨が私に話した『櫂』はそんな人ではなかったわ。あの子、大人っぽく見えるけど中身は子供なの知っているでしょ?他人の汚い所より自分を責めるような子だって知っているでしょ?侑梨が本当に私を捨ててマウロを選んだのなら私は祝福するわ。けれど、それが分かるまでは貴方みたいには諦めない。さよなら」
入ってきた時以上に足早に去る彼女の憤りと失望に自分自身感じている。
侑梨を幸せにしたいと数日前感じていた自分にこんな自分が想像できただろうか?
まだ、侑梨を幸せにすることはできるだろうか?
そうだ──まだ、諦められない。
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