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未知と既知の其間
100_櫂_
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相変わらず、携帯にメールに既読はつかない。
『待っている』と格好つけたはいいが、
日々、女々しく携帯を確認している。
侑梨の気持ちが落ち着くまで待とうと思った。
詳しくは聞けなかったが、二条雪子の説明は
『待ってほしい』だった。
侑梨がマウロより俺を選んでくれたのなら
例え2人の間に関係があったとしても
侑梨を手放したくない。
彼女の本当の気持ちも知りたい。
それにマウロもだが、夫人の側は危険だ。
『今から長い歳月をかけて私が育てたらどんな女性に育つのかしら?わたくしのように育つかしら?それとも凛子さんの様に?』
戯言だと思っていた。
妄想だと言っていた。
今もそうであって欲しいと思っている。
侑梨が夫人の邸に留まって、ひと月となる。
いい加減、あの場所に侑梨を置けない。
『今から行く』
『愛してる』
メールを打つ。彼女は見ているだろうか。
俺を──信じてほしい。
コートを掴み部屋を出ようとした時、
「私も行きましょうか?」
沙織が心配している。
「珍しく弱気な顔をしているな」
沙織は修司さんを思い出している。
凛子さんの裏切りで命を落とした彼を
沙織が愛していたのは知っている。
今、似た道筋を辿っている俺に不安を覚えるのも無理はないのかもしれない。
「沙織がプライベートのことで夫人と揉めるのは澤城企画にとっては良くない。大丈夫。俺1人でいくさ」
「……凛子さんはマウロしか見えなくなった。もし、侑梨さんがマウロを愛し始めていたら貴方はどうするの?」
その返答次第では行かせない様な雰囲気だ。
「──お前を説得できないんだから、夫人にも敵わないだろうな……会いたいんだ。彼女を幸せにしたいと思ったんだ。そんなことを言うの俺のキャラじゃないだろ?
こんな自分、今まで知らなかった」
「──その言葉、自分に刻みなさいよ」
菖蒲邸についた頃には雪が降りじめていた。
あのクリスマス以来だ。
通された部屋のソファに座り侑梨を待つ。
入ってきたのは夫人だった。
「お久しぶりね。三島さん。今年もよろしくお願いします」
年明けや年末の意識がない。
あのクリスマスから時が止まった様だ。
「侑梨はどちらに?」
「まだ、侑梨さんには貴方が来たことは伝えてないわ」
「伝えてもらえますか?」
「伝えたいのだけれど、貴方が侑梨さんを傷つけそうで怖いのよ」
「それは貴方では?」
「まぁ、侑梨さんと1番の仲良しはわたくしよ」
この女は人心掌握が上手い。
侑梨は大丈夫だろうか。
「それに次に仲良しなのも貴方ではないかもしれなくてよ」
「その返答は貴方ではなく、本人に聞きますので」
マウロをチラつかせる夫人に苛立つ。
「──貴方、いい加減侑梨さんを解放してあげたら?」
どの口が言うのか。
「意味がわかりません」
「澤城さんを守れなかった悲しみや悔しさ。凛子さんへの憤りと悔恨の思い、貴方の怨念じみた心はずっと救済を求めていた。澤城さんの仕事を継いでも満たされない想い。そこに現れたのが侑梨さん。彼女を救うことで、幸せにすることで、貴方は自身の救済を求めている」
夫人が俺を精察している。
ここで弱味を見せれば侑梨を連れ帰れない。
「なんとでも言えばいい。侑梨と自分との関係に貴方は関係ありません」
「──関係ないのは貴方だと言っているのよ」
往生際が悪い子供に仕方ないという様に口調だ。
「わたくし、人の相性が分かるの。侑梨さんとジーノは完璧ね。その2人の間に貴方が割って入ろうとするから彼女は苦しむのよ。侑梨さんも両親が貴方を苦しめていることを知っている。貴方への気持ちは罪悪感から生まれたものなんじゃなくて?」
「……侑梨の俺への感情が恋愛感情ではなく、俺の気持ちも救済欲しさのものなら似合いの2人だ。2人で罪悪に囚われながら堕ちていきますよ」
ただし、2人でだ。
そう思うと、悩んでた自分がバカバカしくなる。
「夫人のお陰でスッキリしました。侑梨が俺に罪悪感を持っているなら俺はそこを突いて離しませんよ。完璧な相性だろうが、そんなの知りません。俺も侑梨も歪んでる。侑梨を手に入れなければ俺に救済がないのなら、尚更手離せない」
「貴方、もう少し真っ直ぐな人だと思っていたわ」
「貴方の歪みに比べれば、誰もが真っ直ぐに見えますよ」
「面白いわね」
「侑梨を返してください」
侑梨に会えなければ、進めない。
「──貴方は相性を軽く見ているけれど、
そんなものではないわ。
ロマンティックに言えば〈赤い糸〉
神秘的に言えば〈運命〉
悪く言えば〈呪い〉
貴方に抗うことができるかしら?」
「──神や天を敵に回しても、悪魔に魂売っても手に入れるさ」
夫人が微笑む。
「神や天を敵に回そうなんて、御可哀想な人。神を敵と見做す者と、神を味方につける者。どちらが勝利を手に入れるのかしらね」
戯言はたくさんだ。
いい加減、侑梨を連れてきてくれ。
そうでなければ自分でこの邸中探してやる。
「彼女はここにはいないわ」
ここで引いてはいけないが、言葉が出てこない。
侑梨がいない?
では──どこに?
「貴方──可哀想ね」
『待っている』と格好つけたはいいが、
日々、女々しく携帯を確認している。
侑梨の気持ちが落ち着くまで待とうと思った。
詳しくは聞けなかったが、二条雪子の説明は
『待ってほしい』だった。
侑梨がマウロより俺を選んでくれたのなら
例え2人の間に関係があったとしても
侑梨を手放したくない。
彼女の本当の気持ちも知りたい。
それにマウロもだが、夫人の側は危険だ。
『今から長い歳月をかけて私が育てたらどんな女性に育つのかしら?わたくしのように育つかしら?それとも凛子さんの様に?』
戯言だと思っていた。
妄想だと言っていた。
今もそうであって欲しいと思っている。
侑梨が夫人の邸に留まって、ひと月となる。
いい加減、あの場所に侑梨を置けない。
『今から行く』
『愛してる』
メールを打つ。彼女は見ているだろうか。
俺を──信じてほしい。
コートを掴み部屋を出ようとした時、
「私も行きましょうか?」
沙織が心配している。
「珍しく弱気な顔をしているな」
沙織は修司さんを思い出している。
凛子さんの裏切りで命を落とした彼を
沙織が愛していたのは知っている。
今、似た道筋を辿っている俺に不安を覚えるのも無理はないのかもしれない。
「沙織がプライベートのことで夫人と揉めるのは澤城企画にとっては良くない。大丈夫。俺1人でいくさ」
「……凛子さんはマウロしか見えなくなった。もし、侑梨さんがマウロを愛し始めていたら貴方はどうするの?」
その返答次第では行かせない様な雰囲気だ。
「──お前を説得できないんだから、夫人にも敵わないだろうな……会いたいんだ。彼女を幸せにしたいと思ったんだ。そんなことを言うの俺のキャラじゃないだろ?
こんな自分、今まで知らなかった」
「──その言葉、自分に刻みなさいよ」
菖蒲邸についた頃には雪が降りじめていた。
あのクリスマス以来だ。
通された部屋のソファに座り侑梨を待つ。
入ってきたのは夫人だった。
「お久しぶりね。三島さん。今年もよろしくお願いします」
年明けや年末の意識がない。
あのクリスマスから時が止まった様だ。
「侑梨はどちらに?」
「まだ、侑梨さんには貴方が来たことは伝えてないわ」
「伝えてもらえますか?」
「伝えたいのだけれど、貴方が侑梨さんを傷つけそうで怖いのよ」
「それは貴方では?」
「まぁ、侑梨さんと1番の仲良しはわたくしよ」
この女は人心掌握が上手い。
侑梨は大丈夫だろうか。
「それに次に仲良しなのも貴方ではないかもしれなくてよ」
「その返答は貴方ではなく、本人に聞きますので」
マウロをチラつかせる夫人に苛立つ。
「──貴方、いい加減侑梨さんを解放してあげたら?」
どの口が言うのか。
「意味がわかりません」
「澤城さんを守れなかった悲しみや悔しさ。凛子さんへの憤りと悔恨の思い、貴方の怨念じみた心はずっと救済を求めていた。澤城さんの仕事を継いでも満たされない想い。そこに現れたのが侑梨さん。彼女を救うことで、幸せにすることで、貴方は自身の救済を求めている」
夫人が俺を精察している。
ここで弱味を見せれば侑梨を連れ帰れない。
「なんとでも言えばいい。侑梨と自分との関係に貴方は関係ありません」
「──関係ないのは貴方だと言っているのよ」
往生際が悪い子供に仕方ないという様に口調だ。
「わたくし、人の相性が分かるの。侑梨さんとジーノは完璧ね。その2人の間に貴方が割って入ろうとするから彼女は苦しむのよ。侑梨さんも両親が貴方を苦しめていることを知っている。貴方への気持ちは罪悪感から生まれたものなんじゃなくて?」
「……侑梨の俺への感情が恋愛感情ではなく、俺の気持ちも救済欲しさのものなら似合いの2人だ。2人で罪悪に囚われながら堕ちていきますよ」
ただし、2人でだ。
そう思うと、悩んでた自分がバカバカしくなる。
「夫人のお陰でスッキリしました。侑梨が俺に罪悪感を持っているなら俺はそこを突いて離しませんよ。完璧な相性だろうが、そんなの知りません。俺も侑梨も歪んでる。侑梨を手に入れなければ俺に救済がないのなら、尚更手離せない」
「貴方、もう少し真っ直ぐな人だと思っていたわ」
「貴方の歪みに比べれば、誰もが真っ直ぐに見えますよ」
「面白いわね」
「侑梨を返してください」
侑梨に会えなければ、進めない。
「──貴方は相性を軽く見ているけれど、
そんなものではないわ。
ロマンティックに言えば〈赤い糸〉
神秘的に言えば〈運命〉
悪く言えば〈呪い〉
貴方に抗うことができるかしら?」
「──神や天を敵に回しても、悪魔に魂売っても手に入れるさ」
夫人が微笑む。
「神や天を敵に回そうなんて、御可哀想な人。神を敵と見做す者と、神を味方につける者。どちらが勝利を手に入れるのかしらね」
戯言はたくさんだ。
いい加減、侑梨を連れてきてくれ。
そうでなければ自分でこの邸中探してやる。
「彼女はここにはいないわ」
ここで引いてはいけないが、言葉が出てこない。
侑梨がいない?
では──どこに?
「貴方──可哀想ね」
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