そんなの、知らない 【夫人叢書①】

六菖十菊

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未知と既知の其間

104_櫂_

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「あまりに可哀想──わたくしがお相手してあげましょうか?」
笑えない冗談だ。
夫人の言葉に絡めとられる。
「侑梨はマウロのところなのか?」
夫人は微笑んでいるだけで答えない。
彼はイタリアではなかったのか。
「日本よ。彼もこちらで欲しいものがあるみたい」
「ヤツはどこに?」
夫人がお茶のおかわりを入れる。
紅茶は濃い色でミルクと砂糖を足す。
「無粋はおやめなさい」
「貴方は無粋ではないと?」
「わたくしは神が味方についているの。そして神の味方でもある」
自分の行為は正義だと言わんばかりだ。
「──これだけは本当のことを教えてください。
侑梨は……自分からマウロのところへ行ったのか?」
「彼女から彼の滞在先を聞かれたわ」
──もう、ダメだと思った。


オフィスには戻らず、マンションに戻った。
アルコールをあおるが、酔えない。
この気持ちをどう消化できる?
苦しくてしょうがない。
正直、マウロも憎いが侑梨が許せない。
愛していたからこそ、許せない。
せめてマウロを選ぶ前に一度でも会いたかった。
そんな価値さえ俺には無かったのか。
侑梨へのメールはずっと未読だったが、今日確認した際に既読になっていた。
侑梨は俺が来ると知っていた。
『愛している』
あの言葉への返事はない。
『関係ないのは貴方よ』
あの夫人の言葉が脳裏から離れない。
さっきから携帯が鳴りっぱなしだ。
沙織が何度もかけてきているが、出る気になれない。
と、今度は怒涛のチャイムの嵐だ。
会いたくないと思うが、心の奥で沙織の優しさが
沁みる。
俺の顔を見るや否や、彼女の瞳に涙が浮かぶ。
「……侑梨さんとの時間が大切で連絡できないかと思った──思ったけど、もしかして……って」
「ごめん。連絡できる気分じゃなかった」
「馬鹿じゃないの……連絡は基本よ」
こんな時でも、仕事モードで話す沙織に気持ちが緩む。
部屋に散乱したアルコールを見ても沙織は黙ってた。
「櫂は私が澤城さんを好きだったのを知っていたわよね」
「お前は隠すのが上手いから修司さんが亡くなるまで知らなかったさ」
「あの時からずっと後悔してた。自分の気持ちを隠さなければ澤城さんを助けれたかもしれないって。凛子さんだけじゃない。誰かが…貴方を心から愛してるって知っていれば少しは違ったのかしら」
「どうだろうな……」
「……貴方はどうなの?」
沙織がテーブルの飲みかけのアルコールを飲みグラスを空にする。
「私は澤城さん、貴方は侑梨さん。共に慰め合いましょう?」
『貴方、御可哀想ね』
夫人の言葉の惨めさに打ちのめされていた。
沙織とは10年の付き合いだ。
今更、互いの関係が変わるとは思ってもいなかった──


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