そんなの、知らない 【夫人叢書①】

六菖十菊

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不穏の知情意

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「パスポートの発行はいつだったっけ?」
ジーノが侑梨を後ろから抱きしめる。
「二週間くらいかかるって言ってたから3月初めくらいかしら」
ジーノが旅行に行こうと以前から侑梨を誘う。
あまり乗り気ではないが、行き先がイタリアと知り、
故郷に帰りたいのだと思った。
けれど、今は侑梨を残して帰りたくない様だった。
私が行かなければジーノは故郷に当分帰らないだろう。
それは申し訳なかった。
どうするかは取り敢えずパスポートを取ってからとなっている。
「……ユーリ」
「何?」
「結婚してほしい」
一瞬、真っ白になった。
「神の前で君との愛を誓いたい」
夫人の言葉を思い出す。
『彼、カトリックなのよ。あれで結構、信心深いの。
本当に愛する人とだけ神の前で誓える』
ジーノを愛してる。
けれど櫂も愛してる。
そんな侑梨が彼の神聖な誓いを汚したくはない。
櫂と離れてひと月ちょっとだ。
まだ、侑梨の心は整理がついてない。
「ジーノ……待って──まだ結婚は出来ない」
彼も分かってくれる筈だ。
「なぜ?」
「だってまだ、貴方との関係はひと月ちょっとよ」
黙る彼が少し怖い。
「──なら三島なら?君と三島に身体の関係はない。
その三島にプロポーズされても君は断るの?」
どうしよう。
答えられない。
早く何か言わなければならないのに、
喉がカラカラに乾いて言葉が発せない。
「──僕は君が三島を想っていても問題ないよ」
「ジーノ!」
腕を引かれベットに連れて行かれる。
「貴方も好きなの!でも待って!」
叫ぶがジーノは旅行カバンからアイマスクを取り出し侑梨に被せる。
「⁈」
「いいよ。僕を三島だと思えばいい」
「‼︎」
「君が僕とのセックスで三島といる妄想をしているの知ってるよ」
羞恥と罪悪で手が震える。
「ジー…」
キスをされ喋れない。
中途半端に服を脱がされるが侑梨は今、視界が闇の中だ。
自身がどんな格好なのか、
彼がどんな目で見ているのか分からない。
羞恥がいつもより数段上回る。
『侑梨』
いつもの発音とは違う呼び方で彼が侑梨を呼ぶ。
「ジーノ、お願い待って!」
「‼︎」
彼が侑梨の秘部を舐める。
侑梨が心底嫌がってからその行為はしないでいてくれたのに。
「やぁっ…っ」
陰核を吸われ腰が動く。
彼を撥ねようと彼の頭を押すがビクともしない。
「あっ」
舌が侑梨の中に侵入してくる。
「んんっ」
腰を浮かして快楽を逃したいが押さえつけられ、
逃れられない。
「──んぁっ!ん」
身体をガクガクと揺らすように痙攣する。
ジーノの表情が見えない。
次に何をされるのか分からない恐怖が襲う。
「──三島とのセックスは気持ちいいかい?」
「ジーノ違うわ……」
言い終わる前に触れられギクリとする。
乱れた髪を耳にかけられる。
見えないとこんなにも不安になる。
いつものジーノじゃない。
彼がこんなに乱暴にしたのは最初だけだった。
いつも優しく抱いてくれた。
侑梨の嫌がることはしなかった。
唇に押し付けられたモノを見えないながら理解する。
嫌だと言いたいが、口を開けば彼のが口内に侵入するだろう。
「……いい眺めだね。君が僕のにキスしてるみたいだ」
羞恥に口を開きかけたところをねじ込まれる。
「んっ、んんっ」
侑梨の髪を梳かしながらゆっくりと腰を振る。
苦しい。侑梨の涙はアイマスクが吸いとり彼には
分からない。
唇から溢れる唾液を拭う彼の指は優しいのに。
──侑梨の最低な行為の報いがこの結果なのだろう。
ジーノを傷つけた侑梨が被害者面するのは間違っている。
……けれど櫂を好きな侑梨を無理矢理犯して、それでもジーノを嫌いになれずこのひと月一緒に過ごした。
たったひと月だ。
櫂を忘れられるわけがない侑梨の気持ちを理解してほしい。
ずるりと口内から彼が出ていく。
侑梨の拙い奉仕ではイケないのかも知れない。
口の中が彼の味がする。
「?」
彼の動きが止まった。
腕を掴まれているが今ならアイマスクを外せそうだが
彼の目を見るのが怖い。
「ごめんユーリ」
アイマスクの上からキスされる。
「僕が君を幸せにしたい」
抱きしめられる。
侑梨もジーノも家族には恵まれなかった。
きっと私たちは愛し方も愛され方も歪で、
侑梨も、きっとジーノも今傷ついてる。
お互いが傷つけてる。
慰め方なんて知らない。
彼の首筋にキスをし肌を吸う。
「──幸せにして」
身体はもう彼が欲しくて疼いている。
彼こそ中途半端な状態で苦しいだろう。
この状態で抱き合えば、問題が有耶無耶になる。
けれど今はどんな言葉より身体を重ねた方が侑梨の心が伝わる気がした。
アイマスクを外さないまま、侑梨の中に入ってくる彼に
感覚が集中する。
熱くて硬くて……侑梨の感じる場所を的確に責めてくる。
腕を引っ張られ奥を攻めるジーノに為す術がない。
声が抑えられない。
「あっ…!ジーノやめてっ」
背中をゾクゾクと駆け抜ける快楽が止まらない。

……このひと月、葛藤や罪悪に悩まされて苦しかった。
けれど、それでも幸せだった。
彼が望むなら侑梨の全てをあげたいと思う。
今も思う。
彼に捧げたい。
奪ってほしい。
なのに……櫂に再開した時、
彼の全てが欲しいと思った。
沙織さんにも、
仕事にも奪われたくない。
櫂の全てが欲しい。

ジーノに侑梨の全てを捧げたい。
櫂の全てが欲しい。
どちらが恋なのか。
どちらが愛なのか。

そんなの分からない。
誰も教えてくれない。
それともそんな高潔な感情ではなく、
どちらの玩具も手離せない様な独占欲の塊の
子供でしかないのか。
……そんなの知らない。
もう、侑梨に選択肢はない。
──こんな『侑梨』を最後まで手放さないで
いてくれる人が私の愛する人──

侑梨の意識はそこで途絶えた。





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