そんなの、知らない 【夫人叢書①】

六菖十菊

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不穏の知情意

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マンションコンシェルジュにお客様が来られたことを伝えられる。
ここに誰かが訪ねてくるのは初めてだ。
アポがないので確認とのことだが、ジーノが用事でいない今、ここに用はないだろう。
断ろうとしたが、どうやら侑梨に用があるらしい。
どうやら宝石店の外商らしく、ジーノの言付けでここに
来たと言う。
2人組の男女だ。
侑梨は貴金属に特段興味はないが、昨日のジーノの求婚が頭をよぎる。
結婚指輪を選べということだろうか?
ブランドに疎い侑梨でさえ聞いたことのあるお店だ。
このまま断れば、またジーノとわだかまる。
取り敢えず商品を見せて貰ったら、帰ってもらおう。
暫くして玄関で迎え入れた女性は笑顔の鮮やかな人だった。けれど、侑梨の視線は後ろの男性に釘付けだ。
スーツにハットを深く被る彼にしか目がいかない。
女性が何かしら話しているが全く頭に入らない。
と、彼が一歩、二歩と進んでくる。
侑梨にしか興味がない女性は彼を意識せず話を進めていくが、彼が侑梨の前に立ち侑梨の唇を奪った所で言葉を止めた。
驚きのあまり女性が固まり、混乱しているのが手にとる様に感じる。
「申し訳ありません。彼女に会いたくて手伝って頂きました。貴方のお陰でこうして彼女と会えた。ありがとうございます」
そういう彼の──櫂の笑顔に女性は顔面蒼白だ。
「高崎様」や「秘書」などのワードを呟いている。
どうやら櫂は夫人の秘書に扮し彼女を騙しこの場所を
特定したようだ。
ジーノと夫人の関係解消を知らなかったのだろう。
しかも夫人の名を使い、騙す無謀な人がこの世にいるなんて思いもしない。
「彼のお気に入りの店だ。前回、ここのスーツを着ていた。住所を知っていて助かりました」
彼女は泣きそうだ。
上得意様のマンションに間男を連れてきてしまったと思っているだろう。
「──貴方が何も言わず、誰にも連絡せず帰って頂けたら──貴方の失態は彼には届かない」
救いの声に聞こえたのか、女性は櫂に礼をして足早に去っていった。
大胆不敵な櫂に侑梨は呆然としていた。
こんな人だったなんて、侑梨の知る櫂は真面目で少し頑固な大人の男性で……今は悪戯が成功した子供の様に笑みを浮かべている。
「侑梨」
呼ばれて我にかえる。
「会いたかった」
私も会いたかった?
会いたくなかった?
答えられず黙る。
「話がしたい。ここから出よう」
櫂の言葉に迷う。
彼の留守の間に侑梨が櫂とここを出ればジーノを傷つけてしまう。
「ダメよ。行けないわ」
櫂が黙る。
「──どうしても?」
頷く侑梨に櫂が近づく。
「──じゃあ、この部屋のベッドの上でマウロの帰りを待つ?」
「‼︎」
言葉にならない。
この部屋に櫂を入れる訳にはいかない。
由梨は櫂と部屋を後にした。
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