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空漠の知悉
121_ジーノ_
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「おめでとう」
この人の不気味さは知っているけれど、
歳を重ねる毎に増している。
「突然呼び出して何のことですか?僕と貴方の契約は解消した筈だと思いますが」
それでもここに来たのは夫人のユーリへの執着からだ。
夫人の思考を少しでも知りたい。
「侑梨さん……そろそろ身籠りそうだと思って」
意味がわらかない。
確かに毎日侑梨を抱いている。
いつ妊娠してもおかしくはない。
だが、なぜそれが分かる?
夫人が適当なことを言う気がしない。
「お告げよ」
自信のある表情をする。
「貴方の崇める神は多すぎて信用出来ない。どの神が貴方にそれを?」
受胎告知の様にガブリエルが舞い降りたと言うのか。
「貴方の神は一人かもしれないけれど、この世には多くの人が知らない神々もいらっしゃるのよ」
「──彼女が妊娠しても、貴方には関係ない筈だ」
「あら、寂しいことを言うのね」
「……なぜ、そんなに侑梨に子供を産ませたいんですか?」
微笑んでいる夫人ほど怖いものはない。
「わたくしもまた、わたくしを捨てられなかった弱い生き物ということよ」
夫人の言葉を正確に読み取れない。
「……楽しかったわ、侑梨さんとの生活。わたくしの娘になって欲しいと思ってしまったわ──でも、それは許されないの」
社会的に許されないという意味でないだろう。
夫人が欲すればそんな問題、些末だ。
「誰に許されないと?」
「わたくしは子供が産めないのを知っているわよね?」
視線を絡めるが夫人は微笑んだままだ。
「本当は産めたのよ。受精しない様に卵管を縛る治療をしていたの」
「なぜ、そんなことを?」
妊娠に耐えられない病でもあるのだろうか?
それとも遺伝疾患などの問題だろうか?
「──知命というものをご存知?」
被りを振る。
「知命とは五十歳のこと──五十にて天命を知る」
論語ね。天命とは天から与えられた使命。と付け足す。
「孔子が自身を振り返り語った言葉の一節よ。けれど、わたくしは幼い頃から天命を知っていた。わたくしの為すべきことを知っていた。それには子どもは不必要でしかなかった。ジーノ、貴方も不必要だった。けれど、わたくしは天命に逆らったわ。その歪みも受け入れ罰も受けた。侑梨さんとの関係も天命に背くことになる。もうこれ以上、神を欺けないわ」
夫人はまるで神に何かしらの役目を遣わされた使徒の様に話す。
「貴方の神はユーリや僕との関係は許さないが、その子どもであればいいと?」
「そうね……」
夫人にしては歯切れが悪い返答だ。
「本当は天明に逆らい、更なる歪みを生み出してるだけでは?」
「そうね……」
どちらも肯定する。
「意味が分からない。貴方がミステリアスな女性なのは
長年の付き合いで知っている。そこに惹かれることもある。けれど、貴方に子どもを渡す気はない──勿論、ユーリもです」
「あら、貴方──苛立っているわね」
侑梨さんと喧嘩でもしたの?と言われ、昨日の醜態を思い出す。
彼女を大切にしたかったのに、傷つけた。
彼女に無理強いし、泣かせた。
「貴方は一神教であるカトリック教徒。だからわたくしの思考はきっと理解できない。わたくしには弱き神も強き神も囁かれるわ。時には反することも。歪みを生み出しているのはあの方々よ」
「強き神に従えば良いのでは──?」
夫人が被りを振る。
「神も人もそんなに単純ではないわ」
「ユーリの子どもが欲しいのは弱き神?強き神?」
少し皮肉に言ってしまったが夫人は答えなかった。
「ジーノ。仏様が人々を救う順番を知っていて?」
「キリスト教では信仰により罪を赦された神の子は受け入れられ救われる。けれど、仏様に信仰は関係ない。
弱きものも、強きものも、仏の目に入るものから救われる──例え誰よりも愛していると、誰より強き想いを捧げても選ばれるとは限らない」
「理不尽だ」
ため息と共に愚痴る。
「選ばれるには──仏様の視界から離れないことよ」
この人の不気味さは知っているけれど、
歳を重ねる毎に増している。
「突然呼び出して何のことですか?僕と貴方の契約は解消した筈だと思いますが」
それでもここに来たのは夫人のユーリへの執着からだ。
夫人の思考を少しでも知りたい。
「侑梨さん……そろそろ身籠りそうだと思って」
意味がわらかない。
確かに毎日侑梨を抱いている。
いつ妊娠してもおかしくはない。
だが、なぜそれが分かる?
夫人が適当なことを言う気がしない。
「お告げよ」
自信のある表情をする。
「貴方の崇める神は多すぎて信用出来ない。どの神が貴方にそれを?」
受胎告知の様にガブリエルが舞い降りたと言うのか。
「貴方の神は一人かもしれないけれど、この世には多くの人が知らない神々もいらっしゃるのよ」
「──彼女が妊娠しても、貴方には関係ない筈だ」
「あら、寂しいことを言うのね」
「……なぜ、そんなに侑梨に子供を産ませたいんですか?」
微笑んでいる夫人ほど怖いものはない。
「わたくしもまた、わたくしを捨てられなかった弱い生き物ということよ」
夫人の言葉を正確に読み取れない。
「……楽しかったわ、侑梨さんとの生活。わたくしの娘になって欲しいと思ってしまったわ──でも、それは許されないの」
社会的に許されないという意味でないだろう。
夫人が欲すればそんな問題、些末だ。
「誰に許されないと?」
「わたくしは子供が産めないのを知っているわよね?」
視線を絡めるが夫人は微笑んだままだ。
「本当は産めたのよ。受精しない様に卵管を縛る治療をしていたの」
「なぜ、そんなことを?」
妊娠に耐えられない病でもあるのだろうか?
それとも遺伝疾患などの問題だろうか?
「──知命というものをご存知?」
被りを振る。
「知命とは五十歳のこと──五十にて天命を知る」
論語ね。天命とは天から与えられた使命。と付け足す。
「孔子が自身を振り返り語った言葉の一節よ。けれど、わたくしは幼い頃から天命を知っていた。わたくしの為すべきことを知っていた。それには子どもは不必要でしかなかった。ジーノ、貴方も不必要だった。けれど、わたくしは天命に逆らったわ。その歪みも受け入れ罰も受けた。侑梨さんとの関係も天命に背くことになる。もうこれ以上、神を欺けないわ」
夫人はまるで神に何かしらの役目を遣わされた使徒の様に話す。
「貴方の神はユーリや僕との関係は許さないが、その子どもであればいいと?」
「そうね……」
夫人にしては歯切れが悪い返答だ。
「本当は天明に逆らい、更なる歪みを生み出してるだけでは?」
「そうね……」
どちらも肯定する。
「意味が分からない。貴方がミステリアスな女性なのは
長年の付き合いで知っている。そこに惹かれることもある。けれど、貴方に子どもを渡す気はない──勿論、ユーリもです」
「あら、貴方──苛立っているわね」
侑梨さんと喧嘩でもしたの?と言われ、昨日の醜態を思い出す。
彼女を大切にしたかったのに、傷つけた。
彼女に無理強いし、泣かせた。
「貴方は一神教であるカトリック教徒。だからわたくしの思考はきっと理解できない。わたくしには弱き神も強き神も囁かれるわ。時には反することも。歪みを生み出しているのはあの方々よ」
「強き神に従えば良いのでは──?」
夫人が被りを振る。
「神も人もそんなに単純ではないわ」
「ユーリの子どもが欲しいのは弱き神?強き神?」
少し皮肉に言ってしまったが夫人は答えなかった。
「ジーノ。仏様が人々を救う順番を知っていて?」
「キリスト教では信仰により罪を赦された神の子は受け入れられ救われる。けれど、仏様に信仰は関係ない。
弱きものも、強きものも、仏の目に入るものから救われる──例え誰よりも愛していると、誰より強き想いを捧げても選ばれるとは限らない」
「理不尽だ」
ため息と共に愚痴る。
「選ばれるには──仏様の視界から離れないことよ」
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