そんなの、知らない 【夫人叢書①】

六菖十菊

文字の大きさ
124 / 160
空漠の知悉

122_ジーノ_

しおりを挟む
ユーリをこの世で一番愛しているのは自分だと言い切れる。夫人より、三島より。
『──例え誰よりも愛していると、誰より強き想いを捧げても選ばれるとは限らない』
夫人の言葉が突き刺さる。

マンションに戻り室内にユーリの気配が無いことに
背筋が凍る。
シャワールーム、ベットルームと探すが彼女がいない。
昨日の最低な行いを思い、焦燥感に駆られる。
「ジーノ」
玄関の方から聞こえた、その声に一気に緊張が溶ける。
外出から帰ったばかりの彼女を抱きしめる。
瞬間、いつもの彼女の香りでは無いことに気づいた。
「寒いのに──どこに行ってたの?」
いつもの様に語りかける。
彼女はきっと買い物だとか、コンビニだと嘘をつくだろう。
「櫂と……会ってきた」
……嘘をついて欲しかった。
そしたら騙された振りをしたのに。
──この状況でも、聞かなかったことにしようかと悩む。
「櫂に抱かれたわ」
腕の中の彼女に激しい怒りと憎しみが湧く。
信じていなかったお告げだという『身籠る』という言葉とも重り苛立つ。
「彼とはどうだった?気持ちよかった?」
悠然と微笑む。
傷ついた様な顔をするけれど、傷つけているのは君だ。
「これでは君が身籠れば、どちらの子が分からないね」
僕を傷つけて、君が獲たいものを素直に渡すことは出来ない。
本当は今すぐ、ユーリの中に注がれたモノを掻き出したい。
「ジーノ」
僕を呼ぶ彼女の悲壮な声に明るい未来が見えない。
「三島は何度君の中に出したの?」
微笑むながら問いかける。
侑梨は視線を合わせない。
「……彼は避妊してくれたの」
一瞬、意味が分からなかった。
三島の意図もユーリの感情も。
ただ、一気に罪悪感が襲った。
「ジーノを愛してる。だから……貴方がソレを望むならそれでもいいも思ってた。だけど、櫂は私の気持ちを優先してくれたの」
言い訳したいのに言葉が出ない。
彼女を遠くに感じる。
「私は貴方も櫂も愛してる最低な女で……こんな私を選んでくれるなら私の全てをあげたかった。だけど、櫂が
こんな最低な私の気持ちを優先してくれた
──彼と生きたいって思ってしまった」
聞きたくない。
「……君の気持ちより自分の気持ちを優先する最低な僕が、このまま三島に君を譲ると思うの?」
「ジーノ」
泣く君を見ても、君の気持ちを優先して別れてあげる
物分かりのいい自分なんてどこにもいない。
「──貴方にそう言われて倖せに悶えて窒息しそうな私もいる」
彼女が僕を強く抱きしめる。
「あの人の愛が欲しい。けれど、貴方にも私を奪って欲しい──こんな歪んだ感情どうしたらいいのか分からない。だからお願い」

「──私を殺して」

「──生きるのならあの人と生きたい。
死ぬのなら貴方の側で死にたい──」

僕の頬を包む彼女の指がヒンヤリと冷たい。
けれど揺らぎない瞳は決意を示している。

「僕を愛してた?」
「今も愛しているわ」

「それでも僕とは生きてくれないの?」
返答なく、キスをされる。

「三島の所へ行ったら、僕を忘れるの?」
「いいえ。だけど、きっと倖せを感じてしまう。だから
貴方の思う様にして。私に罰を与えて。私の命さえも奪って欲しい」

僕の手を彼女の首へ誘導する。
白くて細い……片手で収まりそうだ。
彼に渡すくらいなら、彼女に手を掛けるのも良いかもしれない。
そう思うけれど、指に力が入らない。

「──言ったろう?僕は君の気持ちより自分の気持ちを優先するって──」

『選ばれるには──仏様の視界から離れないことよ』

「君は僕のものだ。
僕から離れるのなら君が僕を殺してくれ」

彼女の瞳が揺れる。
凛子が心の中で意味深な微笑みを浮かべる。
ゆっくりとキスをすると彼女を抱き抱え、
寝室へ向かった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...