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第七章 新たな住人

第116話 エビフライ

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 俺はセイウチ族のヒマワリ族長から、魚とエビを購入することにした。
 商談の為に、アンジェロ領の食堂へヒマワリさんを招いた。

 食堂の厨房では、おばちゃんたちがセイウチ族にエビの下ごしらえを教わっている。

 食堂の一角で、俺、ジョバンニ、ヒマワリさんが席に着いた。
 まず、商人のジョバンニがヒマワリさんと取引について話し出した。

「お支払いは金貨が良いでしょうか? 他の物、物々交換でも構いませんよ」

「そうだな……。俺たちセイウチ族としては、どちらでも良いな。ここには何があるんだい?」

「鉄製品はどうでしょう? 剣、槍、包丁、鍋、斧なら、すぐにお渡しできますよ」

 ジョバンニはヒマワリさんに海産物と鉄製品の物々交換を持ちかけた。
 なるほど、悪くない。

 我がアンジェロ領に隣接している三獣人、白狼族、熊族、リス族との交易では、鉄製品が大きなウェイトをしめる。

 スラムの住人から、鍛冶師や鍛冶師見習いを補充できたので、彼らに仕事を与えて鍛える意味でも良い提案だ。

 だが、ヒマワリさんは、あまり乗り気ではないようだ。

「うーん。鉄製品は、エリザ女王国で買ってるからな。それも最近は安いからなあ」

 鉄製品が安い?
 気になる情報だ。

 俺がジョバンニに目配せすると、ジョバンニは深掘りする質問をした。

「エリザ女王国で? 鉄製品が安くなったのですか? いつ頃から?」

「おう。そうなんだよ。少し前までは、鉄製品が高かったが値崩れしてな。えーと……、この前、エリザに魚を持ち込んだ時だから……。一月前かな……」

 一月前というと四月だ。

 ふむ……。
 確か以前は……、メロビクス王大国が鉄鋼石を大量に購入していた。

 我が国との戦争が終わって、メロビクスの軍拡が一段落した。
 それで鉄鋼石がダブついて、鉄製品の価格が下がった……かな?

 判断に迷うところだが、貴重な情報だ。
 これは後で、じいに知らせよう。

 俺はジョバンニに再び目配せをして、『鉄製品の話は、もう大丈夫』と意思表示した。
 ジョバンニは、横目で俺を見て話を変える。

「それでは、鉄製品はいらないですね。魔物素材や薬草はどうでしょうか?」

「折角だが、間に合っているよ。俺たちが住んでいる所には、他に獣人が住んでいるんだ。そいつらと、毛皮や薬草と魚を交換している」

「なるほど……。その獣人さんたちは、どんな人たちですか?」

「気の良い連中だよ! トナカイ族、シロクマ族、森猫族、他にも色々いるなあ」

「えっ!? そんなに沢山の獣人族が!?」

「ああ、そうだよ。まあ、俺たちは、エリザ女王国としか交易してなかったからな。あんたたちが知らないのも無理ないよ」

 ヒマワリさんは、何事もないように話しているが、俺とジョバンニは驚いた。
 そんな北の地に獣人が沢山住んでいるなんて話は聞いたことがないのだ。

 エリザ女王国とだけ交易していたと言うから、エリザ女王国が他国に知られないようにしていたのか?
 それとも交易の規模が小さいから、話題にも上がらなかったとか?

 この情報も、じいに回して精査してもらおう。

 ジョバンニは、次の取引材料を提示した。

「香辛料は、どうでしょう?」

 ヒマワリさんの目が大きく見開かれた。

「おおっ! ここで香辛料が手に入るのかい?」

「ええ。南の国からの輸入品ですが、ここにも香辛料がありますよ!」

「そりゃありがたいな! 保存食を作る時にあると良いんだよね。他の獣人連中も欲しがるよ」

「じゃあ、海産物と香辛料を交換ということにしましょう。今回は初めての取引ですから、サービスしますよ」

「おう! それで頼むわ!」

 ジョバンニとヒマワリさんが、ガッチリと握手をして交渉は成立だ。
 ヒマワリさんは、ホクホク顔で香辛料が入った壺を抱えて出て行った。

 俺は交渉で疑問に思っていたことをジョバンニに聞いてみた。

「なあ、ジョバンニ。どうしてクイックと物々交換にしなかったのだ?」

 即製蒸留酒クイックは、アンジェロ領の名産品だ。
 いわば自社製品。

 一方、香辛料は南国で生産され、商業都市ザムザに持ち込まれる。
 他社製品にあたる。

 他社製品を売っても利益はあまりでない。
 商売人のジョバンニが、そのあたりの理屈を分からないわけがないのだ。

 ジョバンニは、ニヤッと笑いながら俺の質問に答えた。

「クイックは、まだ、数が十分ではありません。国内と外国への輸出も、足りていませんから。それに……」

「うん? それに?」

「アンジェロ様は、かの地の獣人たちと友誼を結びたいのでは? クイックは、その時の切り札的になり得ると思いましたので」

「……なるほど」

 それは、ちょっと思った。
 将来的には、ヒマワリさんが住んでいるエリアに行ってみたいと思う。
 そこに住まう獣人たちの協力が得られるなら、アンジェロ領にプラスになる何かを生み出せるかもしれない。

 ジョバンニは、俺の気持ちやアンジェロ領の将来の事を思って、取引材料を考えてくれたのだ。
 ありがたい部下だ。

 厨房から、油がはじける音が聞こえてきた。
 白身魚のフライを揚げ始めたな。

 ルーナ先生が俺を呼ぶ。

「アンジェロ! エビフライとタルタルソースを作ろう!」

「はーい! 今、行きます!」


 *

 その頃、魔の森の中にある川原では、冒険者パーティー『砂利石』の五人が、黒丸に指導されていた。

「では、ゴブリンの左耳を切り落とすのである」

「おっ! おう! 剥ぎ取りだろう? 覚えてるぜ! おい、レバ!」

「あいよ」

 ポーター――荷物運びとして、先輩冒険者パーティー『エスカルゴ』に同行した事で、ミディアムたちは、魔物討伐の流れを一通り見ていた。
 ミディアムは、魔物から必要な素材や魔石を取り出す『剥ぎ取り』も覚えていた。

 手先の器用なレバが解体用のナイフを使って、ゴブリンの左耳をあっさり切り落とした。
 腰にぶら下げたボロ袋にゴブリンの左耳を仕舞ながら、レバは笑顔だ。

「こんなモノが金になるってんだから、わかんねえもんだな」

「左耳は討伐の証である。討伐報酬がギルドから出るのである。次は左胸を切り開き、魔石を取り出すのである」

 レバはシャツの腕をまくると、ゴブリンの左胸を大きく切り開き手を突っ込んだ。
 レバの動きに迷いがない。
 腕は血まみれだが、淡々と作業を続ける。

「えーと、この辺だよな……あった!」

 レバは取り出した親指大の魔石を持って川で手を洗った。
 そして、先ほどとは違うボロ袋に、魔石を大事にしまった。

 五人は次の獲物を探し、再び魔の森に分け入る。
 先ほどよりも肩の力が抜けているが、目はらんらんとしていた。

 十分としないうちに、先行するミディアムがホーンラビットを発見した。
 ミディアムは、音を立てないように気をつけながら、仲間の所まで後退する。

「いたぞ! ホーンラビットだ!」

「覚えてるぜ! 角が生えてるデカイウサギだろ? 確か……まっすぐ突進してくるんだよな……。角に注意……」

 ミディアムの報告に、カルビが応じる。

 ホーンラビットは、額に角を生やしたウサギ型の魔物である。
 攻撃は単調で角を利用した突進のみ。
 角に注意さえすれば、農民でも狩ることが出来る。
 初心者には『オイシイ』魔物である。

 ポーターをした際に、『エスカルゴ』がお手本で討伐をしてみせていたのだ。

 その戦闘を思い出しながら、ミディアムが指示を出す。

「よし……。正面からカルビが行け! 盾をしっかり構えろよ。攻撃はしなくて良いからな」

「わかった!」

「俺が大きく後ろへ回り込み、逃げられねえようにする。ジンジャーは右から、ハツとレバは左だ!」

「「「おう!」」」

 ミディアムたちは、自分たちで判断し行動を始めたのだ。
 その様子を見て、黒丸は目を細める。

 ミディアムたちは、ホーンラビットをあっさりと討伐し、その後も新人としては、まずまずのペースで狩りを続けた。
 夕方になり、キャランフィールドの冒険者ギルドへ、無事帰還した。

 受付に座る農民奴隷の小さな娘が、すっかり慣れた手つきで買い取りの手続きをする。

「おちゅかれさまでしたー! 素材の買い取りと討伐報酬で、銀貨二枚です」

 受付の小さな娘は、小さな手で銀貨をミディアムに渡した。
 ミディアムは、両手ですくい上げるように銀貨二枚を受け取った。

 銀貨二枚、日本円にすると二万円ほど。
 五人で頭割りすれば、一人頭四千円になる。
 冒険者の収入としては低い方だが、新人ならまあまあと言ったところ。

 ミディアムは、両手の上で光る銀貨をジッと見つめていた。
 スラムには、ロクに仕事もないので、一日仕事をした事などないのだ。

 やがてミディアムは、ボソリとつぶやいた。

「悪かねえ……」

 カルビ、ジンジャー、レバ、ハツも、ミディアムの手の中で光る銀貨をジッと見つめていた。
 そこへ黒丸が声をかけた。

「良くやったのである! これで五人は見習い卒業である。これを渡しておくのである」

 黒丸の手にはギルドカードがあった。
 鉄製の5級冒険者のカードだ。

「このカードは、身分証明書にもなるので、なくさないようにするのである。この革紐で首から下げておくと良いのである」

「「「「「……」」」」」

 五人は反応に困っていた。
 スラムで生まれ育った五人は、身分証明書など持ったことがないのだ。

 黒丸は一人一人に言葉をかけながら、ギルドカードを渡した。

「ミディアムは、指揮が良かったのである。新人のうちは、無理せず生き残る事を優先するのである」

「カルビは、持久力をつけるのである。それがしも壁役であるが、壁役が崩れると戦闘が成り立たないのである。持久力をつけて長い戦闘にも耐えるのである」

「ジンジャーは、剣の練習をするのである。メインアタッカーは、攻撃力がなければお話しにならないのである。毎日素振りであるな」

「レバは、弓の稽古である。器用なので、すぐに上手になるのである。解体は、もう少しスピードが上がると良いのである」

「ハツは、慎重さを身につけるのである。足下を確認し、周りの状況をよく考えて行動するのである」

 五人はギルドカードを受け取ると無言で首から下げた。

「へへへ……」

 誰ともなく、小さな笑いが起きた。

 黒丸は、厳しくも優しさのこもった口調で五人に語りかける。

「明日から、それがしは同行しないのである。冒険者として独り立ちするのである。朝、晩、ギルドに立ち寄ること。朝出かける前に、食堂で弁当を受け取ること。そして、無理をしないことであるな」

「……おう」

 ミディアムは、下を向いて小さく返事をした。

 五人は冒険者ギルドを出て、食堂へ向かう。
 胸元の鉄製のギルドカードが鈍く光るのを見て、ミディアムはボソリとつぶやいた。

「悪かねえ……」

 食堂は既に賑わっていた。
 一日の仕事を終えたキャランフィールドの住人たちは、腹ぺこなのだ。

 食堂のおばちゃんが声を張り上げる。

「今日は魚が入ったよー! 白身魚のフライとエビフライだよ! ほれ! 並んどくれ! 順番、順番!」

 おばちゃんの声を聞き、ミディアムたち五人もおとなしく列に並んだ。
 スラムでは早い者勝ちだったが、この新しい街ではどうやら順番に並ぶ物らしいと、スラムから来た新住人たちも学習したのだ。

 ミディアムたちの順番になった。
 大皿に盛られた野菜の上に、揚げたての白身魚のフライが二きれとエビフライが一尾。
 その上に、タルタルソースがかけられる。
 横には大きめの丸パンが添えられた。

 ミディアムは、食堂のおばちゃんに声をかけた。

「あのよう! 明日、弁当を頼みてえんだけどよ!」

「お弁当? あいよ! あんたら名前は?」

「俺はミディアムだ。こいつらは――」

 ミディアムが四人の名前を告げる前に、食堂のおばちゃんが名前を上げた。

「あー、あんたがミディアムね! じゃあ、あとの四人はカルビ、ジンジャー、レバ、ハツだろ? 黒丸さんから聞いているよ。明日、朝食が終わったら、声をかけておくれ。用意しとくよ」

「お、おう! 頼むわ!」

 ミディアムたちは、驚いていた。
 自分たちの名前をちゃんと覚えてくれる人など、これまでいなかったのだ。
 黒丸が食堂のおばちゃんに、弁当の手配をしてくれていたことも驚いた。

(なんつーか……。あのトカゲ野郎は、面倒見が良いんだな……)

 感謝――そんな気持ちが、ミディアムたちの中に芽生えていた。

 席に着こうとしたミディアムたちをおばちゃんが引き留めた。

「ちょい待ち! ホレ! エビフライをサービスだよ! 今日から正式に冒険者だろ? おめでとう!」

 おばちゃんは、ミディアムたち五人が持つ大皿に、エビフライを一尾ずつ追加した。

「「「「「……」」」」」

 ミディアムたちは、不思議な気持ちだった。
 おめでとう!
 その一言が嬉しくも、面はゆかった。

 五人は空いている席に座り、早速夕食を食べ始めた。
 スラム育ちの五人は、魚料理など食べたことがない。
 白身魚のフライは、もちろんエビフライも初めてだった。

 ミディアムは、おばちゃんが追加してくれたエビフライを手でつかんだ。
 目の前に持ち上げてみると、揚げ物特有の美味しそうな匂いがした。

 エビフライにかぶりつくと、サクッとした衣の感触に続いて、エビのプリッとした身が歯に当たる。
 酸味の利いたタルタルソースがからまり、香ばしさの中に爽やかな味わい。

 ミディアムは、エビフライを味わいながらニヤリと笑った。

「悪かねえ!」
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