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第八章 メロビクス戦争2

第169話 冬薔薇

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 メロビクス王大国の宰相ミトラルは、魔の森の中を逃げ回っていた。

「森の出口はダメ……。石壁を魔法で崩すのもダメ……。どうしたら脱出できる?」

 宰相ミトラルに従うのは、副官一人と精鋭の兵士が四人。
 ルーナ率いる緑の三連星に襲われ、壁際ではサラたち白狼族の特殊部隊員に襲われた。
 宰相ミトラルの護衛は、散り散りになった。

 乗っていた馬はグンマークロコダイルのイセサッキが『グアアア!』(訳:美味しく頂きました!)、つまり餌食になった。

 六人は徒歩で森の中を逃げていた。

 宰相ミトラルは、不安な気持ちで一杯だったが、副官が自信満々に策を進言した。

「宰相閣下! ご安心を! 壁を乗り越える方法があります!」

「なに!? まことか!?」

「はい! これをご覧下さい!」

 副官は、カギ縄を布袋から取り出した。
 攻城戦の為に用意した物を、兵士の一人が何かに使えるかもと、王都を脱出する時に持ち出していたのだ。

「カギ縄ならば、魔法と違って、光を発することがありません」

「なるほど! これを使って密かに壁を越えるのだな?」

「左様でございます。森の木が濃い所を探しましょう……。さすれば、敵の目をくらませられましょう」

「ヨシッ!」

 宰相ミトラルは、希望が見えてきたと思った。
 この包囲された状態から脱出し、本国に帰り、捲土重来を期す。

 ここまで散々に叩かれては、普通は二度とフリージア王国に手を出そうとは思わない。
 だが、宰相ミトラルは、大国の宰相だけにプライドが高い

 先ほどの不安はどこへやら、早くも復讐戦を考え始めていた。

「宰相閣下。ここから脱出しましょう!」

「うむ!」

 副官は、良い場所を見つけた。
 石壁の近くには、背の高い木が生えており、宰相ミトラルたちの動きを隠してくれる。
 そして、偶然にも魔の森の浅い場所であった。

 兵士がカギ縄を壁の上部に引っかけて、一人が先に壁に上る。
 続いて副官が上がった。
 三人目、宰相ミトラルがカギ縄をたぐって石壁を登り出すと、魔の森の中から白狼族の特殊部隊員が二人現れた。

「オマエたちは、メロビクス王大国軍だな? 降参しろ!」

「「「「「「……」」」」」」

 見つかってしまった。
 しかし、相手は二人である。
 壁の下には兵士が三人いる。

 数の上では、宰相ミトラルたちの方が有利だ。
 宰相ミトラルは、壁を登り続けた。

 白狼族の特殊部隊員たちが、投降を呼びかけ続ける。

「大丈夫だ! 貴族は、捕虜としてちゃんと扱われている!」
「メシも出るぞ! なあ、腹が減ってるだろ? メシを食いに行こうや!」

「「「でやー!」」」

 白狼族の特殊部隊員たちの呼びかけを無視して、メロビクス王大国軍兵士たちが剣を抜き襲いかかった。
 白狼族の特殊部隊員二人も反撃する。

 壁下の三人が時間を稼ぐ間に、宰相ミトラルは壁の上にたどり着いた。

 だが――。

 副官は、壁の上を誰かが、走ってくる足音を聞いた。
 巡回をしていた白狼族のサラである。

「防げ!」

 とっさに兵士に指示を出す。

 兵士は、腰の剣を横薙ぎに繰り出すが、サラは兵士の頭上でトンボを切ってみせた。
 サラは着地すると同時に、水面蹴りを放つ。

「セイッ!」

「ああああ!」

 兵士は足を払われ、石壁の下に落ちていった。

 だが、その間に副官が、もう一本のカギ縄を壁に引っかけ反対側に縄を垂らしていた。

「宰相閣下! ここは私が防ぎます! お逃げ下さい!」

「う、うむ……」

 宰相ミトラルは、逃げ出した。

 壁から垂らしたロープを滑り降り、地面に降りてから魔の森を駆けた。
 後ろでは、副官の雄叫びと剣が叩き合わされる金属音が聞こえる。

「クソッ! 覚えておれ! かならず復讐してやる!」

 宰相ミトラルは、呪詛の言葉を紡いだ。

「息子に続き、あたら多くの将兵を……。許さぬ! 許さぬぞ! フリージアのやつばらめ!」

 宰相ミトラルは、魔の森を抜け平原地帯に入った。

 月明かりで、辺りは明るい。
 これなら道に迷うこともないだろう。

 宰相ミトラルは、一人つぶやく。

「近くに村か町があれば、そこで馬を借りて――」

「お早いお帰りですな……。宰相閣下……」

 宰相ミトラルの言葉を途中で遮る者がいた。

 網を張って待ち構えていたエーベルバッハ男爵である。

 左には、弓を持った部下アイン。
 右には、盾と槍を持った部下ツヴァイ。

 宰相ミトラルは、足を止め警戒を強める。

「貴様は……? フリージア王国軍か?」

「フリージア王国情報部のエーベルバッハ男爵だ」

「鋼鉄のクラウスか……」

 調査局からの報告で、宰相ミトラルはエーベルバッハ男爵の存在を知っていた。
 元騎士団の強面。
 よりにもよって、とんでもない強敵に出会ってしまった。

 だが、エーベルバッハ男爵は、剣も弓も持っていない。
 部下の一人が弓を持っているが……。

 宰相ミトラルは、一か八か、逃走に賭けようと考えた。
 そこへエーベルバッハ男爵が冷や水を浴びせる。

「動くな」

 エーベルバッハ男爵の右手には、拳銃が握られていた。
 アンジェロが、エーベルバッハ男爵に護身用にと貸し出した武器だ。

 銃口はピタリと宰相ミトラルの胸に狙いがつけられている。

 宰相ミトラルは、エーベルバッハ男爵が持つ道具に見覚えがあった。

「それは……。ハジメ・マツバヤシ伯爵の……」

「ほう……。宰相閣下は、これが何かご存じか? なら、下手に動かないことだ。動けば、鉛玉があんたの心臓を打ち抜く」

「……」

 宰相ミトラルは、沈黙する。
 エーベルバッハ男爵は、淡々と宰相ミトラルに問う。

「宰相ミトラル。あんたの罪状がわかるか?」

「罪状だと!?」

「そうだ。エルフの奴隷や戦争を始めたことやら、色々あるが……。フリージア王国は、何度も和平を申し入れた。だが、あんたたちは、和平を拒否して、攻め込んできた」

 宰相ミトラルは、エーベルバッハ男爵の申しようを鼻で笑う。

「ふん! 我々は、メロビクス王大国だぞ! 我々こそが、世界の中心だ! フリージアごときが、対等に和平を申し入れるなど片腹痛いわ!」

「そうかい。あんたたちは、戦に負けたがな。今回も含めると二回の負けだ」

「それがどうした! 兵士のなり手はいくらでもいる! 国に戻って、今回よりも大軍を引き連れてきて見せよう!」

「反省って言葉を知っているか?」

「ああ、知っているぞ。貴様ら弱小国は反省して我が国に恭順を示せ!」

「……」

 宰相ミトラルは、どこまでも大国の宰相であった。
 傲慢なまでの自信家。
 圧倒的な上から目線。

 自国と対等な存在を許さないのだ。

 そしてフリージア王国は、息子の敵でもある。
 エーベルバッハ男爵に何を言われようが、頭を垂れる事はないのだ。

「アンジェロ王子からは、あんたを生け捕りにしろと言われている」

「ふん!」

「だが、俺は、あんたを始末したいと思っている。そこで妥協案を提示しよう」

「妥協案だと?」

「ああ。俺の部下を殺したことを詫びろ。そうすれば、一発殴るだけで済ませてやる」

「……」

 エーベルバッハ男爵だけでなく、部下アインと部下ツヴァイも刺すような視線を宰相ミトラルに送った。

 宰相ミトラルは、意表を突かれ、しばらく返答出来ないでいた。
 やがて……、笑い出した。

「クッ! ハハ! ハハハハ! 何をとち狂ったか、部下を殺したことを詫びろだと!?」

「……」

「貴様の部下など知ったことか! 弱小国の将兵など、塵芥も同然。何の価値もない木偶に過ぎぬわ!」

「……」

 部下アインと部下ツヴァイは、眉根を寄せ、顔を見合わせた。
 エーベルバッハ男爵は、常と変わらぬ態度で宰相ミトラルを見つめた。

「残念だったな。鋼鉄のクラウス。王子からの命令があるのでは、ここで私を殺せまい」

「そうだな」

「ふっ……。ここで貴様に捕らわれても、捕虜交換か、身代金で、私は故国へ帰るのだ。そして、大軍を率いてフリージアを蹂躙する為に戻ってくる!」

「ふー、難儀な事だな」

「ご愁傷様だな。鋼鉄のクラウス! ハハハッ!」

 宰相ミトラルは、機嫌良く笑った。
 結局、脱出はかなわなかった。
 しかし、いったん捕虜になろうとも、それで終わりではないのだ。
 メロビクス王大国に帰れば、捲土重来……。
 そう考えていた。

 エーベルバッハ男爵は、一つため息をつくと、拳銃をしまった。

 そして、近くに生えていた野生の冬薔薇に近寄った。
 ナイフを取り出し、白い雪のような冬薔薇を一輪切り取ると宰相ミトラルに投げて寄越した。

 思わず花を両手でキャッチする宰相ミトラル。
 その間に、エーベルバッハ男爵は、再び拳銃を握る。

「この花は何だ?」

「手向けだ」

「手向け? 君の部下への手向けかね?」

 宰相ミトラルは、目をつぶり白い冬薔薇の匂いをかいだ。


 そして、目を開いた時――拳銃を向けるエーベルバッハ男爵の姿があった。


「なに……?」

「その薔薇は、あんたへの手向けだ」

 エーベルバッハ男爵は、迷いなく拳銃の引き金を引いた。

 発射音が平原に響き、月は二人の影を映した。
 やがてゆっくりと、片方の影が倒れた。

「貴様……撃ったな……王子の……命令は……」

「俺は薔薇を撃っただけだ」

 宰相ミトラルが、薔薇を持つ位置は心臓の前だった。
 エーベルバッハ男爵は、狙い違わず薔薇を撃ち抜き、弾丸は薔薇の後ろにある宰相ミトラルの心臓を貫いた。

 ゆっくりと宰相ミトラルが倒れ、白い薔薇の花びらが舞う。
 やがて花びらは地面に落ち、その色を白から赤に変えた。

 しばらくして、エーベルバッハ男爵は、部下二人に話し始めた。

「部下アイン、部下ツヴァイ。俺は情報部を辞める」

「男爵! それは……!」

「王子の命令に反した責任をとる。そして、ブルムントに行く。親父の国を取り返してやらんとな……。今日までご苦労だったな。部下アイン、部下ツヴァイ……」

「「……」」

 エーベルバッハ男爵は、歩き出した。
 部下アインと部下ツヴァイは、しばらく後ろ姿を見つめた後、顔を見合わせた。

「行こうぜ。ツヴァイ」

「何言ってるんだ!? 男爵についていったら、絶対に大変だぞ!」

「男爵を一人に出来ないだろう?」

「お前は苦労性だな。アイン」

 二人は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべると、エーベルバッハ男爵の後を追った。
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