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第十章 レッドアラート!

第255話 剣と魔法から、革命と火薬の時代へ

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 ――同日、キャランフィールド。

 俺とじいは、執務室でひたすら待機していた。

 夕方になり、そろそろ夕食だなと考えていたら、ポルナフ子爵が血相を変えて飛び込んできた。

「た、大変です! 陛下! 大変です!」

「落ち着け! ポルナフ子爵!」

 ポルナフ子爵は、ミスル王国に駐在する我が国の大使だ。
 入室するなり、俺にすがりつき、大声を出した。
 じいが、慌ててポルナフ子爵を引き離し応接ソファに座らせる。

 ポルナフ子爵に続いて、白狼族のウィンタース隊長と特殊部隊員たちも入室してきた。

 彼らが、ここに来たということは……ミスル王国でことが起きたか!

 俺も応接ソファに座り、ポルナフ子爵から話を聞いた。

 ミスル王国王都レーベで、今日の昼頃、革命が起きたらしい。
 王都レーベは大混乱で、ポルナフ子爵の館にも暴徒が侵入して命からがら逃げてきたそうだ。

 ポルナフ子爵の話を聞きながら、『何かちょっと臭うな?』と感じた。

 ふと臭いがする方を見ると、ポルナフ子爵の腰のあたりが濡れていた。

(あっ……)

 よほど怖かったのだろう。
 ポルナフ子爵は、おもらししていた。

 俺が視線を上げると、ポルナフ子爵の後ろに立つ白狼族のウィンタース隊長が口に指を一本立てて見せた。

 武士の情け……かな。
 指摘しないでおこう。

 ポルナフ子爵は、話したことで少し気持ちが落ち着いたらしい。
 顔色が良くなった。

 俺の後ろに立つじいが、笑顔で進言した。

「アンジェロ様。ポルナフ子爵は、大変お疲れのようです。風呂に入って、休んでもらいましょう」

 キャランフィールドには、大浴場がある。
 蒸溜所の余熱を利用して、湯を沸かしてあるのだ。

 風呂をすすめるということは、じいもポルナフ子爵のおもらしに気が付いたのかな?

「そうだな。ポルナフ子爵、ご苦労だった」

「あの……アンジェロ陛下……。私の次のポストですが……」

 ポストって役職のことだよね?
 この状況で、次の役職の心配か?

 ポルナフ子爵は、領地を持たない法衣貴族だったな。
 そうすると、大使でなくなったから、次のポストが気になるってことか。

 ま、まあ、気持ちは分からなくはない……。

 俺が言葉に詰まっていると、じいが助け船を出してくれた。

「ポルナフ子爵。貴殿は、命がけで情報を伝えてくれたのじゃ。貴殿の働きは、アンジェロ様も高く評価される。ポストについては、後日、伝えるので安心されよ」

 じいは、ニッコリ笑って、ポルナフ子爵を安心させる。
 俺もじいに、のっかることにした。

「ん、そうだな。余は、ポルナフ子爵の働きを評価する。次のポストもちゃんと用意するので、安心せよ。今は休め」

「ははあー。ありがたき幸せ!」

 ポルナフ子爵は、すっかり元気になって執務室を出て行った。
 現金なヤツだ。

 それでも、怖い目にあって来たのだ。
 そこは考慮してあげないと。

 何か外交ポストを用意してやろう。

 続いて、白狼族のウィンタース隊長から報告を受けた。
 脱出は、本当にギリギリの状態だったらしい。

「――という状況でした。最後に上空から王都レーベを見ましたが、あちこちで身なりの良い人が、暴徒に殺されていました。服装からみて、たぶん貴族でしょうね」

「ミスル王は?」

「わかりません……。しかし、王宮に暴徒がなだれ込んでいましたから、恐らく助からないでしょう。苦しまないことを、祈りますよ」

「わかった。ご苦労だった! ゆっくり休んでくれ!」

「はっ! 失礼します!」

 ウィンタース隊長たち白狼族の特殊部隊員たちが退室すると、じいが部屋を飛び出して行った。
 じいは、各地へミスル王国で政変が起こったことを報せにいったのだ。

 ミスルとの国境線近くに人を構えている軍。
 アルドギスル兄上、ギュイーズ侯爵、フォーワ辺境伯。
 有力な領地貴族。
 外国の大使。

 報せなければならない相手は沢山いる。
 グースのパイロットたちには、数日、忙しく飛び回ってもらうことになるだろう。

 じいが出て行ってからしばらくして、黒丸師匠とルーナ先生が入ってきた。

「アンジェロ少年。じい殿から、ミスル王国の政変を聞いたのである。他のギルド支部へ情報を送付しても良いであるか?」

 冒険者ギルドには、手紙を転送する装置がある。
 リレー方式で、隣のギルドから、また隣のギルドへと手紙を転送出来る。

「お願いします。可能であれば、領主や国王にも報せるようにして下さい」

「わかったのである!」

 黒丸師匠が、大急ぎで冒険者ギルドへ向かう。

 執務室は、俺とルーナ先生だけになった。
 ルーナ先生は、ドヨンとしずんでいる。

「ルーナ先生どうしました?」

「イネスがミスル王国へ向かった。まだ、帰ってない」

「あ……」

 サーベルタイガー・テイマーのイネスか!
 そういえば、ミスル王国へ情報収集に向かったと人づてに聞いた。

 ルーナ先生は、彼女が心配なのか。

「待つしかありませんね……」

「うん……」

 まいったな。
 空気が重い。

 俺は話を変えることにした。

「ルーナ先生の意見を聞きたいのですが……。爆裂系の火魔法は、臭いがどれくらいするでしょうか?」

「臭い?」

 白狼族のウィンタース隊長の報告で気になる点があった。
 ドーンと大きな音が二回して、臭いがしたと言っていた。

「ドーンと音がした後、焦げ臭さと、ツンとした臭いを感じたと白狼族のウィンタース隊長報告してきたのです」

「少し気になる……。爆裂系の火魔法では、そんな臭いはしない。周囲に火が燃え広がれば、焦げる臭いはするが、ツンとした臭いはしない」

「やはりそうですか……」

「アンジェロは、どう思う?」

「火薬だと思います」

 ルーナ先生の問いに俺は答えた。
 確信はない。

 ただ……。

「爆裂系の火魔法は、中級以上の魔法使いでないと扱えません。そのクラスの魔法使いは、有力な冒険者パーティーに所属しているか、貴族や王族に高給で雇われています。たっぷり稼いでいるので、革命組織に参加するとは思えません」

 魔法使いは高給取りの上、どちらかというと体制側だ。
 現在の王政で良い生活をおくれているのに、わざわざ革命運動をする必要はない。

「うむ。むしろ手柄を立てて、貴族に取り立てられることを狙っている魔法使いの方が多い」

「そうすると……ウィンタース隊長が聞いた二回の爆発音ですが……」

「王宮の扉を破壊した音?」

「ええ。そうだと思います。王宮に暴徒がなだれ込んでいたと言っていましたから。じゃあ、どうやって王宮の扉を壊したのかと考えると……。魔法使いがいないなら、火薬じゃないかと……」

「ふむ……」

 ルーナ先生は、執務室の壁に貼り付けてあるテクノロジーツリーに向かった。
 火薬のメモもテクノロジーツリーに貼り付けてある。

 ヨーロッパで火薬が登場するのは、中世の終わりからルネッサンスの頃だ。
 中国では、もっと早い時期に登場している。

 飛行機や自動車などに比べれば、それほど難易度が高い技術ではない。

「アンジェロ。火薬の材料は?」

「硝石、硫黄、木炭です」

「硝石はハムや腸詰めを作る時に使う。ブルムント地方でよく使われる」

「ええ。硫黄は火山の近くでとれますし、木炭はどこでもすぐ手に入ります。火薬は、ごくありふれた物で作れます。混合比率がキモになりますが、そこは試行錯誤を重ねれば――」

「作れる?」

「はい。あちらには、転生者がいると思います。火薬を製造しても、不思議はありません」

 共産主義革命組織は、ミスリル鉱山にアジトがあった。
 ミスル王国のミスリル鉱山は、砂漠の中にあり、周りに人家はない。
 火薬の開発、製造をミスリル鉱山で行ったとしても、誰にも気づかれないだろう。

「こっちも火薬を作る? 材料の混合比はわかる?」

「わかります……」

 俺はルーナ先生の問いに渋々答えた。
 
 しかし、火薬を製造すると、この異世界の戦いが一変する可能性がある。

 これまでは一部の魔法使いにしか使えなかった『爆裂系火魔法』が、『火薬の爆発』として誰でも使えるようになるのだ。

「じゃあ、火薬を作る」

「あまり気が進みません……。火薬を世の中に広めたくないのです」

「危険だから?」

「ええ」

「なら、私が『エルフの秘薬』として、火薬を作ろう。それなら、火薬を自分で作ろうとする人が減るかも」

 なるほど。
 それは一案として、悪くない。

「アンジェロ。ミスルの革命組織が火薬を作っていたとしたら、嫌でも火薬は世の中に広まる。その時、我々が火薬を作れない方が危険」

 ルーナ先生が厳しい声で、師匠の顔で俺に告げた。
 反論出来ない。
 ルーナ先生のいう通りだ。

 自衛のためにも火薬が必要になる。

「わかりました。火薬の製造をお願いします」

 俺はルーナ先生に火薬の製造方法を教えた。

 この異世界の文明を進化させたことになるのか?
 それとも、大量に戦死者が出る時代の幕開けなのか?

 ――革命と火薬。
 たった一日で、この異世界は変わってしまった。

 ――剣と魔法。
 そんなロマンチックな世界は、過去の物になったのだ。

 剣と魔法から、革命と火薬の時代へ。
 歴史の歯車が、勢いよく回り出した。
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