散る花火と現れた星

くるみ

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16日 別れ

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 気がつくと朝を迎えていた。ショックで何も手につかなかったが、何とか帰る準備ができた。
 
 「はぁ」

 昨夜から、ため息ばかり漏れた。頭の中は、一つのことでいっぱいだった。
 ぼんやりしていると携帯が鳴った。風馬からの連絡だった。荷物を持ち、家を出た。

 「はよ」
 「おーす。後ろに荷物乗せていいよ」

 陽奈は後ろの座席に荷物を置き、助手席に座った。

 「暗いな。何かあったのか?」

 風馬は、陽奈の顔を見つめた。

 「ううん、別に。行こう。新幹線に間に合わなくなっちゃう」
 「駅には急いで飛ばす。でも、お前がそんなに暗いと気になるだろ」

 陽奈は話すべきか悩んだ。しかし、一人で抱えるのは辛かった。それに、大樹は風馬の親友だ。親友が四年前の犯人だと聞いたら、絶対ショックを受ける。

 「風馬っ…」
 「俺は大丈夫!誰にも言わないから。我慢しないで言えよ」
 
 陽奈は手を握りしめた。

 「…大樹だったの」
 「え?」
 「昨日、大樹から連絡があって、会ったの。そしたら、大樹が事件の犯人は自分だって」
 「…嘘だろ?」
 「私も嘘だと思いたい。でも、大樹が…」
 「だとしても、何で陽奈を殺そうとしたんだ?」
 「大樹、女子の誰かにカバンを隠されたり、悪口言われてたみたい。女子のリーダーは、私だったから、私が指示して、やらせたんだろうって」
 「陽奈がそんな事する訳ないだろ!」
 「今まで傷つけられた分、慰謝料請求するか、警察に連れていくか、どっちがいいか聞かれて。考えたけど、私、そんな事できないよ」
 「俺、この後、あいつに連絡取ってみるよ。そろそろ、出るな」
 
 車を走らせ、駅に向かった。風馬が気を遣い、バイト先の話や通ってる専門学校の話をして、沈黙が流れないように会話を盛り上げていた。
 駅に到着すると、風馬が改札口まで送ってくれた。

 「送ってくれて、ありがと」
 「うん。…陽奈、今度地元じゃない所で遊ぼう」
 「うん?どこで?」
 「俺んちとか」
 「うん。じゃ、今度ね」
 
 手を振り、新幹線の乗り場に向かった。途中振り返ると、風馬の姿はすでになかった。
 陽奈は、何となく寂しい気持ちになった。
 新幹線は、空が住んでいる◯◯市に向かう。その市内にある病院に空は運ばれた。
 陽奈の心に、暗雲が広がった。そわそわして、気を紛らわす為、携帯で音楽を聴いた。しかし、曲の歌詞からふと空の事を思い出した。
 陽奈は、音楽を聴くのを辞め、病院への行き方を調べる事にした。
 新幹線に1時間ちょっと乗っていると、到着駅のアナウンスが流れた。出入り口に向かい、すぐ降りられるよう待機した。
 新幹線から降りると、空が入院している病院行きのバス停に向かった。
 車中、快適な空調に体が慣れてしまい、外気のもわっとした蒸し暑さに、具合が悪くなりそうになった。
 空が住んでいる◯◯市は、意外と拓けていた。駅の周りは、背の高いビルに囲まれていた。
 バスターミナルは、バスやタクシーがいくつも行き交い、動きが忙しい。すぐに、病院行きのバスが到着した。
 車中は、やはり冷房が効いていて、快適だった。じわっと吹き出した汗が冷たくなり、ピタリと背中に張り付く。
 こんな状況に、不謹慎かもしれないが、空に会える事にドキドキしていた。
 おじさんの姿でもない、本物の空に会える。
 20分位走ると、大きい建物が見えてた。駐車ゲートをくぐり、玄関前で停まった。
 バスを降り、とりあえず大きい入り口に進むと、受付が目に入った。
 
 「すみません。ここに、土屋空と言う男性が入院してませんか?」
 「入院患者ですか?確認しますので、お待ち下さい。土屋空さんですね」

 受付の中年のおばさんが、電話で確認を取ってくれた。しかし、怪訝な様子で陽奈の方を何度も見ていた。

 「お待たせしました。土屋空さん、こちらに入院していますが、面会はできません」
 「え⁈何でですか⁈」
 「今集中治療室で、危険な状態の為、面会制限しておりますので。申し訳ありませんがご面会はできません」
 「でも!」
 「次の方どうぞ」
 
 中年の受付は、陽奈の後ろにいた老人に手を差し出し、淡々と陽奈をあしらった。
 陽奈は、受付を後にした。そして、病院の高い天井を仰いだ。
 この病院に空がいる。同じ病院にいるのに、もう彼には一生会えない。
 無念。陽奈の目から一筋の涙が流れた。ポタポタと次から溢れた。
 心の準備はできていた。だけど、生きていてほしいと僅かな希望も望んでいた。それなのに、このまま会わずに、ずっと離れ離れになるなんて虚しくて、悔しかった。
 陽奈は、トイレに入った。声を出して泣き出した。

 「陽奈ちゃん」

 聞いた事のある声に、ガバッと顔を上げた。洗面所の鏡に男性が映っていた。

 「ひっ!」

 陽奈は驚いて、壁に背中をぶつけた。

 「驚かせてごめん!俺だよ。空だよ」
 「空さん?本当に?」
 「幽体だけど、これが本当の姿」

 空は、写真とあまり変わっていなかった。高校の時と顔がそのままだ。穏やかな微笑みは、性格に反映されている。

 「陽奈ちゃん。会いに来てくれてありがとう」
 
 陽奈は、首を横に振った。

 「俺、死ぬ前に陽奈ちゃんに伝えたい事があるんだ。俺、陽奈ちゃんの事が好きだ。キモいかもしれないけど、死んでも陽奈ちゃんの事忘れないから」
 「私も、もう一度、空くんの事、好きになりたい。だから、お願い。生きて!」

 次は、空が首を振った。

 「俺は、陽奈ちゃんが悲しまないように見守ってる。だから…」
 「私は、今悲しいんだから!生きて、今守ってよ!」
 「陽奈ちゃん」

 空が右手を差し伸べた。陽奈は、左手を伸ばした。
 鏡が水のように揺らぎ、二人の手が結び合った。

 「夏祭り以来だね」
 「空君の手、大きい」

 二人は見つめ合い、覚悟を決めた。

 「陽奈ちゃん、またね」
 「空君、またね」

 二人は頑張って笑った。そして、空の姿がスッと消えた。
 陽奈は、再び鏡に触れたが、さっきのように揺らぐことはなく、固く冷たかった。
 陽奈は、病院を立ち去った。見知らぬ土地で、当てもなく歩いた。走る自動車、すれ違う人達。人一人が亡くなったのに、世界は当たり前のように動いていた。誰も空を気にかけることなく。世界はなんて残酷なんだ。

 突然、携帯が鳴り出した。相手は風馬だった。

 「もしもし、陽奈?」

 いつもテンションが高い風馬が、明らかに元気ない声だ。

 「朝、陽奈を駅に送って行った後、◯◯病院って所から家に電話があったんだ」
 「うん」
 「兄貴、そこの病院に入院してて、危篤状態だから来てくれって。向かってる途中、さっき、兄貴が亡くなったって」
 
 陽奈は涙を堪えた。

 「ごめん。陽奈に関係ないんだけど。どうしたらいいか、分からなくて」
 「大丈夫。私もそこに行っていい?」
 「でも、今帰ってんだろ?」
 「◯◯市なら行けるから大丈夫」
 「ごめん。俺達も2時間位で着くと思うから」
 「じゃあ、また」
 
 電話を切ると、堪えられなくて声が出た。
 もう、この世に空はいない。もう2度と会えなくなってしまった。つい、さっきまで話してた事が幻のように感じる。

 「本当にもういないの?」

 陽奈は、空を見上げた。
 近くに公園があり、そこで待つ事にした。   
 湿度が低く、カラカラした暑さが陽奈をまとった。体中に汗がじわじわ吹き出してくる。
 何も考えたくなかった。地面に上がる蜃気楼をぼんやりと見つめ、風馬達が来る頃を待った。
 2時ちょっと待ち、病院で風馬達と合流した。

 「陽奈!」
 「陽奈ちゃん。こんな所まで来てくれてありがとう」
 
 風馬と風馬の母の目は、赤く腫れ上がっていた。風馬の父は、悲しみを耐えているのだろう、項垂れていた。
 四人は、空がいる集中治療室の病棟に向かった。風馬の母が、ナースステーションに声をかけた。
 一人の看護師が一礼し、病室に案内した。
 病室はしんとしており、人らしきものがベッドに横になっていた。
 
 「空!空ーー!」
 「空…」

 風馬の母が、空の手を取り、声を荒げた。
 風馬の父は、堪えていた涙を流した。
 風馬も静かに涙を流していた。
 タレ目で鼻筋が高い所は、風馬の父に顔が似ていた。
 幽体ではない、本物の空は寝ているようだった。

 「お父さん、お母さん。少しお話しが」

 後ろから、主治医と名乗る医者が部屋に入ってきた。陽奈と風馬は、空気を読み部屋を出た。
 ロビーの椅子に座り、二人を待っていると、風馬が突然、陽奈を抱きしめた。

 「えっ?風馬⁈何⁈」
 
 幼馴染とはいえ、男性に初めて抱きしめられ、陽奈は慌てて、風馬の手を解こうとした。しかし、風馬の手は固く結ばれ解くことはできない。
 耳元で聞こえる風馬の息遣いが、陽奈の心臓を爆発させてしまいそう。

 「風馬…」

 風馬の方に顔を向けると、風馬の匂いがふわりとした。
 心臓が高鳴る中、頭の中?心の中?モヤモヤしていたものが、じわじわ吹き出してきそうな感覚。
 こんな事昔もあった。あれは、雨の日で、森の中…頭に強い衝撃、フードを被ったマスクの男、土の匂い。

 「空くん。助けて」

 振り絞って出した声。強く思い過ぎた為か、空の記憶を失った。
 
 「嫌!!」

 陽奈は、風馬を突き放した。

 「ごめん、陽奈」
 「風馬だったの?」
 「え?何が?」
 「4年前、私を殺そうとしたのは風馬だった。全部思い出した」
 「俺な訳ないじゃん!何で俺が陽奈を殺さなきゃいけないの?犯人は、大樹だって言ってただろ⁈」
 「私、倒れ際、犯人の靴を見てた。中学の時、スニーカーの横にラインが入った靴が流行ったじゃん。犯人は、赤と青のラインが入った靴を履いてた。風馬も同じ靴履いてたよね」
 「…覚えてないよ」
 「風馬が覚えてなくても、私は覚えてる。殴られる瞬間、私は振り返ったから。フードを被って、マスクをしても、あんたの目の下の涙ほくろは隠せない。それに、あんたの匂いも。…どうして、殺そうとしたの?」

 二人の間に、しばらく沈黙が流れた。

 「ずっと、思い出さなきゃ良かったのに」
 
 風馬は、下を向いたまま呟いた。

 「俺、お前の事好きだったんだ。陽奈は、兄貴の事好きだったろ?ずっと、悔しい思いしてた。俺には、兄貴みたいな抱擁力はないし。ガキみたいな事しかできなくて、俺は相手にされなかった」

 「陽奈の事、嫌いになろうと思って、陽奈をシカトしたり、嫌がらせしたのに。お前は、逆に心配してお節介焼いてくるし。何度も嫌いになろうと思ったのに、何度も好きになって、それの繰り返し。でも、あの花火大会は、すげぇショックだった」
 「花火大会…」
 「兄貴と行くって聞いた時、失恋並にショックだった。振り向いてくれないイライラもあった。本気で殺す気は全くなかった。嫉妬心で頭がおかしくなって。本当にごめん」

 風馬は、陽奈に向かい、深々と頭を下げた。
 
 「私を殴った後、どうしたの?」
 「陽奈を殴った後、気が動転して逃げたんだ。その時、偶然大樹に出会して。自分がやった事を話したら、俺が何とかするからお前は家に帰れって」

 風馬はしゃがみこんだ。

 「陽奈が生きてて本当に良かった。次の日、陽奈の意識が戻ったって聞いて、安心したけど。犯人が俺だとバレるんじゃないかと思って、ビクビクしてた」
 「大樹もグルだったんだね」
 「大樹は何も悪くない!俺が、大樹を巻き込んでしまっただけだ!」
 「二人とも」
 
 声がする方に、振り向くと風馬の母と父が立っていた。風馬の母は、おじさんに支えてもらい立つのがやっとの様子だ。

 「これは、ここだけの話にして欲しいの。空の死は…事件性があるから、警察が調べてから戻ってくるみたい」
 「それって、どういう事?」
 「空は、多量の睡眠薬を飲んで死んだみたい」
 「自殺って事?自殺なんて、有り得ない!だって、この間、公務員の面接に受かって、盆明けから仕事だって、張り切ってたのに!自殺なんて…」
 「自殺に見立てられてるかもしれないって、警察が言ってたわ」
 
 風馬は落胆していた。陽奈も立っているのがやっとな位、精神がぐらついていた。
 4年前の犯人の正体、空の死、受け止めるには、体がいくつあっても足りない。

 「お母さんも信じられないわ。空がここにいないのなんて!」

 風馬の母は、夫にもたれながら泣き叫んだ。

 「陽奈ちゃん。いつになるか分からないが、空の葬式出てくれないか?」

 風馬の父が、ここに来て初めて口を開いた。
 その口調は、訛りが強かった。空が乗り移った時は、少し訛りが混じっていたが穏やかな口調だった。
 数日前が懐かしく感じた。父親に乗り移り、会話をした事。
 もう、そんな日はやってくる事はない。
 陽奈は涙を流し、無言で頷いた。
 そして、風馬と一言も交わさずに別れた。




 

 
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