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「お前はどうやってその力を手に入れたのだ」
「……」
パルミラは口をつぐんだ。とても話せなかったのだ。
彼女が口を開こうとすれば、彼女の背中に幼い頃につけられた焼き印が、沈黙を伝えるために痛みだすだろう。
何度も経験した事だ。
これも、女王の機嫌を損ねたからなのだが2 パルミラはそれを口に出さない。
「言えない事情があるのか。そうか、ならいい、かまわない。言わなくていい。俺はその代わりに助かった、それだけには礼を言おう。パルミラ」
「お礼を言ってしまうのですか」
「長い間この傷は痛み続けていたからな。その傷の原因をとってくれた相手にたいして、お礼の一つも言えないようなしつけはされていない」
「そうですか……」
この人はどうして黙っててもいいと言ってくれるのだろう。
どうして構わないと言ってくれるのだろう。
いかにも怪しい力を使ったのに、警戒するそぶりもなく、ただ、お礼を言ってくれるのだろう。
彼は、パルミラの考えた事のない方面の、性格のようだ。
彼女は、黙っていてもいいといわれた事に心から安堵し、それから、安心と相まってからか、酷く空腹を感じた。
しかし、淑女はお腹を空かせてはいけない、と長らく言いきかされていた教育のために、彼女は空腹を訴える事がはばかられた。
「パルミラ」
イオが呼びかけ、彼女がうつむいていた顔をあげると、彼が告げた。
「お前はおれの恩人だ、この城の中のものを好きに使って構わないし、いつまでもここに滞在していて構わない」
「何故」
「命の恩人に、支払える金貨を、今のおれはあいにく持っていない。だったら城の中のものを自由に使っていい事、そしていつまでも滞在して構わないという事が正解のような気がするからだ」
「……わたくし、行くところがないのですよ」
「ならばいっそうこの申し出を受けてくれるとありがたい。おれはこの、真冬の中恩人を、腹をすかせた獣か吹きすさぶ寒さに、殺されたいとは思わないからな」
「……」
「パルミラはこの城のことがよくわからないかもしれない、だが慣れてくれば簡単だ。どこまでも無精になれる」
イオはそういうと、台所の片隅に向かってこう告げた。
「スープの用意をしろ」
驚くべきことが起きた。
そこには誰もいなかったのに、かちゃんと言う音とともに、食器や鍋が動き始めたのだ。
戸棚の中から干した林檎らしきものなども現れて、くつくつと鍋の中に煮られていく。
小瓶がひとりでに動き出し、そこから何か香辛料などが少し入れられていく。
「まあ……魔法のお城なのですか、ここは。よその国のお城はみんなこんな風なのでしょうか」
婚約者の城は普通の城であった。使用人がいて、彼らが仕事をしていた。
だが森の向こうの城というのは、皆こうなのだろうか。
「……確かにパルミラは、女王の国との国境を越えているから、そう思うのかもしれないが……この城は比較的珍しい城だという事は、確かな事だ。ほかにいくつもあるわけではないが、これ一つしか存在しないわけではない」
しかし、とイオが彼女の目を見て呟くように言う。
「お前は、どうして人間なのに、こんな城を怖がらないのだ」
「イオが恩人に対して非道な振る舞いをする人には、見えないからです。あなたを信じる事にしたので、このお城が不思議なものでも、怖くないのです」
事実そうだった。イオが怖くないのだから、イオのいうことを聞く城は、怖いものではない。
それに温かいものを用意してくれるくらいには、気遣いをしてくれる人でもあるのだから、怖くない。
パルミラは世間知らずのお姫様だからこそ、そうやって純粋に信じたわけだった。
そしてその選択肢は、ここでは正しいものとなっていた。
ほどなくして、スープカップに入れられた何かが、彼女の前に差し出される。
それは温かい林檎のスープで、ほのかに甘く、シナモンの香りで、肩の力が抜けそうになるものだった。
他にも何か色々な香辛料が入っているが、その名前までは当てられなかった。
一口口に含むと、それだけで泣き出したくなるほど、優しい味のスープだった。
「こんなに何かを美味しいと思ったのは、殿下の所で一緒にピクニックに行った時以来です」
あの頃は婚約者も、元気だったから、それが可能だったのだ。
そしてそれから割とすぐに、彼は病魔に倒れ、看病し、心配し、食事を美味しいと感じられなくなってしまったのだ。
この林檎のスープは、彼が元気だった頃、陽気に誘いだされて向かった丘で食べた食事と、同じくらい美味しいものだった。
「そうか、よかったな。この台所などは、お前が願いを訴えれば、それなりに叶えようとしてくれる台所だ。……お前は、どこかの部屋を選んで、ここを自分の部屋にする、といえば、城が整えてくれるだろう」
言いながらイオが立ち上がる。
「おれは少し、休んでくる。お前もゆっくり休んで体を温めてから、探検するといい」
イオはそう言って、そこから立ち去ってしまった。
残されたパルミラは、スープを飲み終わった後、台所にお礼を言った。
「スープをありがとうございます、とても体が温まりました」
返事は、台所に誰もいないため、当然なかった。
「……」
パルミラは口をつぐんだ。とても話せなかったのだ。
彼女が口を開こうとすれば、彼女の背中に幼い頃につけられた焼き印が、沈黙を伝えるために痛みだすだろう。
何度も経験した事だ。
これも、女王の機嫌を損ねたからなのだが2 パルミラはそれを口に出さない。
「言えない事情があるのか。そうか、ならいい、かまわない。言わなくていい。俺はその代わりに助かった、それだけには礼を言おう。パルミラ」
「お礼を言ってしまうのですか」
「長い間この傷は痛み続けていたからな。その傷の原因をとってくれた相手にたいして、お礼の一つも言えないようなしつけはされていない」
「そうですか……」
この人はどうして黙っててもいいと言ってくれるのだろう。
どうして構わないと言ってくれるのだろう。
いかにも怪しい力を使ったのに、警戒するそぶりもなく、ただ、お礼を言ってくれるのだろう。
彼は、パルミラの考えた事のない方面の、性格のようだ。
彼女は、黙っていてもいいといわれた事に心から安堵し、それから、安心と相まってからか、酷く空腹を感じた。
しかし、淑女はお腹を空かせてはいけない、と長らく言いきかされていた教育のために、彼女は空腹を訴える事がはばかられた。
「パルミラ」
イオが呼びかけ、彼女がうつむいていた顔をあげると、彼が告げた。
「お前はおれの恩人だ、この城の中のものを好きに使って構わないし、いつまでもここに滞在していて構わない」
「何故」
「命の恩人に、支払える金貨を、今のおれはあいにく持っていない。だったら城の中のものを自由に使っていい事、そしていつまでも滞在して構わないという事が正解のような気がするからだ」
「……わたくし、行くところがないのですよ」
「ならばいっそうこの申し出を受けてくれるとありがたい。おれはこの、真冬の中恩人を、腹をすかせた獣か吹きすさぶ寒さに、殺されたいとは思わないからな」
「……」
「パルミラはこの城のことがよくわからないかもしれない、だが慣れてくれば簡単だ。どこまでも無精になれる」
イオはそういうと、台所の片隅に向かってこう告げた。
「スープの用意をしろ」
驚くべきことが起きた。
そこには誰もいなかったのに、かちゃんと言う音とともに、食器や鍋が動き始めたのだ。
戸棚の中から干した林檎らしきものなども現れて、くつくつと鍋の中に煮られていく。
小瓶がひとりでに動き出し、そこから何か香辛料などが少し入れられていく。
「まあ……魔法のお城なのですか、ここは。よその国のお城はみんなこんな風なのでしょうか」
婚約者の城は普通の城であった。使用人がいて、彼らが仕事をしていた。
だが森の向こうの城というのは、皆こうなのだろうか。
「……確かにパルミラは、女王の国との国境を越えているから、そう思うのかもしれないが……この城は比較的珍しい城だという事は、確かな事だ。ほかにいくつもあるわけではないが、これ一つしか存在しないわけではない」
しかし、とイオが彼女の目を見て呟くように言う。
「お前は、どうして人間なのに、こんな城を怖がらないのだ」
「イオが恩人に対して非道な振る舞いをする人には、見えないからです。あなたを信じる事にしたので、このお城が不思議なものでも、怖くないのです」
事実そうだった。イオが怖くないのだから、イオのいうことを聞く城は、怖いものではない。
それに温かいものを用意してくれるくらいには、気遣いをしてくれる人でもあるのだから、怖くない。
パルミラは世間知らずのお姫様だからこそ、そうやって純粋に信じたわけだった。
そしてその選択肢は、ここでは正しいものとなっていた。
ほどなくして、スープカップに入れられた何かが、彼女の前に差し出される。
それは温かい林檎のスープで、ほのかに甘く、シナモンの香りで、肩の力が抜けそうになるものだった。
他にも何か色々な香辛料が入っているが、その名前までは当てられなかった。
一口口に含むと、それだけで泣き出したくなるほど、優しい味のスープだった。
「こんなに何かを美味しいと思ったのは、殿下の所で一緒にピクニックに行った時以来です」
あの頃は婚約者も、元気だったから、それが可能だったのだ。
そしてそれから割とすぐに、彼は病魔に倒れ、看病し、心配し、食事を美味しいと感じられなくなってしまったのだ。
この林檎のスープは、彼が元気だった頃、陽気に誘いだされて向かった丘で食べた食事と、同じくらい美味しいものだった。
「そうか、よかったな。この台所などは、お前が願いを訴えれば、それなりに叶えようとしてくれる台所だ。……お前は、どこかの部屋を選んで、ここを自分の部屋にする、といえば、城が整えてくれるだろう」
言いながらイオが立ち上がる。
「おれは少し、休んでくる。お前もゆっくり休んで体を温めてから、探検するといい」
イオはそう言って、そこから立ち去ってしまった。
残されたパルミラは、スープを飲み終わった後、台所にお礼を言った。
「スープをありがとうございます、とても体が温まりました」
返事は、台所に誰もいないため、当然なかった。
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