朽ちる聖森 婚約者を喪い、役立たずと森に追い出された王妹は、前魔王の世話をやく

家具付

文字の大きさ
16 / 21

(15)

しおりを挟む
ブーツは迷いなく進んでいき、彼女はその後を追いかけて、はっとした。
ある事に気が付いたのだ。

「この道はそうだわ、あの屋上の庭園に続く道……」

うろ覚えの道であったが、彼女は見覚えのある場所をあちこち進んでいくブーツを追いかけながら、最初に誰か人がいないか、と血の跡を追いかけていた時に、進んだ道と、ブーツの進む道がほぼ同じだという事に気が付いた。

「イオは庭園を進んだ先の、別の棟にいたのかしら」

それならば納得だ。彼女はこの城の全貌は知らないものの、城が別の棟を持っている事は何もおかしな事ではない。
そしてこれだけ作り込まれた城ならば、そういった別の棟がある事も納得がいく。
彼女はブーツに導かれるままに進んでいき、そうして、この前たどり着いた、あの庭園の前に立った。
風が吹き抜けていくし、彼女に吹き付けて行く。冷たい風は体の芯から冷えていきそうで、一度身震いした後、パルミラはブーツが後を追いかけてくれ、と言いたげに待っているので、意を決して、その後を追いかけ始めた。
ブーツは迷いなく進んでいく。やはりイオのブーツというだけあって、主の場所くらいは簡単に分かるのだろう。
それとも、イオが、いつもここにいるからだろうか。
そんな事を考えながらも、パルミラは進んでいく。
周りを見回すと、庭園の木々は緑の葉っぱをつやつやとさせていて、聖なる森の、病んだ木地とは大違いだ。
これはどういう事だろう。
病んだ森と同じ空気を吸っているはずなのに、こんなにも違うなんて。
土が違うから? 手入れをされているから? 何か魔法の力が働いているから?
考えるどれもが、正解のようで、不正解のようで、何とも言い難い気分だ。
花こそまだ咲いていないものの、春が来たらきっとこの庭園は、見事なまでに花にあふれた、見事な場所になるのだろう。
庭園の手入れのされ方から、それがうかがえる気がした。
でも、一体誰が選定などを行っているのだろう、それも魔法の力?
だとしたら、魔法の力は、どれだけ人間の考える物を超えているのだろうか……
そんな事を思いながら、パルミラが進んでいくと、庭園の中の、一つのあずまやの前についた。

「イオ……?」

あずまやの中に、探していたイオがいた。パルミラは、イオが、ずっと、自分は彼女とは違う、という趣旨の事を言っていた意味を、そこで理解した。
翼だ。
あずまやの中にある、シェーズロングソファだろうか、そんな感じの椅子に寝転がる彼の背中から、漆黒の、闇より黒く、星明りがそこで煌いている、摩訶不思議な、鳥のそれによく似た物が、広がっていたのだ。

「まあ……」

魔のものだというのだろうか。イオが。
魔物だったのだろうか、それとも魔王の国の住人だったのだろうか。
しかし……

「なんてきれい……」

少しばかりずれているかもしれないが、パルミラは、広がるその翼を、純粋に美しい羽根だ、と思ったのだ。
その羽は、彼女の知っているどんな烏よりも美しい。カラスに例えるのは失礼だが、他に黒い鳥を知らないので、許してもらおう。

「……ここまで来てどうしたんだ、何か足りないものがあったのか」

パルミラのつぶやきが聞こえたのだろうか。
寝転がっていたイオの瞳が開き、彼の瞳が開くと同時に、彼の額に不思議な模様が浮かび上がる。
目覚めにあわせて展開したその模様は、彼の色の黒い肌の上で、白く輝いていた。

「いいえ、イオが気になって。……イオ、だめですよ」

「何がだめだというんだ」

「こんな寒い所で、風に当たっていては。いくら私と違う、と主張していても、こんな場所では、癒えるものも癒えないでしょう」

「気に入りの場所だ、放っておけ」

「いいえ、放っておきません。私のために手当をしてくれるあなたが、自分には杜撰だというのも、許しがたく思います」

パルミラはそのため、傷が痛まないように慎重に近寄り、彼の手を取った。
そこで気が付いたのだが、彼の手の爪は漆黒に染まり、鋭く尖っている。
しかし、恐ろしい物ならもっとたくさん知っている彼女は、それにひるまなかった。

「お城の中に、あなたのお部屋もちゃんとあるのでしょう? それに包帯だって取り換えなければならないでしょう」

「あれが抜けた以上、別に気にする必要もないんだが」

「まあ、傷という物を甘く見てはいけませんよ」

パルミラはしっかりとした口調で言った。彼の目が丸くなる。

「あなたは私の命の恩人です。ええ、誰が何とおっしゃってもその事実は消え去りません」

「パルミラが主張するならそうなんだろう」

「ですから、あなたの傷が治るまで、私も、あなたの手当をするのです」

「……」

「それに、いくら気に入りの場所でも、大怪我をしている時に、傷の直りが遅くなる場所にいてはなりません」

「……パルミラはおれの母君なのか?」

「茶化さないでくださいな、大真面目ですよ」

彼女が譲らないからだろう。イオは不意に柔らかく笑い、そこから億劫そうに立ち上がる。
そして……自分が羽を広げていた事に、気付いたらしい。
彼はあからさまな程ぎょっとして、自分の羽根と、パルミラの表情を見比べ、信じ難いと言いたげに問いかけてきた。

「おれのこれが、醜くないのか」

「その見た目の事ですか、美しい羽根だと思います。それに、醜い、とはどういった意味でしょう。私は、綺麗に飾った醜いものを知っています。だから分かります、イオがきれいだという事が」

言い切ったパルミラを見て、イオが口を開く。

「変な女だな、最初からそうだった」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした

ゆっこ
恋愛
 豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。  玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。  そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。  そう、これは断罪劇。 「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」  殿下が声を張り上げた。 「――処刑とする!」  広間がざわめいた。  けれど私は、ただ静かに微笑んだ。 (あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

シリアス
恋愛
冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

「身分が違う」って言ったのはそっちでしょ?今さら泣いても遅いです

ほーみ
恋愛
 「お前のような平民と、未来を共にできるわけがない」  その言葉を最後に、彼は私を冷たく突き放した。  ──王都の学園で、私は彼と出会った。  彼の名はレオン・ハイゼル。王国の名門貴族家の嫡男であり、次期宰相候補とまで呼ばれる才子。  貧しい出自ながら奨学生として入学した私・リリアは、最初こそ彼に軽んじられていた。けれど成績で彼を追い抜き、共に課題をこなすうちに、いつしか惹かれ合うようになったのだ。

処理中です...