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第十九話 思い出の油っぽい天ぷら

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惣菜店は前から、それこそ両親が生きていた頃は特に、特別な時に天ぷらをあげてもらったお店だった。
試験でいい成績だった時。誕生日だった時。酷い熱がやっと引いて元気になった時。両親の結婚記念日の時。
何か特別に素晴らしい事があった時、鶴は両親が揚げたての天ぷらを買ってくれるのがうれしかった。
まだアツアツの時に油紙にくるんで、家に帰る時はあったかいけど、油が衣にしみ込んでちょっとふやけて、それでも十分においしかったのだ。
あれは幸せ補修がかかっている、と鶴は勝手に思ってきていたし、そしてさらに言えば、両親が死んでから、揚げたての天ぷらは食べなかった。
だが、お店には足しげく通って、煮物だの魚だの、特別じゃないおかずも真っ白なご飯も買って食べていたから、お店の常連である。
数週間ぶりに顔を出したお店だ。鍋狸が炊事をしてくれて、すっかり足が遠のいていたのに、お店の女性はこちらの顔を覚えていた。

「あら鶴ちゃん、久しぶりね。うちの味にもとうとう飽きちゃったのかもって思ってたの」

「……知り合いが、ごはん作ってくれてて」

「あらこの、なんでも買い食いのご時世に、自炊が出来る知り合いなんて結構な事だわ! おばさんはりあっちゃおうかしら。今日はあなたの好きな青菜のお浸しもいっぱいあるわよ」

「天ぷらを、お願いしたいんです」

鶴が、両親が死んでからは一度も口にしなかった料理の願望に、おばちゃんが目を丸くする。

「知り合いに、食べさせたいんです。……私ここの天ぷらよりおいしい物、知らなくて」

「大丈夫?」

おばちゃんが何か察したのか、それとも彼女が両親の死後一度も天ぷらを頼まなかったことを覚えているのか、確認のように問いかけて来る。
鶴は頷いた。

「大丈夫です」

「じゃあ、残り物をどんどん揚げちゃう形でいいかしら? かき揚げは好きよね、なんでも揚げちゃいましょう」

「はい」

「紙の包みでいい?」

「はい」

鶴が頷くと、おばちゃんがどんどんと驚くべき手際で野菜を細切りにしていき、小エビが取り出され、芋が輪切りに変貌していく。
そしてそれらが、奥の揚げ鍋にどんどんと、衣をつけて投入されていくのだ。
こちらからすれば魔法のようにしか見えない手際で、あっという間に山のような天ぷらが出来上がる。

「そんなに食べられませんよ」

「今から鐘を鳴らして揚げたてって言えば、誰もが買うわ。鶴ちゃんは一番乗りよ」

茶目っ気たっぷりな笑顔で言われ、鶴は結構な量の天ぷらを、紙に包んでお金を支払い、惣菜店を後にした。
鍋狸は喜んでくれるだろうか。
そんな事を思いながら鶴は家路につき、がらりと扉を開けた瞬間、上がり口に座布団を敷いて座り込んでいた鍋狸に遭遇した。

「お前、帰るの遅すぎだろう! 何かあったんじゃねえかと心配して、うっかり子分を呼び出すところだった」

「……」

まだ夜も始まったばかりなのに、この鍋狸は真剣な顔で言うものだから、鶴は何も言えなくなった。

「……ん? 揚げ油の匂いがするな、何か食べたくて買って来たのか? 察しが悪くて悪かったな、食べたいものがあったら朝に教えてくれていれば……」

「天ぷら、食べさせたくて」

鶴は、なんとも言えない気持ちが喉からせりあがりながら、やっと、いった。
心配してくれる鍋狸がうれしかった。
両親と同じように心配してくれる、この珍妙な鍋の心が、びっくりするほど熱い気がしたのだ。

「いつも、特別な時に、買ってもらった天ぷらで、いつもご飯作ってもらっているから、お礼、何がいいか、分からなくなって」

自分で何を言いだしているのか、鶴も支離滅裂な気分だ。
だが相手は深く頷き、心底嬉しそうにこう告げたのだ。

「嬉しいな、おいらぁ、天ぷらだけは自分で作っちゃいけねえからよぅ。おいらのために買ってきてもらった天ぷらだ、そりゃ特別な味だな」

「……!」

鶴はその言葉に、胸がつまりそうになった。
それだけ相手が喜んでくれたのが、うれしくて。
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