死にかけて全部思い出しました!!

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外伝集

その手を選べ、Femme fatale3

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「ほう」
彼女が不敵に笑った。戦況は圧倒的に不利。当然だ。味方の半数が裏切った。
それは先代にいろいろと便宜を図ってもらい、旨い汁を吸ってきた……彼女が来たためにそれらを奪われた者たち。
反旗を翻す可能性は十分にあったのだ。それを彼女は果たして予見していたのだろうか。わからない。彼には分らなかった。
ただ一つ分かっていたのは、この状況をひっくり返すには援軍が必要だという事だった。
しかし、誰がそれをなしえらえるだろう。
説得に最も秀でていた軍人の戦死を彼は伝令によって聞かされていた。
その男を集中的に狙ったらしい。
「大変じゃのう、わらわのイル・ウルス」
彼女はそれでも笑っていた。彼女が切羽詰まるなどありえるのだろうか。
そんな事を彼は場違いにも思った。
「頼みの綱はおぬしじゃ、イル・ウルス。援軍を呼んでまいれ。おぬしならばできよう」
「あなたを置いてか、俺の女王様」
「そうじゃ」
「そんな事できるわけがねえだろう!? あんたが死んだらどうするんだ」
彼の掛け値なしの本音に、彼女は……扇子をぴいと突き出して言い切った。
「その時はその時じゃ。この国にわらわがいなくとも、この国が続くという事にほかならぬ」
「俺の気持ちはどうなるんだ! あんたをみすみす死なせて」
「わらわのイル・ウルス。やっておくれ、わらわのために」
声を荒げた彼に、女王は言う。
「どのみちこのままでは敗北じゃ。わらわは一手を打つのみ」
今も軍勢が撃破される報告が相次いでいる。
半分の離反はそれほど影響が大きい。作戦も知られているという圧倒的不利。
「行っておくれ、わらわの妻」
彼は顔をゆがめた。
彼女は死ぬ事もいとわないと知った。そして……戦況をひっくり返す事を知っていた。
彼は唇をかみしめた後、口を開いた。
「どこの誰を呼べばいい」
「ここから数百離れたところで展開している軍勢じゃ。あれらが戻ってくれば戦況をどうにかできるじゃろう」
時間はない、と彼女は言った。
「これをもっておいき」
そういって女帝は彼の首に、首飾りをかけた。
「これは……?」
「あれらが見ればわかる。さあ、行くのじゃ!」
彼は一度、女帝の唇に自分のそれを押し当てた。
人前でそれをするととても呆れる女王が、それを笑って受け入れた。
その時点で気づかなければならなかったのだ、だが彼は気付かなかった。
「必ず、俺の女王様」
そう、誓った。援軍を連れて戻ってくると、彼女に誓った。




「そん、な」
彼は茫然とした。たった一時間だ。往復で一時間、それだけの時間ですべてが決してしまっていた。
陣営はもうめちゃくちゃだった。相手方の勝利の鯨波が響く。
彼女がいたはずの本陣は踏み荒らされ、血まみれだった。
見知った者たちの亡骸も多く見つけた。
援軍の誰もが呆然としていた。
彼が援軍を連れてくるまでの速度は、一般的な物よりもはるかに速かったというのに。
女帝のために駆け戻ってきた者たちは、自分たちの時の遅さを知らされていた。
彼は首を巡らせた。
彼の愛したたった一人はどこに。
体は、首は、つながっているのか。
それとも……
最悪の想像が頭をよぎる。
本陣を歩き、彼は言う。
「アリア様」
最初は普通に呼んだ。現実逃避に近かった。
「アリア様」
一度目よりは声を大きく。
「アリア様」
二度目よりも声を張り。
「アリア様」
三度目は焦りがにじんでいた。
「アリア様」
四度目は声が震えていた。
「アリア様!!」
五度目はもはや絶叫だった。
六度目は現実を認めたくないという思いからか、どれよりも声が大きかった。
そして……見つけてしまった。
真紅の戦装束。馬に乗るためにゆったりとしたズボン。王家の縫い取りのある上衣。
それの上からは魔法をかけた金銀で飾られた、鎧があったはずだった。
それは王位の象徴で、彼女だけが身に着ける事を許されたものだったというのに、それは剥ぎ取られていた。
その服でどうにか分かった。どうにかという理由は明快で。
――――首が、なかったのだ。
いつも不敵に笑っていたあの、彼が誰よりも好ましかった、愛していたあの顔が、なかったのだ。
彼は血にまみれる事もいとわずに、その体を抱きかかえた。
遅かったのだと改めて思った。
彼女は死んだ。死んでしまった。
いいや、死んでいないと現実を認めたくない思いが訴えかけてきた。だって首がないじゃないか、俺はあの人の死に顔を見ていない。
それなのに、現実は無情な物だった。
鯨波が響き、援軍たちに見せつけるように、相手方の軍勢が割れた。
そして一人の勇者が、首を高々と掲げていた。
見覚えなどありすぎる。
白い物の混じった金の髪。閉じられた瞼。唇は赤く戦化粧で染めている。
かなりふくよかな、柔らかな曲線の顔。
彼女の首だった。
彼は目を見開いた。喉から唸り声が漏れた。
相手方の誰もが勝利に酔っていた。女帝は死んだのだ。
味方側は戦意を喪失していた。守るべき相手が死んでしまったのだから。降伏するべきなのだ。
だが彼は違っていた。
一人喉の奥を物騒にならし、剣を引き抜いた。
遠い昔に、呪われた墓を暴いて手に入れた相棒が、旧式の剣がこんじきに輝く。
その人をさらし者にするな。
彼の中で膨れ上がった悲しみが、それだけの力をもって怒りに変わった。感情の暴走に近かった。そしてその思いに反応したように、剣もまた光る。
彼は吠えた。その咆哮は、大地を揺らす。
相手側が怪訝な顔になった。何故ここで吠えるのか。彼の怒りは誰もが予想をしていなかったものに違いなかった。
「返せ!!!!」
彼は片腕で彼女の亡骸を抱え、片手に剣をひらめかせ、首めがけて突っ走った。
狂気。と呼べるものだったのかもしれない。彼の中の感情はもう、止めようがなかった。
立ちふさがる相手を、目の前にいた相手を、切り捨てていく。
背中に剣が突き刺さる。首元を切り裂く刃の感触もあった。
腕に突き立つのは槍か矢か。彼はハリネズミになりながらも突き進んだ。血は、致死量と言っていいほど流れていく。それでも進んだ。
すべてが邪魔だった。彼女のもとに行くために、とても邪魔だった。
たったそれだけしか思わなかった。
そして、彼は首を持つ勇者だけを見て突き進み。唸った。
「俺の妻を返してもらう」
勇者は訳が分からなかっただろう。しかしそんな事も彼には関係のない事だった。
彼は勇者の胴体を一刀両断した。普通の剣ならばそんな真似はできない。
彼の技量が普通ではなかったのか。
それとも、剣が尋常な剣ではなかったのか。真相などどうでもよかった。
彼は勇者から、彼女の首を奪い取った。
そして静まり返った軍勢を見やって、彼女の胴体の上に彼女の首を置き、そっと抱えて歩き始めた。
誰もその後は追えなかった。




弔いの花は、白い花が嫌だった。だって彼女は白い花よりも、赤い花が好きだったからだ。
赤い花の咲く場所がいい。そこにそっと埋めるのだ。
彼女は寝物語に、語った事がある。墓は地味な方がいい。
赤い花が手向けられればなお、いい。
遺体は焼かないで土に還してほしい。
……愛した国が見える場所、大事な王宮が一望できる場所がいい。
難しい注文だ、と思っていた。でもそれを探したのは、愛ゆえだった。
そして彼はそこを見つけていた。赤い花が咲く、城と城下町が一望できる崖。
そこに着いた時には、彼女の遺体は腐り始めていて、酷いにおいがした。
彼は花咲き乱れるそこに、穴を掘った。道具は持っていなかったから、剣を使った。
頑丈な剣は、それなりに穴が掘れた。
そこに彼女を寝かせて最後、彼は彼女の腐る唇に接吻をした。これで最後。
「おやすみ、俺の女王様」
あんたの好きな場所です。あんたが安らかに眠れる場所に、ちょうどいいでしょう?
土をかぶせている間に、涙がこぼれてきた。
「あんたが好きだった」
彼は墓に向けて呟いた。
「あんたを愛していた。あんた以外いらなかった。なあ、俺がいけなかったのか」
力がなかったから。
そう思うと、酷く力という物が欲しくなった。何物にも負けない力。それがあれば女帝を守れたに違いない力を、彼は欲しいと思った。
「俺がもっと強かったら、あんたを守れた」
それはひどい後悔だった。身を切り刻むような思いにとらわれる、苦痛を伴う後悔だった。
「俺が……」
彼は墓石の代わりに、土を掘るのに使った相棒を、墓に突き立てた。
「俺の代わりに、あんたを守る剣です。俺の相方だ、きっと役目を全うする」
剣を手放した瞬間だった。
限界だったからだが頽れた。ようやく死ぬのだな、と彼は思った。目を閉じたとき。
声が聞こえた。
(力望むものよ、そなたは何に変えても力を望むか)
「……ああ」
(求めるならば、さすれば与えん)
「寄越せよ」
彼が呟いた時だった。彼は体の中に、何かが入ってきた事に気付いた。
次に目を開けた時、彼の傷はすべて消え去っていた。
どくどくと、心臓じゃない場所で脈動を打つ力を感じた。
……手に入れてはいけない力を、手に入れてしまったという事を知った。
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