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幕間2

閑話2

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重ね重ねすみません、矛盾箇所の訂正をしました。

彼女は王位継承権が低かった。
第七位の王位継承権保持者という、さらに上位の王位継承者があまた存在する中で生まれた。
母が第二妃という高い身分であったが。その王位継承の順番を覆すことはできなかった。
彼女が生まれる前までは、女性に王位継承権は存在しなかった。
その分、継承権を持っているだけ、ましだったかもしれない。
ただ、お前はどこかの王家に有益なところに嫁ぐ身の上なのだ、と当り前のように言われて育っていった。
それを十分自覚し、王女たる者、政治の道具として、どこに出しても恥ずかしくないだけの、花嫁修業を受けた。
彼女の天性の才能が功を奏したのか。
花嫁修業ともいえることは軒並、誰にも文句を付けられなかった。
どこかの国に嫁ぐか。
それとも、王家がつながりを強化したい貴族と婚姻を結ぶか。
彼女はそのための道具だった。
それを悲観したことは一度もなかった。
当たり前だと思っていたのだから。
長い間、彼女はその狭い檻の中で育っていた。
彼女が妹の存在を知ったのは、ずいぶんと大きくなってからの事だった。
それまでは自分一人が王女である、と信じていたし、周りの大人たちは、その妹のことを欠片も口にしなかった。
王宮の限られた場所でのみ生活する、王女という立場では、妹の存在など、大人が言わなければ知ることもできない。
七つの誕生日、神の眷属という立ち位置が終わった年、彼女は妹の存在を知った。
身体が弱く、七つまで生きられず、神の子として一生を終えるだろうと、誰もが思っていた妹だったことも、後から知った。
初めて対面したその時、彼女は信じられなかった。
車椅子に座り、じっと臆する様子もなくこちらを見る少女は、誰からも恭しく頭を下げられて生きてきた彼女にとって、未知の存在だった。
バスチアでは、魔性の印とされてきた、血のような赤い髪。
白すぎる、青ざめた肌。
何より炯々とした、年に似つかわしくない、純銀の眼。
今まで出会った誰よりも、その少女は異質だった。
あなたの名前は、と丁寧に、王女らしく、彼女は問いかけた。
その途端、だった。少女の目に、炎が宿った。
それは、今にして思えば、嫉妬や自尊心を傷つけられた怒りだったと分かる。
そして少女は……手に持っていたグラスを、彼女に向かって投げつけた。頭からジュースを被り、ドレスにもそれが垂れた。
「どうせあなたはあたしの名前なんて知らないっていうと思った。でもあたしは知っている」
車椅子の彼女は、歯ぎしりするような口調で、言った。
そんな憎しみのこもった声をかけられたのは初めてだった。
女官たちはたちまち、彼女を取り囲み、お風呂に入ろうだの着替えようだのと言って、その部屋から出そうとした。
出される間際、彼女は妹を見た。
泣きださんばかりの顔をした、自分とは大違いの、すべての表情が表に出るという顔をした妹は、もろくて壊れそうな、薄いガラスのように見えた。
異母兄弟の兄であっても、彼女の存在を知らなかったと、言われたのは少しあとだった。
それくらい、妹は隠されて育てられていたのだ。
何故、と思えども、誰も答えを返してくれなかった。
赤い髪のせいだったのか。
しかし、彼女はどうしても妹が気になった。
何度も会っている間に、妹の態度は軟化した。
話をするようになった。
寂しかったのだろう、と納得した。
妹は、がむしゃらだった。
だが報われたためしがなかった。
彼女は、妹の前で、自分の能力を示してはいけないと、幼いながら気付いた。
それはきっと妹を傷つける。
どうやったって、傷つける。
だから会いに行くときは、能力も何も関係のない事を話した。
しかし、周りの大人たちは、それをよくないと思っていたらしい。
次々、妹の悪い噂を聞くようになった。
どれだけ傲慢か。
どれだけ我儘か。
どれだけ、王女らしくないか。
どれだけ、彼女より劣っているか。
周りの誰もが、妹を悪く言った。
周りが言うことを、頭ごなしに否定することはしなかった。
そういう人は、お姫様らしくないのだから。
しかし、言われるには理由があり、話の一部は本当なのだろうと、うすうす感じるようになっていった。
それでも、妹は彼女を見ると、笑うようになった。
お姉様、と呼んでくれるようになった。
そのたびに彼女は思った。
きっとこの子は寂しいのだ、側にいなくては。
いくらそう、思うようになっても、妹をよく思わない人々に育てられ続ければ、接触は難しいものだった。





花嫁修業に精を出していた彼女の運命が変わったのは、異母兄の死だった。
彼女はそれを覚えている。当たり前だ、たった数年前のことだ。
そして彼女はそれを見ている。
異母兄の部屋に遊びに行った時、彼女は見てしまったのだから。
血だまりと倒れ伏す兄と、真っ黒い靄を従えた鮮血に染まる妹を。
絹を引き裂くような悲鳴を上げた彼女を、侍女たちが身を挺してかばう。
それは一歩遅く、彼女は全部見てしまった。
靄は、開け放たれた窓から飛んで行った。
城中が大騒ぎになった。
妹は、何も覚えていなかった。
ただ、妹に宛てられた手紙が見つかり、妹の好きな本を見つけた異母兄が、部屋に呼んだことだけがわかった。
妹は、異母兄と仲が良かったことを、そこで初めて彼女は知った。
だが、妹は何も覚えていなかった。
異母兄のとのことを、すべて忘れてしまった。
いくら問い詰めようとも、はては魔導士たちが記憶を覗き見ても、妹の記憶から、異母兄の事も、彼女が見た真っ黒い靄の事も、出てはこなかった。
彼女が王族だから知れた秘密の一つだが、妹は、蠱毒の依代か、使役者として使われたらしい。
王はそれでも、妹を、蠱毒を行った主犯および、共犯者として罰することはなかった。
これを明るみにすることは、王家にとってとんでもない醜聞だったせいだ。
葬儀は大々的に行われ、まことしやかに、民衆の間で王子は、化け物に憑り殺されたのだと噂された。
それはある意味真実に近かったが、宮廷はそれを肯定はしなかった。
貴族たちは、この一件もあり、妹を避けるようになった。
妹が、その現場にいたという情報が、流れたせいだ。
どれだけ情報を隠し通そうとしても、漏れるときはもれる。
漏れた代わりに、真実を知る人々は、『妹が蠱毒の術に操られて王子を殺害した』という一件を完全に隠すことに成功した。
真実を知らない貴族も、真実を知る人々も、妹を避ける以上に、いない者扱いするようになった。
王はそれを止めなかった。
思う所があったのだろう。
妹は、それを知っているのか知らないのか、背筋を伸ばし続けていた。
彼女はそれでも、妹は無実だと信じたかった。
妹は、ただの被害者だと、妹はあんなことを望んだりしないと、彼女は知っていた。




それから彼女の運命は変わった。
王位継承権が繰り上がったのだ。
現王に男児がいなければ、いる女児に第一王位継承権を与えるという風に、法が変わったのはその一か月前だった。
彼女は、第一王位継承者となった。
周りのちやほやとした扱いは加速した。
元々、彼女の才能のために、人は集まってきていたのだ。
それが加速した。
それを憐れみながらも、彼女はそれを受け入れるしかなかった。
皆が利益を求めて近づく中、妹だけが変わらなかった。
それと同じように、彼女は“変われなかった”。
十年以上、花嫁として政略結婚のためにいるのだと言われ続けてきたのに、いきなり王者としての教育を施されても、意識はそうそう変われない。
いきなり、立派な女王になる、と意識を切り替えることはできない。
人とはそういう生き物だ。
長年の刷り込みは、根深かった。果てしなく根深かった。
それでも最近、ようやく、次期女王としての未来を、受け入れられそうになった。
だが、運命は惨酷すぎた。


ああ……彼女は出会ってしまったのだ。


隣国の皇子に。


誰の前でも、誰の花嫁になっても文句を言われない淑女でいられた彼女は、その皇子の前でだけは、何も言えなかった。
舌がこわばり、耳まで赤くなり、その鋭い眼をまっすぐ見られず、目をそらした。
初めての恋は、どうしようもなく、彼女を支配した。
その皇子は妹が好き、となれば、身を引かなければならないとすぐにわかった。
だが、思うのくらいは自由だと、心に秘め続ける分には誰の迷惑にもならないと、思った。
それでも悲鳴を上げる心は涙腺を弱くし、妹が嫁ぐその前日の夜、彼女は泣きながら眠った。
妹になりたいと、思う事だけは、許されていると信じて。
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