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外伝~女帝の熊と悪役令嬢~

愉快愉快と言ってられない状況になってきた、しかし後悔はない。

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「それにしても、貴方も大概変な方ね」

「どこがでしょうねえ」

庭園の中で、俺とアリアノーラは向き合って話している。
アリアノーラは車いすに座り、俺の顔なんてものをしみじみと見つめていた。
そして俺の問いかけに、ゆっくりと言葉を探しながら答え始めた。

「わたくしなんかを相手にしているのだから。普通は皆、お姉様みたいに無駄に顔と体系のいい女の人に向かうわ。まして性格が素晴らしければなおの事よ。なのにどうしてわたくしなんかに、気を遣うの?」

その握り締められている手の、爪の食い込み方を、俺は哀れだとどこかで思った。
しかしそんな事を言う事はなく、単純明快な調子で、彼女に事実を言って見せた。
おどけた調子で手を広げて。

「なんでもかんでも完璧なお方とお近づきになりたいほど、自虐的な趣味の持ち合わせがなくってですねぇ」

会話が楽しくなってくる。アリアノーラは馬鹿じゃねえって事が伝わってくるからだ。
アリアノーラは存外頭がいいらしい。
頭の回転がいいのか何なのか。
わかりゃしないが、それでも十分だった。

「近付きたくないの?」

目を瞬かせたアリアノーラの、銀の両目がそらおそろしいほど、月の様に見えたのは気のせいなのか。
余闇を明るく照らす、そんな色が垣間見えた気がした俺は、彼女の眼をもう一度見る。
その輝きは、すぐに消え失せたらしかった。

「自分がいかに出来の悪い屑野郎かを思い知るような相手と、なんでわざわざ近付きたいんですかね、そっちの神経の方を疑いますよ」

こめかみに手をあてがい、ひらりと手を動かして俺は語る。
言いながらも俺は、おそらくあの一の姫は完璧でも何でもないだろう、と感じていた。
なんだ? ああ、ああいうやつか。
俺はいくつかの可能性を、頭に思い浮かべて笑う。
クリスティアーナ姫はおそらく、国王の人形だ。
その美貌と、与えられた教育は男たちを篭絡させる物がある気がすんだよ。
女を“そうやって”教育するのは間違っていない、らしい。
マダラの所じゃ、女の方がある意味強かったから、篭絡だなんだなんて考えた事もなかったが、帝国であの方が、大爆笑しながら、篭絡させ過ぎた女の顛末を話してくれたっけなあ。
その女は、そこそこの血筋を引いているのだが、庶民の育ちをしていた。
しかし抜群に見た目がよかったから、養父があらゆる男を夢中にさせる教育を施した。
そんでもってその結果、女は社交界の華になったんだが……まわしちゃいけない相手を敵にまわしちまったんだな。
それがあの方だ。
あのくそアマ、あの方を遠回しに侮辱しやがったんだ。
あのアマに夢中な馬鹿どもは気付かなかったが、気付いてしまったこちら側の連中がそれはもうぶちぎれてなあ。
女があらゆる男に色目を使って、男を侍らしているっていう情報を積極的に流し、あの女の人生を破滅に追いやった。
女に夢中になっていた男たちも無論破滅に至ったのは、何もあの方を侮辱しただけだからではなかった。
女に夢中になって様々な責務を放り出した、その馬鹿の結果家から不信感を抱かせ、すっぱりきっぱり縁を切られた、そんな話だ。
俺があの方のもとに行く前の話だったから、あの方の思い出話として聞いただけだけれどな。
どうも……クリスティアーナ姫からはあのアマと同じ匂いがするんだな。
どういう末路をたどるのか、実に不安だ俺は。
家臣の心をつかむのはいい事だろうが……やりすぎは危ないんだ。
熱狂的すぎる狂信者を生み出した時、どう責任が取れるかっていう問題があるからな。

「イリアス様は、あのその……屑なの?」

しばしの沈黙の後に、遠慮がちに二の姫が問いかけてくるもんだから、俺は笑いだしたくなるのをこらえながら、答えた。
ああそうさ、俺は屑野郎だ。

「まあ育ちからしてあなたが歯牙にもかけないような育ちですしね、その後のあれこれも
結構やばいですし、こうしてここにいること自体が天変地異みたいな生き方をしてますからねぇ」

昔の知り合いたちが見たらひっくり返って気絶、なんてありうるだろうよ。
それが現状だという事実がそこにある。
ふっと風が吹き、数多の花の入り混じった甘ったるい香りが、鼻を突いた。
臭いな。
これだから匂いよりも見た目を優先して、庭園を造る主義の奴らとは相いれないんだ。
俺は匂いの調和した場所の方がいいぜ。

「……それでも、あなたはここに立つのね」

アリアノーラが顔を伏せる事もしないで、隠しもしないで悲し気な顔をする。
おいおい、今の話のどこにそんな要素があったんだかわからねぇぜ、何があった。
俺は月明かりに見えるアリアノーラの、痛ましい色を見てちょっとばかり動揺している。
そんな悲しい顔してんじゃねえよ、なんて言いたくなっちまうんだよ。
俺にあるまじき心理だ。
俺はあの方以外の何物もどうでもいいはずなのに、アリアノーラにそんな顔をさせたくないと思っていた。
こんな人生に絶望したような顔、十五になったばかりのガキがする顔じゃねえだろうに。

「あなたは、強い方なのね……」

息を吐きだして、言葉の一字一句をなぞるように吐きだしたアリアノーラを見ていると、俺は何も言えなくなる。
うっかり手を伸ばして、頬に触れてなぐさめたくなるが、何とかこらえた。
……って、俺は何を考えているんだ?
だがアリアノーラは俺が何にも言えない事なんて、気付きもしないで言葉を続ける。

「育ちがよくたって、そこに立つ事も出来ない人もいるのに……あなたは胸を張ってそこに立つのね……なんて、」

強い人。
アリアノーラの言葉は背中がむずがゆくなるんだが、アリアノーラが心底そう思っている感じがして、俺はまた何にも言えなくなる。

「ねえ、イリアス様」

「なんですか?」

「どうしたら、そこまで強くなれるのでしょう」

俺は言われた事のない言葉に、目をしばたかせた後に答えた。

「自分が自分以外の何物でもないと、思う以外にありませんよ。前にも言ったでしょう? あなたはあなただ、クリスティアーナ姫にはなれない。あなたがあなただと胸を張れる生き方をしたときようやく、あなたはあなたとして誇れると」

「ええ」

「誇れる己になりなさい、とまあ、俺みたいな屑野郎が言っても仕方がありませんがね」

「……どうしてあなたは、自分を屑だというのかしら」

「そりゃあ、たった一人以外の誰もなんもどうでもいい、そう言う男だからですよ」

俺がおどけて答えて見せると、アリアノーラがぼんやりと俺を見つめて来てから、手を伸ばしてきた。
伸ばされた手は当然届かないのだが、アリアノーラは何かをつかむような仕草をした。

「水面の月が、取れればいいのに」

それがアリアノーラの、痛ましいほどの願いを示している気がした。
そしてくしゅんと可愛らしいくしゃみをしたから、俺はそのままアリアノーラを王宮の部屋まで送って行き、与えられた客室まで戻った。

「あらあらあら、イリアスったら本当に執心なのね」

戻った途端に言われたこれに、俺が仕込んでいた鉄くずを投げたのは悪い事じゃないと言いたい。
しかしキンウも慣れたもの、するりと避けてにやにやしてやがる。

「何が言いたい」

「あの、あの方以外どうでもいいイリアスという男が、たった一人あんな小娘を気にかけているって辺りでもう重症なのはわかってたのだけれどね、やっぱりあの方に報告しなくちゃいけないわね、だってあなたがいつまでたっても浮いた話がないって、あの方心配してたもの」

「旅暮らしで浮いた話もくそもあるか」

「いやあねえ、旅先での色恋は、諜報関係ではかなり重要視されるものの一つだっていうのに、あなたそんな物なくっても欲しい物残さず手に入れるから、あの方つまらなさそうだったわよ」

俺は真剣に、キンウの首を絞めていいか考えた。
キンウは俺が首を絞めたくらいじゃ死なねえだろう。
だって黒烏の魔女が、その程度で死ぬわきゃねえんだからよ。
だがしかし。

「あの方がそう思いなら、俺を国に呼び戻して縁組でも何でもさせりゃいい話でしょうに」

「いやだわ、これだからあの方以外何も見えていない重症患者は。あのねえ、あの方はあなたの人生を全部もらっているも同然なんだから、自分の都合で縁組なんてさせないわよ、分かってないわね、国じゃあなたがあの方以外眼中にないのは、しられた話なのよ。そんな男と縁組したい相手はいないわ。だってどうしたって、いざという時は自分や自分の家を捨てられるってわかっているんだから」

「身も蓋もないな!?」

たしかに、嫁とあの方を天秤にかけたら確実にあの方に傾く俺だけどな。

「その点あの王女様はいい物件よ。こっちじゃ生きにくいだろうから、帝国に連れて帰っても問題ないし、降嫁すれば王家の制約はかなり外れるし、それにかなりあなたの事を好きみたいだしね」

人質にも持って来いじゃない、と笑うキンウはかなり性格が悪い。
しかし宵闇のキンウとも呼ばれている、幾つなのかもしれない女だから仕方がねえ。
どんな美女でもキンウだけは御免だな……と俺は思いつつ、溜息を吐いた。

「ほんっと、あんたらの考え方はついていけねぇぜ」

「そうかしら? まあ、あの王女様とあなたのラブロマンスはきっちりはっきりあの方に伝えておきましょ」

「まってくれ、どこからどうしてそうなった」

「最初から最後までそうじゃない。あのあなたがあんなに気遣う相手、あの方以外に視た事なかったわよ」

にやにやしながら、キンウがばさりと翼をひらめかせる。
宵闇の誇らしい名前にふさわしい、そんな漆黒の翼をはためかせて、キンウは飛んで行った。
俺は深々と溜息を吐いた。引き留める余裕なんてなかったが、キンウは報告すると言ったら絶対に報告する。
帝国に戻ったら、あれこれ聞かれるんだろなと思うと、何処か気が重くなったぜ、俺は……


それから翌日以降の事を言っちまうと、まあ簡単に言えば俺とアリアノーラが濃い中だという話が出来上がっていた。
なんでだ。
そんな事を思ったんだけどな、やっぱり嫌われ者の王女を気に掛けるっていうのは、その程度の事くらい言われる物だったわけだ。
嫌われている人間を気に掛ければ、あいつはそいつが好きらしいという認識が出来上がる。
そして庭園なんかに誘ったらもう、クロって事らしい。
帝国じゃありえない考え方だが仕方がない。
帝国で庭園に誘った程度で、色恋のなんだかんだになる事はない。
まあ、淡い淡い恋心と言われる事があるのなんかは事実らしい、が。
こうして、いかにも出来上がっているような空気にはならない。
こそこそひそひそやられたから、俺がどうこうなるわけじゃないが、いい加減にしてくれねぇか、と思ったり思わなかったりするぜ。
そして。
俺は玉座の間に呼び出されて、言われているわけだ。

「アリアノーラと婚姻を結んでほしい」

その後、帝国の人間との縁は喜ばしいだの、我が国と帝国の結びつきがどうこうだのと言っているわけだが。
半分聞き流していなけりゃやってられねぇ。
俺の身分知ってんのかよ。
俺の生い立ち考えたら、あんたの娘を俺にくれてやるなんて艇のいい厄介払いにしかならねえんだぞ。
分かってんのかね。
確かに帝国は実力主義の部分が、この貴族主義のバスチアよりも強いが。
それにしても限度があるんだぜ。
知ってんのかこいつ。
頭の中身を疑っているわけだが、やっぱりこの国の国王はアリアノーラをとっとと他所に追っ払いたいらしいな。
そうしなきゃならない何かがある、と俺は踏んでいる。
しかし俺は表面上はにこやかに、あの方にお話を通してから、と如才なく返事をしていた。

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