死にかけて全部思い出しました!!

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外伝~女帝の熊と悪役令嬢~

俺をしのぐ性格の悪さと頭の回転、ああ、魔女はおっかねえ。

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「そりゃあもう大爆笑していたわよ?」

首を傾けて豪快に笑っているキンウである。
ちなみに今回のキンウは、普通に帝国の使者という名目で、表の入り口から堂々と現れた。
黒髪を無作法なまでになびかせて、くるくると巻いた状態のまま、さっそうと現れたキンウの姿は、やっぱりと言うべきか何なのか。

「ほんっとあんたは魔女って感じだな」

「そりゃそうでしょうよ。この黒烏の魔女が、魔女でない理由が一体どこにあるのかしら」

ゲラゲラと笑っていらっしゃいやがって、と俺は内心で悪態をつきつつ、言う。

「んで、あの方はなんて?」

「ぜひって言っていたわよ。あの方からすれば、実にいいものが向こうから手の中に飛び込んできたってわけだもの」

にやにやとしながらも、何処か冷徹な空気を目に宿している。
ほんと、うちの女方はこれだから恐ろしい……と内心で思ってもみる。
しかし女方からすると、俺の方がたちが悪いのだとか。
なんでだ。男の方が単純で扱いやすいってのが相場じゃねえのか、と思うんだが。
皆々口をそろえて、あんたを敵に回した時の方が恐ろしいし、第一あんたを敵に回す何っていったいどこの悪夢なんだ、と言いやがる。
俺は前科もちじゃねえぞ、さすがに味方に牙をむいた事なないんだが。
どうにも皆さま、誤解が激しいようでいらっしゃるわけだが。

「欲しかったのよねえ、バスチアの血を引くお姫様」

にやにやがにこにこに如才なく変わったあたりで、俺は客室にやってきたらしい人間の事を認識した。
キンウは烏と混ざっている。
そのためキンウは、烏から借り受けた、異常発達した聴覚を持っている。
それは俺の、人様よりもいささか良いだけの耳、とは大違いだ。
キンウは町一つ分の音を聞き分ける、それだけの力を持っていると以前酒の席で大暴露してたな。
おかげで仲間内でキンウが知らない下の事情はない、という冗談が流行った事もある。
キンウは仲間たちの恋愛だの、性的事情だのを聞き分けたりはしない、というが。
街にいる以上、そう言う事をするとキンウに筒抜け、というのをみんな揃って理解している。
そのためなのか、割と男も女も神経が丈夫だ。
自分の床事情なんてものを、包んで喋る慎み深さは……仲間内にはなくなっちまったな。
どうせキンウにばれているんだし、誰にばれても同じ、と言いたげな空気だった。
そのおかげなのか、秘密がないという気楽さなのか、恋愛相談はいつでも女性陣の間で飛び交っていた。
俺ら男たちからすればいたたまれない、そんな事情までべらぼうに飛び交っていて、女ってものに夢を視ていた童貞が号泣した。
あれを慰めるのは大変だったな……なんでか知らんが、餓鬼を慰めるのは俺の役目、と言わんばかりに皆して押し付けてきやがったし。

「はいってもよろしいでしょうか?」

穏やかな声は聞き覚えのある物だ。
そしてそれを聞いたキンウが、目を瞬かせたのちに煌かせる。

「どうぞ」

俺より先にキンウが答え、扉を開けて入ってきたのはクリスティアーナ姫その人だった。
やはり侍女を付き従えているのは、お決まりらしい。
何の用事なんだか。
やってきた理由が見えない俺とは裏腹に、キンウは隠れて唇を吊り上げる。
それはこの宵闇の魔女からすれば、欲しい獲物がかかってきた、という感覚なのだろう。
この魔女は本当におっかねえな。
やっぱり怒らせないように慎重に、ならなきゃな。
内心でそんな事を思っていれば、クリスティアーナ姫が卓に座る。
この場で最も格が高いのが、一の姫なのだから、席に座る事を咎めたりは出来ない。
普通はな。
だがしかし。
キンウが楽しそうな声で、しかしさも呆れた、という表情をしてこんな事を言いやがった。

「あら、まあ。バスチアの姫君の程度が知れるという物ですわね」

「……え?」

侍女が椅子を引いたから座った、それだけの事だと思った一の姫が困惑気味のつぶやきを漏らす。
キンウがそれに容赦なしに追撃をする。

「普通、客人の所にやってきて、当たり前のように椅子に座ったりはなさいませんのよ? 侍女も侍女だけれども、それを許してしまう主人も主人ですこと」

おほほほほ、と笑うキンウはおっかない。
そう言う事なんだ。
バスチアの貴族の客人相手ならば、確実に当たり前の事だとしても、帝国からやってきた客人の前でそれは、やっちゃいけないもんなんだ。
隣国がどうであれ、客人であれ、部屋の主人が座るように勧めて初めて、来訪者は椅子に座る、そういうものなんだ。
一の姫はしょっぱなから、キンウに付け込まれる事をやっちまったというわけだ。
あーあ。
俺は助けないぜ。
そんな事を内心で思いながら、事の成り行きを眺めていた時だ。
クリスティアーナ姫は顔を赤らめ立ち上がり、優雅な仕草で言う。

「すみません、うっかりしていましたわ」

「王位を継ぐのがこんな王女なんて、王様はさぞ心細い事でしょうね……王女殿下をしっかりと支えられる男が、夫としてふさわしいでしょうけれども、あたくし王女殿下の周りの殿方が、しっかりしているなんて言うお話は聞いてませんわ」

キンウ……落ち着けよ。いじめっ子になるなよ。かわいそうだろ。
止める間もなくキンウが言う。

「どれもこれも小粒の印象ばかりが強い……まあ、バスチアという国の規模から考えて、器の大きな男はそうそういませんのよね」

くすくすと妖艶に笑う魔女だったが、俺としてはこのまま脱兎のごとく逃げたくなった。
なんでかっていわれりゃ簡単だ。
主を侮辱されまくっている侍女が、わなわなと震えて何をしでかすかわからない空気になってきたからだよ。
俺はこういう物を止める才能はないんだ。

「キンウ、言葉が過ぎる」

俺はその代わりに、キンウに目で合図を送ってから、恫喝するような声音で、あえてキンウを叱った。
キンウはぐっと押し黙った表情をとるんだがな、あの方の部下の中で一番格下は俺だから、階級的にはキンウの方がはるかに上なんだからな。
俺はそこを勘違いしたりはしないわけだ。
そのために、キンウに視線で合図を送った。今からちょっとやりますよ、と。
当然、視線を読み取ったキンウが指を微かに曲げて了承したから、そんな声も出せるわけだ。

「使者の分際で、一国の姫君に何という言葉を言うのか。帝国の品性を疑われる」

吐き捨てる調子で言えば、何が悪いと言わんばかりのキンウが言い返してくる。

「こちらとしては、疑う以前の問題ですことよ? バスチアの方から、わざわざ二番目の姫君を一介の近衛兵に送るというのだから、程度もきりも知れているのだわ。ちょっとばかり、素晴らしい才能を持っていると評判の一の姫を試し、二の姫の出来を確認してみただけでしょう?」

何がいけないの、と小首をかしげているキンウだが、それが演技だと分かってしまう俺は引きつりそうだ。
キンウは絶対に、小首をかしげてかわいこぶらねえんだ。普段はな。
いつも威風堂々、強い瞳で笑っているのがキンウの通常運転だ。

「その調子だと、二の姫の程度もしれたもの。厄介払いなのか、それともバスチアにいられないほど醜聞の多い、バスチアから忌避される王女なのか」

嘲笑う調子のキンウを見たクリスティアーナ姫が、言う。

「……妹をそのように言わないでいただけませんか? あの子はかわいそうな子なのです」

「まあどこが?」

キンウが問いかける。ここはすでにキンウの独壇場だった。
会話の流れを支配するのも、喋らせるのもキンウの手の中だった。
いつもながら、会話の操縦方法が洒落にならねえな。
本当に敵じゃなくてよかったぜ。
敵だったらあの方の脅威だから、俺はキンウの首をねじ切らなきゃならねえ。
ああ、魔女っていうのは首を切っても死なないんだ。刃物を刺しても、矢で貫いてもな。
武器とかの一切合切が通用しないし、時の大烏と契ったキンウはほとんどの魔術に耐性がある。
だからキンウを殺す方法は一つ。素手で首をねじ切る事だけなんだ。
そして俺はそれができるから……キンウと組まされることが多いわけだな。

「あの子は足も悪くて病気がちで、外にも滅多に出られない子なのです」

「だからかわいそう?」

キンウが面白がる声で言う。一の姫のさも当然の顔での同意。

「そうでしょう?」

「あらあら、それだったらうちの軍師様もかわいそうだわ。足が悪くて病気がちでいつも血を吐いていて真っ白な顔をしていて、外に出ればそれだけで病気をもらってきてしまうもの。でもあの軍師様をかわいそうだなんて言う人間は、帝国ではいないわ」

「……っ」

「その、あの子、とやら……二の姫をかわいそうにしているのは、おそらくバスチアの人間たちなのでしょうね。ふふふ、かわいそうだと同情して蔑む相手がいなくなった後に、蔑まれるのは誰かしら」

キンウ……かましてんなよ、頼むから!
俺はクリスティアーナ姫を見やった。
そして努めて冷静な声で、美少女姫に問いかけた。

「姫君はいかなるご用件がおあり、だったのですか?」

「……あの子はかわいそうだから、かわいそうな不幸な子だから、優しくしてほしいと」

キンウから目をそらす理由を与えられた、姫君が俺を見て言う。

「優しく愛してほしいと、言いに来たのです」

キンウが喉の奥で声を抑え込んだ。
おそらく大爆笑をこらえているんだろうな……
しかしここで哂っちゃいけないと思ったのか意地で抑えているわけだ。

「それでは失礼しました」

クリスティアーナ姫は、これ以上キンウに攻撃されるのを嫌がったのか、侍女たちに素早く退出させられた。
残された俺とキンウだが、魔女はこらえきれないと笑い転げる。
おい、呼吸困難になるぞ。
そんな俺の内心に何も言わずに、キンウが言う。

「ばっかみたいだわねえ! その二の姫をかわいそうにしているのはほかでもない、一の姫自らだというのにその自覚が欠片もない!! 愚かな姫だわね、バスチアも数百年の歴史に幕を閉じる可能性が見えてくるよ」

「キンウ……落ち着け」

背中を撫でさすってやれば、涙を浮かべた黒髪の女が言うわけだ。

「こんな国じゃ、ちょっと人とは違うだけでさぞ生きにくいでしょうよ。問題の二の姫の方がまだ、話ができそうな気がしてきているわ」

「会うのかい」

「会うともさ。あなたの妻になるかもしれない女性だもの」

俺がよく浮かべる、悪い笑いに似た顔をしたキンウが言う。

「さて、イリアス、一緒に行きましょう」
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