死にかけて全部思い出しました!!

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外伝~女帝の熊と悪役令嬢~

魔女の慧眼恐れ入るってのか。嗅覚なのやら?

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先ぶれを出しておいて正解だった、らしい。
俺はキンウとともに、アリアノーラの客間に座っていた。
用意されているのは、いたって普通の茶菓子に紅茶である。
俺はてっきり、泥水でも用意されっかと思ったんだが。
まあアリアノーラはそんな事しないか。
何か微妙だが、俺の事を嫌いだとは思っていない気がすっからな。

「ようこそ、イリアス様。それとあの……申し訳ないのだけれども、あなたはどなたかしら。わたくしはバーティミウス・アリアノーラ・ルラ・バスチアと申しますわ。ごめんなさい、わたくし、足が悪くて立つ事ができませんので、このような姿勢で失礼いたします」

アリアノーラが、キンウを見て臆する事など何もないという目をしている。
それを見たキンウが、目を瞬かせて面白そうに細めやがった。
あんた何企んでんだ、と俺はうっかり首を揺さぶりたくなる。
俺が首を揺さぶった暁には、船酔いよろしく気持ち悪くなるらしい。
そのせいか、俺はちょっとした処罰の時にも呼ばれたな。
最終兵器とか言われた事もあったな。解せねえけど。
ま、そんな俺の内心はさておき、キンウがにこやかに言い始める。

「まあ、姉姫と比べればまっとうなお方でよかったわ」

「え……?」

アリアノーラがきょとんと眼を瞬かせた。
姉姫と比べられる事は、慣れっこのアリアノーラだが、自分の方がまともなんて言われた事がないのだろう。
だからとても意外そうな顔をしている。

「あのお姫さまったら、自分の名前を名乗る事もしなかったものねえ。この宵闇のキンウ相手にそんな無礼を働くお姫さまなんて見た事がなかったわ」

「宵闇のキンウ……ごめんなさい、わたくしの知識が足りないのですね、聞いた事がありません」

「素直でよろしい、と言いたくなるわ、教えて差し上げましょう。宵闇のキンウは、文字通りの宵闇に動く魔女なのよ」

「魔女!?」

アリアノーラが目を見開く、当然の反応だろうなあ。
この世界、この大陸で魔女の名前を冠するのは五人だけ。
そしてその魔女たちの殆どは消息不明、と来ているんだからな。
魔女を自称するような命知らずは普通、いないわけだしな。魔女は名前をけがされる事を忌み嫌うから、自分たちの名前をけがされたと思ったら、その相手を処分しにかかる。
あれはおっかねえんだ……もう、何度でも殺しに来るからな……
俺は一遍だけ、水の魔女とあれこれあって、大逃亡をした事がある。
だから俺はあんたと契ったりしないんだってどんだけ言っても、やれ契って使い魔に成れだの、やれ契約して一生側にいろだの……
俺は怪我の手当のお礼に、消息不明になるのを覚悟で一週間、水の魔女の所の手伝いをしていただけだったんだが……なんかそう言う流れになったんだよな……
あれは下手したら、水の力で記憶も抹消されるところだったからとにかくもう、逃げたな……
事情を聞いたキンウが取りなしてくれて、水の魔女もあきらめたわけだが。
あれは本当に命にかかわっている気分だった。
死ぬかと思ったぞ、俺の存在的に。水の魔女は命は取らなさそうだったが、命以上の大事な物を失うところだった。
それはさておき。
アリアノーラは、おそらく初めて見る魔女に、目を輝かせて好奇心に満ちた顔をしている。
普通、出会う事なんてないからな。魔女なんていう連中とは。
帝国で、ひらりひらりと人間の中で、楽しそうにしているキンウ位だと思うぜ、人の中で泳ぎ回ってんのは。

「あの……魔女? 数多の知識と、魔法と外法を操る、と言われている?」

「あらあら、そうよ? 魔女相手には大概の王様だって頭を下げるのが道理の魔女よ?」

「でも……あの、あなたは帝国の使者としてここにいらした、のですよね?」

「ええそうよ。ちょっと今の女帝が気に入っているし、その部下たちも、この男みたいに可愛らしいから付き合っているの」

言ったキンウがはたと手を打った。

「こちらとしたことが、魔女の風上にも置けないわね、自己紹介がまだだったわ。初めまして、二の姫様。私はキンウ、宵闇のキンウよ。まあ姓はとおっくの昔に捨ててしまったから、名乗る姓なんてないからこの通り名が、自分の名前ね」

茶目っ気たっぷりに言うキンウ。アリアノーラがその親しみやすさに、緊張を解いた。

「あの、では、どうぞお座りください。ご用件がどんなものかわからないので、こんなふうな席になりましたが……」

「ご丁寧にありがとう。イリアス、座るわよ」

言ったキンウがさっそく座り、俺はその隣に座った。
アリアノーラはじっと俺たちを見ているが、何を言えばいいのかわからない顔をしていた。
周囲の侍女たちは緊張の面持ちだ。
そうだろうな。まさか魔女と帝国の近衛兵とかいう、危害を加えたら即刻戦争になりかねない相手たちを迎えてるからな。
おまけに俺には、国王がアリアノーラとの結婚を打診しているときたんだから。
はらはらするかもしれねえ。

「お茶の用意が整いました」

するりと現れた女官が、お茶のポッドを乗せたワゴンを運んでくる。
……気のせいか?
俺は何か、記憶を揺さぶる匂いがした気がした。気のせいだと思うんだがな……?
隣のキンウをちらりと見れば、キンウは少しばかり目を伏せていた。
よくない兆候だ。経験から俺はわかるんだが。アリアノーラは何も粗相はしていない。
女官がお茶を注ぎ、手順は間違いない物で用意する。
高級な茶葉の香りは、こんなものなのか。薬くさいような変な臭いが、少しする。
でも茶葉って俺の知らない色々があるって、あの方言ってたしな。
こんな臭いの奴もあるかもしれない、と思っていたんだが。
その後の話は基本、キンウとアリアノーラの会話だった。
結構キンウが、アリアノーラの現状を根掘り葉掘り聞いて、その代わりアリアノーラが冷酷のあれやそれやを聞く、という感じだった。
アリアノーラはそこまで知識がないらしい。
国の事も、貴族の間の事も。自分は外に出られないし、ずっと部屋の中にいるような物だったからというアリアノーラだ。

「ごめんなさい、わたくしはずっとこの部屋にいるような物で……外に出る事も滅多になくて」

庭園の花の見ごろ、という物を聞いたキンウに、アリアノーラがそう言った時だ。
魔女の目が光った。

「庭園にすら出られないほど、の病かしら?」

「はい。皆が、わたくしは外に出てはいけないというものだから。ずっとそうだったから……」

「外の空気をある程度吸った方が、病の治りは早いというのにね。あなた、もしかして軟禁されているの?」

「そんな事はありませんよ、わたくしをどうして軟禁するのですか?」

「だって変な話じゃないの。お姫様を外にも出さないなんて。普通は庭園とかにこそ連れて行くものよ。病人の気晴らしなんて」

キンウの言葉に、アリアノーラが困ったような眼をした。思いもつかなかったって顔だった。

「きっと、理由があるの」

アリアノーラの声は小さかった。
さすがに色々言い過ぎたか、と魔女も思ったらしい。

「そうだ、あなたはどんな本が好きかしらね」

無理やりとわかる調子で話題を変えて見せていた。
会話のあいだじゅう、キンウは一回も茶だの菓子だのに手を着けなかった。
アリアノーラは普通に口にしていたから、毒は入ってないと思うんだけどな。
俺は、手を伸ばそうとするたびに魔女に足を踏まれて、結局食えなかった。
おい、諜報のキンウ。お前と違って俺はこういう豪勢な茶菓子なんて、年単位でお目にかかってないんだぞ……
そうして結構な間お喋りをして、退室する時。
車椅子を転がして、アリアノーラが俺に近付き、言った。

「イリアス様、また来てくださる?」

その一瞬の会話の時に、アリアノーラは俺の服の隠しに、何かを一つ入れた。

「ええ、また来ましょうかね」

俺は当り障りのない言葉でそう言った。
アリアノーラは嬉しそうな目をしたのに、笑う事は得意ではない、ぎこちない顔だった。
部屋に戻り、隠しに入れられていたものを見れば、それは一口で食える焼き菓子だった。
俺が食いたそうだったのに、気付いていたのか。
なんだか気恥ずかしいな。俺はそんなに食い意地が張っているのか。
なんとも言えないくすぐったいうれしさに、俺は焼き菓子を口に入れて……沈黙した。
吐きださなかったのは、長年食べ物に苦労していたからだ。
特徴的な花の香り。
微かに舌に響く、柔らかな苦み。
そして甘ったるい、蜜の味。
絶句物、なんてものじゃねえ。
そんな生易しい言葉じゃすまないぜ、これはまさか。

「スナダマリの、花の蜜だと」

俺の知っている花の蜜の中でも、最も恐れるべき花の蜜の、味がした。



スナダマリは、とある地域でのみ群生している花だ。そこ以外では生えないし、栽培もできない花である。
真っ白な小さな花だが、非常にいい香りのする蜜が採れる。
それだけならまだいいのだが。
スナダマリの蜜は、洒落にならない物がある。
長い事、それを摂取すると、体の中に毒が溜まってゆき、手足の指先から徐々に動かなくなっていく、そんな毒を持っている。
そして、許容量を超えれば死に至る。
とある地方では、その毒を相殺するお茶に入れたり、薬草を使ったりして、スナダマリの蜜を摂取するが。
バスチアに、そのお茶も薬草も出回ってない。この前市場を覗いた時に確認したから間違いない。
それに、アリアノーラのお茶は紅茶だった。
スナダマリの力を相殺する物じゃない。

「どう言う事だ……?」

何故自分の城の中で、アリアノーラは毒を与えられ続けているのか。
まさか、アリアノーラの動かない足ってのは……?
ある可能性に引きつり、俺はしばらく寝台に腰かけて動けなかった。
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