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外伝~女帝の熊と悪役令嬢~

他人はこれをなんというのか知らないが。俺は愛ではないと思うぜ。

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「おい、キンウ、一体全体どういう事だ?」

声が荒くなっている自覚があったんだが、どうしようもなくなって問いかけて見りゃあ、キンウが肩をすくめた。

「どうもこうもある物かしら? あなたの口にした物が全てよ」

「……わかっていたんだな? アリアノーラ姫が俺に茶菓子を渡したの」

「分かっていたに決まってるじゃないの。あんな素人の手の動きも分からないほど、この黒烏は甘っちょろくないわよ」

すくめた肩をおろして、キンウはいう。

「あのお姫様、相当身内から死んでほしいと思われているわね。その理由がなんなのか知らないけれど、はっきり言ってあまり迷っている時間はないわよ、イリアス」

「そいつぁなんでだ?」

「あなたの無駄にいい鼻が馬鹿になったかしら?」

「俺の鼻は普通だよ」

俺の言い返しにキンウが鼻を鳴らした。
おい、何がいいたい。その意味深そうな鼻の鳴らし方はなんだ。
俺の鼻がおかしいっていいたいのか。
だがあいにく俺の鼻は普通だ。どっかの犬だののように、遠く離れた獲物の匂い、なんて感知しないぞ。
そんな俺の内心を読んだのかなんなのか、キンウがため息をついてから乞う言った。
俺にとっては信じられないような、そんな事を二つ。

「毒の感知に関しては犬だの鮫だの超えるくせに、よく言うわね。……あのお姫様の体は、もうぎりぎりよ」

息をのみそうになったのは事実だった。軽すぎる体重をそこで思い出した。
背負ったアリアノーラは、恐ろしく軽い体をしていた。
やせ衰えているのか……? 
それとも、毒が体を回りすぎているのか。

「人間の平均を考えてみるに、あのお姫様はもう限界までスナダマリの蜜を口にしているわ。ちょっと嗅ぎ回ってみたらね、あのお姫様の為に作られる甘い物の全てに、スナダマリが使用されている。料理の仕上げとかに使う物にもね。いったいどれくらいの期間そうだったか知らないけれど。そろそろ心臓に毒がたまって動かなくなるわ」

以前俺はキンウから、スナダマリの蜜が起こす最期として、一般的なものを聞かされていた。
スナダマリの蜜が起こす最期は、そういう、とても自然な死に方なのだ。
徐々に体が動かなくなってゆき、衰弱して、心臓が止まる。
まるで老衰のように死んでいくから、相手の年齢によってはその死因が特定できない場合も、ある。
そしてスナダマリの蜜の作用を知らなかったならば、ほかの病の可能性を考えてしまって、特定が非常に遅れるのだ。
死因を特定するには、体を切り開いて心臓を開いて、そこに貯まる砂を確認しなきゃならねえ……と言う事間で思いだしている俺に、キンウが続けた。

「あのお姫様、何時死んでもおかしくないわ。……だからどうする、イリアス」

どうするって、どうすんだよ。何を選択させたいんだと視線で問いかければ、俺の考えなんてお見通しの黒烏の魔女が俺に選択を告げてくる。

「あのお姫様を助けるんだったら、あなたがあのお姫様と結婚して帝国に連れて行くしかないわよ」

「毒の事を知らせられないのか」

いいながら、俺でも無理だろうと分かっていた。

「無理ね。おそらくあのお姫様に毒をのませているのは、王族よ。そしてて厨房から侍女から何からを掌握している。そんな人間でしかあのお姫様にそういう事はできない。あのお姫様は腐っても第二王女なのだから。あなたやわたしがいくら言ったって無駄だわ。第一他国の事情にむやみに介入する事を、女帝は望まないでしょう」

「だな」

「だからイリアス、あのお姫様を助けたいのだったら、あなたがここから連れ出すしかない。それも急いで」

俺は少しばかり考えた。
考えて……言った。

「死なせんのは、いささか目覚めってもんが悪いな。それにあの方はこの申し出を……俺に添わせるのを喜んでんだろ」

「まあね」

「だったら俺が選ぶ選択肢は一つっきりだ」

「その思い切りの良さと、潔さは美徳だわ、そして悪徳でもある」

「謎かけしたって俺にゃ通じないぞ」

「知ってるわよそんな事」

けらけらと笑ったキンウが目を瞬かせた。

「それじゃ、こっちはあの方に報告してくるわ。そうしたらお姫様を迎えにきてあげる。この時と交わった魔女の底力をなめないでね」

にやっとした顔になったキンウに、俺は頷いた。



国王に、婚姻を了承する旨を告げれば、あからさまにしめた、と言う顔をされた。
おそらくさっさと追い出したい娘を、押しつけられると思ったのだろう。
その顔を読んで俺は、速やかに帝国に迎え入れたいと申し出た。
国王は、快く了承した。
そして俺のような身分の男、王族でも何でもない一介の近衛兵に降嫁させるとなったら完全に、アリアノーラは王位継承権を失う。
もしかしたら国王は、アリアノーラをさっさと切り捨てたいのかもしれない。
もう関係のない、関わりたくない娘なのかもしれないと俺は感じ取っていた。
なんでかって、言葉の端々からそういうのが、匂うんだよ。その匂う感じと同時に、俺の事を心底理解できない、頭の悪い趣味も悪い男と思っているのが。
この王様はだめだなと、俺はあの方と比べてみて真剣に思った。あの方はこんな風に心の内を読ませたりしねえよ。読ませた振りは大得意で、狸の腹芸と言うような物を、しょっちゅうやってたなあ。
軍師殿とそれを始めると、その威圧感に当てられて逃亡する、気の弱い奴はいっぱいいたっけな。
そんな事を俺はちらりと思いだしながら、控えめにこう申し出てみた。

「ふと思ったのですが……私のような者に姫君をくださるのだとしても、あまり持参金などを用意しないでいただきたいのですが」

この申し出を聞いた国王が、怪訝な顔になった。おいおい、ここでそういう顔してどうすんだよ。表情を殺せよ、もしくは笑っておけよ。
何で感情、隠せねえんだよばかかあんたは。
何度目になるか分からない、そんな事を相手の付け黒子と悪趣味なおしろいに染まった顔に感じていれば、国王が言う。

「それは面妖な事をいうのだな。一国の王女が持参金もなしに嫁ぐなど」

「……困るのですよ。俺と言う人間はこのように、あのお方のために世界を巡る生き方をしております……その放浪の世界にすぎた所持金と花嫁道具など……」

俺がそんな自分勝手を言えば、国王は考えるように目を細めた。
正直に言っちまえば、持参金がいらねえって言う理由はもっと別だ。
俺は持参金目当てに一国の王女をめとった、などと言われても傷つきゃしねえ。
でもアリアノーラはどうなる。帝国でだって俺を認めたがらない奴らは多いのだ。
そんな奴らに、俺が持参金目当てで……たかだかバスチア程度の国の王女の持参金ほしさで……アリアノーラを娶ったとか言われんのを聞かされるだろう、アリアノーラは。
ただでさえ、自分には価値がないと思っていそうな、姉と大きく比べられ続けた娘が。
今度は国の金目当てだと、慣れない異国で言われ続けるなんて言うのはきついだろう。
逆を言えば、持参金すら持たされない王女など、故郷から捨てられたのだと言われるかもしれない。
いちゃもんをつけたい奴はどんな事だって、あら探しをするんだから言うだろう。
んでも、俺の自己満足と自分勝手だが、俺が金ほしさにアリアノーラをさらっていったと、あの銀の目をした娘に思われたくねえ、と思ったんだ。
それにな、アリアノーラは俺と放浪生活はおそらく無理だから、帝国の首都あたりに、住むだろう。そうなれば、たぶんまだ有るだろう俺の家あたりの使用人たちが、面倒を見てくれるからそこまで、困らないはずだ。
俺はアリアノーラの暮らしかたや生活の事は知らないが。
そこまで不自由にはならないように、あの方にはキンウを通して伝えられる。事実キンウはいっぺん真夜中にあっちに渡って、あの方への伝言を確実に伝えてくれた。頭があがりゃしないぜ。
……あの帝国に、あの方の肝いりでやってきた王女をおとしめてひどい目に遭わせる、そんな神経の太い馬鹿が堂々といるとは思えねえ。
仲間内にも手紙だの連絡だのをしておけば、意外と世話焼きな奴らが多いのと面倒見がいいのが多いのとだから、アリアノーラを守ってくれるだろう……
俺が勝手に判断してんだが、アリアノーラは姉のおまけとしてじゃねえ、自分だから守られる、自分が大事にされて守られているっていう事を与えられる事が必要だ。
そのきっかけが、俺の嫁さんだから守られている、から始まるものでもこのバスチアで永久に、姉のおまけとして、さげすまされながら、ろくに守られないという事よりはいいはずだ。
俺の勝手な、実に勝手なアリアノーラの意見なんて気にしてねえ考え、だがな。

「帝国の近衛兵ともあろうものが、不自由しているのだな」

国王の言葉に、釣り針に獲物が引っかかったような気分になったが、俺は静かに言った。

「いいえ……過ぎたものを持っていれば、その分命を狙われやすくなるのがこの生き方の、宿命のようなものと思っていただければ」

それともう一つ、持参金には意味がある。相手に与えれば与えるだけ、世間一般で言うところの、親族としての縛りが発生するのだ。
俺はあんたらの親族にはならねえ。そんなものに価値は見いださない。縛りなど足で蹴り飛ばす。
そんな皮肉を言葉に込めておいたんだが、俺の口から出した言葉の方がよっぽど理解しやすかったのか、国王が言う。

「それでは近衛兵殿は、いったい何を望む?」

俺はにいやりと心の中で笑い、こう言い放って見せた。

「アリアノーラ姫を」

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