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外伝~女帝の熊と悪役令嬢~
終幕 幸せは、他人が決めるもんじゃねえんだ。俺が決める。
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「……何年もたっちまったんだなあ」
俺はしみじみと呟いている。目の前の絵画はもう大昔の物だ。
そこにいるのは、今は亡いあのお方だ。
「あの世ってのはどうですかねぇ、あなたの亡くなったご友人がたがそろっていますかい。それとも俺のとんでもでぶっとんだ両親相手に、笑ったりしていますかい」
俺はそんな事を肖像画に問いかけている。
言葉はつらつらと流れていく。
あの方は、俺とアリアノーラ……シグナスを婚約させてからすぐに、逝ってしまった。
跡取り問題でその後、かなりもめたのは、どの甥も姪も大変に優秀だったからだ。
しかし。
俺は冠をもてあそぶ。
儀式の時に、被せられてしまう物はかなりの重量感を持ったもので、そしてとても首が凝る。
これを被りたくないがために、俺に権利を押し付けてきた甥と姪たちには、苦笑いだ。
「驚きですよ、武勲だけであなたの子供になった俺はとうとう、王様だ」
肖像画の中の方は答えてはくれない。微笑んでいるばかりだが、俺は人払いをしたがゆえに、ここで色々な事を口にする。
「王様になった途端に、シグナスの不貞ってのを偽物の証拠で叫んで、取り返そうとしてくるバスチアは、今は落ちぶれた国ですよ。あの国は小さいながらもまともだったってのに」
俺はくつくつと笑う。そう、俺が王になる直前に、その事でバスチアが騒ぎ立ててきやがった。王の妻にそのような不貞な娘はふさわしくない、と。
おそらくあれは、その言葉で俺の王位継承を揺らがせて、何かこちらに仕掛けてくるための布石だったのだ。
もっともそれは、純潔の乙女しか背中に乗せない一角獣が、シグナスになつきまくって追いかけまわしていたあの時、ただの言いがかりに過ぎなかった。
シグナスが、馬よりはるかに頭がよく、勇猛果敢でありながら乙女にはどこまでも甘ったれる聖獣に年がら年中乗って、街中を歩いていたから、街にすらそんな下卑た噂は信じられなかったわけだ。
そして。
「シグナスは、ええと、どこだ。そうだ、ラジャラウトスの皇子に求婚されて、逃亡しまくって」
笑い声が喉から漏れてくる。
「ソヘイル、って言ったか。あいつとなんか意気投合して、ほとんど同盟みたいな状態でくっつきましたよ。優秀な兄弟がいる共感でちょくちょく遊んでいて、あれはどっちも子供の恋愛が花開いた奴だった」
俺に未練があったか、と言われたら、ないと心底思うのは俺のせいじゃない。
「どっちも俺には、可愛いソヘイルと可愛いシグナスだ。幸せにならなきゃならねえ。幸いどっちもどっちで、相手を自分と同じ以上に大事にする性分だったらしくてですね。二人そろって、お互い相手に笑う時の笑顔が、こう、金剛石を思い切り水の中にばらまいたみたいな、そんなきらきらした笑顔になるんですよ。うれしくってしょうがないですねえ」
声が震えだしたのは、俺もいろいろ……あるからだ。
「もとより、マダラの刻印に加えて屍あさりの刻印もちですから。ほかの命を奪えても、生み出す事は出来ないように作り替えられた体だ。王っていうのに持ち上げられた以上、子供ができないというのはそれだけで内乱だ。あの子に非がないってのに、あの子が石女だとか言われちまう。俺が王様じゃなかったら、あのまま嫁にもらったってかまわねえ筈だったけれども。あの子に子供ができない重圧、それも王妃のそれをあたえちゃならねえ」
俺はそっと肖像画に触れる。あの方は答えない。あの方は現れない。知っている。
「俺は幸せですよ、誰もが不幸せだと言ったとしても、幸せだ。あの子が俺が魔物でも、金の月の様だと言ってくれたのだから」
いい言葉ですよねぇ、と俺は続ける。
「マダラの中じゃ、お天道様よりも綺麗だと言われている、金の月なんて言われたんですよ、この俺が。この上ない言葉だ。この人生に何も悔いはない」
言葉を一つ、また吐きだす。
「あの子が壊れる前に掬い上げられた。あの子にこれ以上にないいい男を見つけられた。国は俺が多少馬鹿でも、甥っ子と姪っ子が頭をひねってくれる」
俺はまた肖像画の中の、ふくよかな方に問いかける。
「これを幸せと言わないで、何を幸せというのか教えてくださいよ。……今日は、あの二人の結婚式なんですよ。ラジャラウトスの方も、こっちに気遣って、こっちで結婚式を上げさせてくれるんです。俺なんか、シグナスの父親役ですよ。そうなんです。婚約者っていうのを、あなたが書類にしなかったからできた荒業ですよ。なんと俺が養女にしちまいました」
あの一年の中で、俺の婚約者という関係を、あなたがなかなか作らなかった。そして作らないままあなたが死んで、俺はシグナスを本当に守るために、あの子を俺の子供にした。
「ああ、いつまでも、いついつまでも、あなたに最大の愛情と敬意を。いとしい俺の、女帝陛下。イル・ウルスは行ってきます」
これも、女帝の熊と悪役令嬢の、結末だ。
-------------------------------------------------------
これにて、女帝の熊と悪役令嬢も完結です。
この二人は、どこまでも愛でありながら、決して恋にならないイメージがありますので、
恋愛関係でくっつく、という方向にはなりませんでした。
恋愛方面に関しては、無垢に等しいアリアノーラは、イリアスの父性愛を感じており
女帝しか見ていないイリアスは、アリアノーラに手は出さないだろうと。
それでは、いつまでもお付き合いくださりありがとうございました!!
俺はしみじみと呟いている。目の前の絵画はもう大昔の物だ。
そこにいるのは、今は亡いあのお方だ。
「あの世ってのはどうですかねぇ、あなたの亡くなったご友人がたがそろっていますかい。それとも俺のとんでもでぶっとんだ両親相手に、笑ったりしていますかい」
俺はそんな事を肖像画に問いかけている。
言葉はつらつらと流れていく。
あの方は、俺とアリアノーラ……シグナスを婚約させてからすぐに、逝ってしまった。
跡取り問題でその後、かなりもめたのは、どの甥も姪も大変に優秀だったからだ。
しかし。
俺は冠をもてあそぶ。
儀式の時に、被せられてしまう物はかなりの重量感を持ったもので、そしてとても首が凝る。
これを被りたくないがために、俺に権利を押し付けてきた甥と姪たちには、苦笑いだ。
「驚きですよ、武勲だけであなたの子供になった俺はとうとう、王様だ」
肖像画の中の方は答えてはくれない。微笑んでいるばかりだが、俺は人払いをしたがゆえに、ここで色々な事を口にする。
「王様になった途端に、シグナスの不貞ってのを偽物の証拠で叫んで、取り返そうとしてくるバスチアは、今は落ちぶれた国ですよ。あの国は小さいながらもまともだったってのに」
俺はくつくつと笑う。そう、俺が王になる直前に、その事でバスチアが騒ぎ立ててきやがった。王の妻にそのような不貞な娘はふさわしくない、と。
おそらくあれは、その言葉で俺の王位継承を揺らがせて、何かこちらに仕掛けてくるための布石だったのだ。
もっともそれは、純潔の乙女しか背中に乗せない一角獣が、シグナスになつきまくって追いかけまわしていたあの時、ただの言いがかりに過ぎなかった。
シグナスが、馬よりはるかに頭がよく、勇猛果敢でありながら乙女にはどこまでも甘ったれる聖獣に年がら年中乗って、街中を歩いていたから、街にすらそんな下卑た噂は信じられなかったわけだ。
そして。
「シグナスは、ええと、どこだ。そうだ、ラジャラウトスの皇子に求婚されて、逃亡しまくって」
笑い声が喉から漏れてくる。
「ソヘイル、って言ったか。あいつとなんか意気投合して、ほとんど同盟みたいな状態でくっつきましたよ。優秀な兄弟がいる共感でちょくちょく遊んでいて、あれはどっちも子供の恋愛が花開いた奴だった」
俺に未練があったか、と言われたら、ないと心底思うのは俺のせいじゃない。
「どっちも俺には、可愛いソヘイルと可愛いシグナスだ。幸せにならなきゃならねえ。幸いどっちもどっちで、相手を自分と同じ以上に大事にする性分だったらしくてですね。二人そろって、お互い相手に笑う時の笑顔が、こう、金剛石を思い切り水の中にばらまいたみたいな、そんなきらきらした笑顔になるんですよ。うれしくってしょうがないですねえ」
声が震えだしたのは、俺もいろいろ……あるからだ。
「もとより、マダラの刻印に加えて屍あさりの刻印もちですから。ほかの命を奪えても、生み出す事は出来ないように作り替えられた体だ。王っていうのに持ち上げられた以上、子供ができないというのはそれだけで内乱だ。あの子に非がないってのに、あの子が石女だとか言われちまう。俺が王様じゃなかったら、あのまま嫁にもらったってかまわねえ筈だったけれども。あの子に子供ができない重圧、それも王妃のそれをあたえちゃならねえ」
俺はそっと肖像画に触れる。あの方は答えない。あの方は現れない。知っている。
「俺は幸せですよ、誰もが不幸せだと言ったとしても、幸せだ。あの子が俺が魔物でも、金の月の様だと言ってくれたのだから」
いい言葉ですよねぇ、と俺は続ける。
「マダラの中じゃ、お天道様よりも綺麗だと言われている、金の月なんて言われたんですよ、この俺が。この上ない言葉だ。この人生に何も悔いはない」
言葉を一つ、また吐きだす。
「あの子が壊れる前に掬い上げられた。あの子にこれ以上にないいい男を見つけられた。国は俺が多少馬鹿でも、甥っ子と姪っ子が頭をひねってくれる」
俺はまた肖像画の中の、ふくよかな方に問いかける。
「これを幸せと言わないで、何を幸せというのか教えてくださいよ。……今日は、あの二人の結婚式なんですよ。ラジャラウトスの方も、こっちに気遣って、こっちで結婚式を上げさせてくれるんです。俺なんか、シグナスの父親役ですよ。そうなんです。婚約者っていうのを、あなたが書類にしなかったからできた荒業ですよ。なんと俺が養女にしちまいました」
あの一年の中で、俺の婚約者という関係を、あなたがなかなか作らなかった。そして作らないままあなたが死んで、俺はシグナスを本当に守るために、あの子を俺の子供にした。
「ああ、いつまでも、いついつまでも、あなたに最大の愛情と敬意を。いとしい俺の、女帝陛下。イル・ウルスは行ってきます」
これも、女帝の熊と悪役令嬢の、結末だ。
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これにて、女帝の熊と悪役令嬢も完結です。
この二人は、どこまでも愛でありながら、決して恋にならないイメージがありますので、
恋愛関係でくっつく、という方向にはなりませんでした。
恋愛方面に関しては、無垢に等しいアリアノーラは、イリアスの父性愛を感じており
女帝しか見ていないイリアスは、アリアノーラに手は出さないだろうと。
それでは、いつまでもお付き合いくださりありがとうございました!!
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本当に素敵なお話でした!
個人的にイリアスとアラアノーラの恋愛話が読めて良かったです。
素敵なお話をありがとうございました!
ぜひ他の外伝も読んでみたいです。
外伝が本伝であればアリアはあんなに苦しまなかったのに・・・と思うと切ない。
イリアスとの絡みが愛しいですね。
外伝、面白いです。