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外伝~女帝の熊と悪役令嬢~
口説き文句の真の意味合い何ざ、俺だけが知ってりゃいい。
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大した事じゃねえんだよ。
俺は内心でどう言ったらいいのか、また分からなくなっちまった。
あんなあ。
死んでも口に出せやしねえ空気になっちまったじゃないか。
死んでもいい
に答え返した言葉の意味を。
そうだなあ、真昼の綺羅星がきれいだから
の真実の意味を、俺はここで口に出せなくなっちまった。
いったら最後、周囲から袋叩きに会っちまう。
真昼の綺羅星、とはマダラの古い呼び名で、お天道様の事なんだ。
そして真昼の綺羅星がきれい、というのは。
マダラの昔からの言い方で、世界があまりにも眩しくて美しいから、という意味なんだ。
死んでもいい、にこれを返したのは。
世界は死にたくなくなるほど美しいんですよ、死ぬのはとても、もったいない。
という意味合いだったんだ。
裏を返せば、というか、マダラだったら。
『死ぬのは許さない!!』
くらいの意味だとすぐにわかる、かなりの説教だったんだ。
しかし周りはそれを、愛の言葉だと勘違いしていやがるし、五百年も年上のキンウですら、俺の言葉の意味合いに気付いてねえ。
だから俺は言えないまま、アリアノーラの頭を撫でてみた。
「ほら、そんな泣かれちまったら、眼玉溶けちまうだろう、さあ泣き止め、な?」
ぼろぼろと涙がこぼれているアリアノーラの、その銀色の目を俺は心底美しい物だ、と思った。
俺みてぇな生き方をしている、命知らずなのか命が惜しくないのか、わからない奴が手を出していい女の子じゃねえな、とも思った。
この女の子は、俺よりずっといい男、顔でも性格でも生き様でも、何だっていい、いい男が似合う。
……どうすりゃいいだろうなあ。この子にもっとふさわしい男をより分けてくっつける方法は。
陛下は俺にくっつける気が満載だろう。
バスチアの王女を簡単に、そこら辺の身分の男にくれてやるわけにゃいかねえしな。
俺につなぎ留めておくのが、陛下の取るべき一番いい選択肢だ。
そんな事はわかってんだけどよ。
俺はこの女の子を何時か殺すだろう、と俺は漠然と彼女の目を見ながら思っていた。
ああ、殺しちまうだろう、その手段が一体どんな方法かは知らねえけど、息の根を止めてしまうだろう。
俺は殺すようにしか生きられない男だ。
そして誰かを殺さなければ、息ができない男だ。
マダラの誇り高き少年から、獣というのもおこがましいモノに一度堕ちる事を選んだ俺は、人間に上がる事は許されていない。
陛下はそれを知らねえだろう。話した事がねえものだから。
だが、俺が戦場の特に、血の匂いが濃い所で機嫌がよくなるのを、実際に見て知っている。
うっすらとは感じているだろうと、何処かでは思っている俺がいる。
俺は戦場の中で息をする、そういう兵器にまで堕ちたのかもしれねえ……。
「なあ泣き止めっての。いい加減俺が意地悪しているみたいじゃねえか」
「……だって」
お、と俺はアリアノーラの中の、人間らしい一面が顔をのぞかせた事に少し、意外な物を感じながら顔を見ていた。
娘のぐしゃぐしゃの顔の中で、煌くような星の光の銀の瞳。
ああ、これは星の銀じゃねえな、と俺は思いなおす。
これはそうだな……なんだかな。
導きの星の光とは違うと思う。
でも、これは安っぽい光や詩的な表現が、すげえ無様に感じる眼だ。
「だって、あなたがあまりにも嬉しい事を言うのだもの、これ以上生きていなくったって構わないの」
俺はその言葉にぎょっとした。
この子はどれだけの不遇を生きてきたのか、とそんな思いがよぎったのだ。
確かに衣食住は整っているだろうし、俺が渡ってきた世界などよりははるかに恵まれた世界にいただろう。
だが、それでこの子の心は満たされたのだろうか。
この子の心は、救われていたのだろうか。
と思った。
そりゃあ、衣食住が欠けてりゃ、それを欲しがって行ってはいけない道に足を踏み入れる奴らは五万と居る。
でも、だ。
人が心と呼ぶものは、満ち足りていれば育つ物でもなければ、満ち足りていれば素晴らしい物になる物、でもねえのだと俺は知っている。
俺の記憶の中で、もっとも偉大な人間はマダラの女の一人だ。
マダラはいつだって貧しかったし、飯は一週間に一遍くらいしか、まともに飯だと思う物になんてありつけなかった。
でも、その女は背中が伸びていて、飯じゃない物をたくさん教えた。
生き様と死にざまの話を何度か、聞かされた。
重税の中でも生き延び続けてきた、干からびる寸前でもその土地を離れる事を許されなかったマダラの、その中でもマダラがマダラたる誇りは燦然と輝いていた。
道に迷った旅人に、なけなしの飯を与えてなけなしの寝床を与えてもてなす、マダラはそういう一族だった。
足りない物ばかりの世界でも、伸ばされた背筋の中の鋼と、そうであるべきという決然とした意志と、それからそれから。
マダラの中にいて教えられたのはそんな物だ。
俺も昔は持っていたものだ。
今はほとんど捨てちまったものばかりでな。
あれらは綺麗すぎて、俺が選んだ道には不都合が多いから、俺はマダラの生き方を捨てちまった。
捨てなかったら、きっと陛下を殺す事になっていただろう。
陛下の命令を聞いて、あの時、援軍を呼びに行って、陛下を死なせていた。
だから俺は一辺たりとも後悔しないんだが、それでも。
「生きていなくったって構わない、なんつうさみしい事言っちゃいけねえよ」
俺の声は俺にあるまじき、酷く優しい声になっていた。
俺自身がぞわっとするだけの声だったせいか、キンウも陛下も目を見開いていた。
俺は腕の上にのせている、その壊してしまいそうな体の少女の目元をぬぐい、ごしごしと頭を撫でた。
髪型が崩れる? ほっておけよそんなもの。
今はこの子を泣かせて、死んでもいいと思わせるものを振り払わせたかった。
「これから、あんたはもっと幸せになるし、いろんな、感情がある事を経験するんだ。そんな楽しい事たくさんあるのに、死んだらもったいねえだろう」
「いろんな感情を経験するのが、楽しいの?」
「楽しいぜ、保証する。悲しいのも苦しいのも痛いのも辛いのも腹が立つのも、それは生きて心が動いているしるしだ。それを何にも感じないっていうのは、もう死人と同じだぜ。人間はただ生命活動していれば生きているってわけじゃねえんだ」
事実俺は、人間としての生き方を再び経験するたびに、負の感情でもどこかで楽しいと思った。
心が揺れてかたかたとする、それらが楽しかった。
人間に近付いている、人間として生きている、という不思議な感覚だったな、あれは。
そして俺はそれをいまだに、抱えているのだから。
保証済みだと思っていれば、陛下が噴出した。
「イル・ウルス。おぬしの物の言い方はあれだ、あまりにも露骨だ。そしてどうしてそこで、楽しいとか嬉しいとか、そういう感情を基本にした事が言えないのかえ」
「楽しいのは一瞬で、哀しいのはいつまでも心を動かしますでしょう? そういう時俺ぁ、生きている事の意味合いを知る気がするんです」
「お主も大概歪んでおるのう」
陛下が困ったように笑った。困らせたいわけじゃねえんだが、俺の言葉は困らせちまうだろうと分かっていた。
「……あなたは、まるで」
不意に、アリアノーラが呟くように言った。俺の顔をじっと見ながら。
「あなたはまるで、人間として生き始めて数年の魔物のような、事を言うのね」
アリアノーラがばかで察しが悪い、と言ったやつはどこだ。俺はバスチアの中でのアリアノーラの評価を思って突っ込んだ。
こんだけ言い得て妙な事を言われるとは思わなかったぞ!?
「そうだなあ、まあ似たようなもんだよ、たしかにある意味、俺は数年前まで魔物だったな」
「魔物だったの、本物の?」
「獣の中で、獣として歌い、戦場の中でだけ生き様を語るようなのは、魔物だろう?」
相方の剣を手に入れて、相方が求めるままに駆け巡った戦場。そこでのみ、俺は存在を証明した。
だから、戦場以外での俺の噂は、ほとんど聞かれない。
何故かって? 戦が終わったら俺は、森だの谷だの崖だの湖の近くだので、次の戦の場所を嗅ぎつけるために、鼻を研ぎ澄ませていたのだから。人の中に交わらなけりゃ、存在なんて証明できやしねえんだ、結局人間は。
「……でも」
涙をぬぐったアリアノーラが、俺に躊躇なく手を伸ばす。白い腕をしている、そしてとてもきれいな爪だ。
その指先が、俺のもう存在しない片目があった場所に触れて、呟いた。
「あなたが魔物だとしても、わたくしはあなたが金の月のように眩しいと、思ったと思うわ」
俺の評価で、そんな評価がなかったせいで、俺は言葉を失った。
俺は内心でどう言ったらいいのか、また分からなくなっちまった。
あんなあ。
死んでも口に出せやしねえ空気になっちまったじゃないか。
死んでもいい
に答え返した言葉の意味を。
そうだなあ、真昼の綺羅星がきれいだから
の真実の意味を、俺はここで口に出せなくなっちまった。
いったら最後、周囲から袋叩きに会っちまう。
真昼の綺羅星、とはマダラの古い呼び名で、お天道様の事なんだ。
そして真昼の綺羅星がきれい、というのは。
マダラの昔からの言い方で、世界があまりにも眩しくて美しいから、という意味なんだ。
死んでもいい、にこれを返したのは。
世界は死にたくなくなるほど美しいんですよ、死ぬのはとても、もったいない。
という意味合いだったんだ。
裏を返せば、というか、マダラだったら。
『死ぬのは許さない!!』
くらいの意味だとすぐにわかる、かなりの説教だったんだ。
しかし周りはそれを、愛の言葉だと勘違いしていやがるし、五百年も年上のキンウですら、俺の言葉の意味合いに気付いてねえ。
だから俺は言えないまま、アリアノーラの頭を撫でてみた。
「ほら、そんな泣かれちまったら、眼玉溶けちまうだろう、さあ泣き止め、な?」
ぼろぼろと涙がこぼれているアリアノーラの、その銀色の目を俺は心底美しい物だ、と思った。
俺みてぇな生き方をしている、命知らずなのか命が惜しくないのか、わからない奴が手を出していい女の子じゃねえな、とも思った。
この女の子は、俺よりずっといい男、顔でも性格でも生き様でも、何だっていい、いい男が似合う。
……どうすりゃいいだろうなあ。この子にもっとふさわしい男をより分けてくっつける方法は。
陛下は俺にくっつける気が満載だろう。
バスチアの王女を簡単に、そこら辺の身分の男にくれてやるわけにゃいかねえしな。
俺につなぎ留めておくのが、陛下の取るべき一番いい選択肢だ。
そんな事はわかってんだけどよ。
俺はこの女の子を何時か殺すだろう、と俺は漠然と彼女の目を見ながら思っていた。
ああ、殺しちまうだろう、その手段が一体どんな方法かは知らねえけど、息の根を止めてしまうだろう。
俺は殺すようにしか生きられない男だ。
そして誰かを殺さなければ、息ができない男だ。
マダラの誇り高き少年から、獣というのもおこがましいモノに一度堕ちる事を選んだ俺は、人間に上がる事は許されていない。
陛下はそれを知らねえだろう。話した事がねえものだから。
だが、俺が戦場の特に、血の匂いが濃い所で機嫌がよくなるのを、実際に見て知っている。
うっすらとは感じているだろうと、何処かでは思っている俺がいる。
俺は戦場の中で息をする、そういう兵器にまで堕ちたのかもしれねえ……。
「なあ泣き止めっての。いい加減俺が意地悪しているみたいじゃねえか」
「……だって」
お、と俺はアリアノーラの中の、人間らしい一面が顔をのぞかせた事に少し、意外な物を感じながら顔を見ていた。
娘のぐしゃぐしゃの顔の中で、煌くような星の光の銀の瞳。
ああ、これは星の銀じゃねえな、と俺は思いなおす。
これはそうだな……なんだかな。
導きの星の光とは違うと思う。
でも、これは安っぽい光や詩的な表現が、すげえ無様に感じる眼だ。
「だって、あなたがあまりにも嬉しい事を言うのだもの、これ以上生きていなくったって構わないの」
俺はその言葉にぎょっとした。
この子はどれだけの不遇を生きてきたのか、とそんな思いがよぎったのだ。
確かに衣食住は整っているだろうし、俺が渡ってきた世界などよりははるかに恵まれた世界にいただろう。
だが、それでこの子の心は満たされたのだろうか。
この子の心は、救われていたのだろうか。
と思った。
そりゃあ、衣食住が欠けてりゃ、それを欲しがって行ってはいけない道に足を踏み入れる奴らは五万と居る。
でも、だ。
人が心と呼ぶものは、満ち足りていれば育つ物でもなければ、満ち足りていれば素晴らしい物になる物、でもねえのだと俺は知っている。
俺の記憶の中で、もっとも偉大な人間はマダラの女の一人だ。
マダラはいつだって貧しかったし、飯は一週間に一遍くらいしか、まともに飯だと思う物になんてありつけなかった。
でも、その女は背中が伸びていて、飯じゃない物をたくさん教えた。
生き様と死にざまの話を何度か、聞かされた。
重税の中でも生き延び続けてきた、干からびる寸前でもその土地を離れる事を許されなかったマダラの、その中でもマダラがマダラたる誇りは燦然と輝いていた。
道に迷った旅人に、なけなしの飯を与えてなけなしの寝床を与えてもてなす、マダラはそういう一族だった。
足りない物ばかりの世界でも、伸ばされた背筋の中の鋼と、そうであるべきという決然とした意志と、それからそれから。
マダラの中にいて教えられたのはそんな物だ。
俺も昔は持っていたものだ。
今はほとんど捨てちまったものばかりでな。
あれらは綺麗すぎて、俺が選んだ道には不都合が多いから、俺はマダラの生き方を捨てちまった。
捨てなかったら、きっと陛下を殺す事になっていただろう。
陛下の命令を聞いて、あの時、援軍を呼びに行って、陛下を死なせていた。
だから俺は一辺たりとも後悔しないんだが、それでも。
「生きていなくったって構わない、なんつうさみしい事言っちゃいけねえよ」
俺の声は俺にあるまじき、酷く優しい声になっていた。
俺自身がぞわっとするだけの声だったせいか、キンウも陛下も目を見開いていた。
俺は腕の上にのせている、その壊してしまいそうな体の少女の目元をぬぐい、ごしごしと頭を撫でた。
髪型が崩れる? ほっておけよそんなもの。
今はこの子を泣かせて、死んでもいいと思わせるものを振り払わせたかった。
「これから、あんたはもっと幸せになるし、いろんな、感情がある事を経験するんだ。そんな楽しい事たくさんあるのに、死んだらもったいねえだろう」
「いろんな感情を経験するのが、楽しいの?」
「楽しいぜ、保証する。悲しいのも苦しいのも痛いのも辛いのも腹が立つのも、それは生きて心が動いているしるしだ。それを何にも感じないっていうのは、もう死人と同じだぜ。人間はただ生命活動していれば生きているってわけじゃねえんだ」
事実俺は、人間としての生き方を再び経験するたびに、負の感情でもどこかで楽しいと思った。
心が揺れてかたかたとする、それらが楽しかった。
人間に近付いている、人間として生きている、という不思議な感覚だったな、あれは。
そして俺はそれをいまだに、抱えているのだから。
保証済みだと思っていれば、陛下が噴出した。
「イル・ウルス。おぬしの物の言い方はあれだ、あまりにも露骨だ。そしてどうしてそこで、楽しいとか嬉しいとか、そういう感情を基本にした事が言えないのかえ」
「楽しいのは一瞬で、哀しいのはいつまでも心を動かしますでしょう? そういう時俺ぁ、生きている事の意味合いを知る気がするんです」
「お主も大概歪んでおるのう」
陛下が困ったように笑った。困らせたいわけじゃねえんだが、俺の言葉は困らせちまうだろうと分かっていた。
「……あなたは、まるで」
不意に、アリアノーラが呟くように言った。俺の顔をじっと見ながら。
「あなたはまるで、人間として生き始めて数年の魔物のような、事を言うのね」
アリアノーラがばかで察しが悪い、と言ったやつはどこだ。俺はバスチアの中でのアリアノーラの評価を思って突っ込んだ。
こんだけ言い得て妙な事を言われるとは思わなかったぞ!?
「そうだなあ、まあ似たようなもんだよ、たしかにある意味、俺は数年前まで魔物だったな」
「魔物だったの、本物の?」
「獣の中で、獣として歌い、戦場の中でだけ生き様を語るようなのは、魔物だろう?」
相方の剣を手に入れて、相方が求めるままに駆け巡った戦場。そこでのみ、俺は存在を証明した。
だから、戦場以外での俺の噂は、ほとんど聞かれない。
何故かって? 戦が終わったら俺は、森だの谷だの崖だの湖の近くだので、次の戦の場所を嗅ぎつけるために、鼻を研ぎ澄ませていたのだから。人の中に交わらなけりゃ、存在なんて証明できやしねえんだ、結局人間は。
「……でも」
涙をぬぐったアリアノーラが、俺に躊躇なく手を伸ばす。白い腕をしている、そしてとてもきれいな爪だ。
その指先が、俺のもう存在しない片目があった場所に触れて、呟いた。
「あなたが魔物だとしても、わたくしはあなたが金の月のように眩しいと、思ったと思うわ」
俺の評価で、そんな評価がなかったせいで、俺は言葉を失った。
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