死にかけて全部思い出しました!!

家具付

文字の大きさ
102 / 104
外伝~女帝の熊と悪役令嬢~

幸せの形

しおりを挟む

「何泣かせているんですか、この人は気が強いのに」

「おや……おまえまた、肉体の頑丈さに拍車がかかったようだのう、そのうち不死身にでもなってしまうのではないかのう?」

女帝陛下の笑う声に、返すのは親し気な笑い声。
そこにはわたくしの入り込む、余地なんてない……と感じるのに。
伸ばされた腕が、わたくしをかばうように抱え込み、椅子の背中から笑う腹腔の音を感じている。

「ああ、半分は不死身でしょうねえ、マダラが今だ発動出来れば……そしてそれの可能性は八割以上とも言えますから」

「八割とは意外と高いのう」

「そらあ、そうでしょう。あなた様をかばったあの時よりも、俺は遥かにまっとうな人間の思考回路してますからねぇ」

背後の笑い声はからからとしていて、それでいてとても安心してしまう。
この人がいれば大丈夫、だなんて。
そんな信頼をしていいわけがないのに。
……わたくしは、希望を持ちすぎてはいけない。
いつかやってくる終わりの足音と、終わりの死神が鎌を砥ぐ音が聞こえてくる気がした。

「俺の女帝陛下、なんなら見ますか? マダラの上書きされた紋様を」

「見せろ見せろと催促しても、見せなかった強情っぱりが今はどういう風の吹き回しじゃ?」

「どうせ節目ですからねえ。ここには秘密にしない方がいい奴しかいない」

言いながら、わたくしの前にある腕が、おおわれた包帯を外していく。
そこに浮かぶ……入れ墨。
月と星、それから視線を上に持ち上げていくと現れる太陽。
そしてそれらを上書きするように、上から刻み込まれている……何かの獣の紋様。

「マダラの天と地の紋様の上から、屍あさりの獣の紋様……因果な物持ってんだねえ、イリアス」

「魔女、解説を頼もうかのう?」

「マダラの天と地の紋様は、天と地ある所に我はある、という彼らの当たり前の祈り文句なんだよ。体のどこかが天と地に触れていれば、尋常じゃない戦闘能力を発動させる事ができるのさ。
そして、屍あさりの獣の紋様、これはもっと凄惨な物さ。邪悪とも呼ばれているものでね。……まあ簡単に言えば、死体がある所ならどこだって、死体から発する死気を吸い込んで戦う事ができるっていう、これまたマダラの紋様さ。どっちも、故郷が貧しいから戦いに出るしかない、マダラにしか伝わらない物でね。一定の手順で同じものを彫ったとしても、その効果が発動するなんて言う簡単な物じゃないのさ」

「同じ模様でも、なのですか……」

わたくしは目の前の模様に、ふっと触れてみた。わたくしには、呪術的な物は何もわからないのだけれど、入れ墨はとても美しい物の様で、神聖な物の様に思えた。

「そう。マダラが“覚悟を持って”宿さないと意味がないっていうブツさ」

肩をすくめたキンウ様に、イリアス様が笑った。

「宵闇の魔女殿は、えらい詳しすぎるな……俺が説明する隙もありゃしない」

「何年年上だと思っているんだい、この餓鬼」

「百年」

「甘いね、五百年」

そんなやり取りの後、イリアス様がわたくしに向かって笑いかけてきた。

「秘密ですよ、お姫様」

「……秘密ならどうして、わたくしにも見せたというのですか」

この問いかけに、イリアス様が照れくさそうに笑って、鼻の頭をかきながらこう言った。

「嫁さんに、秘密もってたら、夫婦円満なんてやってらんねえだろうが」

それを聞いたわたくしは唐突に、わたくしをこの人は幸せにしたいのだと気付かされた。

「多大なるのろけだのう」

「あてられちゃって言葉が思いつかないよ、遅咲きの初恋なんて見てらんない」

「あんたらなあ! 言うに事欠いてそれかよ!」

お二方の言葉に文句を言うイリアス様、でも。
わたくしを放置して、二人に近付かないから、わたくしは。

「死んでもいいわ」

と呟いた。

「そうだなあ、真昼の綺羅星がきれいだから」

イリアス様があっけらかんと答えた中身に、また泣き出したくなってしまって、我儘を言う事にしてしまった。

「結婚式なんてなくていい……っ」

「おいおい?! 待てよ、ちょっと待て、普通女の子は結婚式欲しがるんじゃねえのか、え?」

イリアス様が、丁寧な騎士としての言葉を捨てて慌てている。
わたくしは顔に手を当てて、言う。

「今がとても幸せだから」

結婚式は、基本的に人生最高の幸せ、という見方がとても強いのが女性への教育だけれど。
今が人生で一番幸せだから、わたくしは、そんなものなくったって善かった。

「死んでもいいわ」

また呟いたとたんに、ひょいと体を持ち上げられてしまって。

「おや」

「まあ」

イリアス様の腕の上に、乗せられてしまった。

「そーいう、発言やめろ、な?」

イリアス様の真っ黒な瞳が、わたくしをたしなめるように見つめて言葉を紡ぐ。
それを見て、女帝陛下とキンウ様が言い出す。

「……イル・ウルス。おぬし学がない学がないと思っておったんだがのう……ここまでか」

「言っちゃいけないよ、女帝さま。あんたが与えた本の山、真面目に読んでもこれだからね」

「何じゃ、読んではいるのか」

「呼んでも理解できないおつむりってのはあるんだよ」

「イル・ウルスは人生の九割が教育とは無縁じゃったからのう……そのせいか」

「陛下、魔女、何が言いたいんですかねぇ」

「情緒の問題でのう、愛している、やあなたが好きです、を“死んでもいいわ”と言いまわす風習があるのじゃよ。それに対する答えは……ほう? イル・ウルス。おぬし真昼の綺羅星がきれいだからと答えたのう? 知っていてその返しか、おぬしなかなか情緒が芽生えたのう」

「へえ、女帝様、どういう訳をするんだい?」

にやにやとし始めた女帝陛下アリアノーラ様と、面白い事の気配ににやにやし始めたキンウ様。
イリアス様が引きつったその瞬間。

「存在しない物すら美しく見える。……あなたがいると、存在しない物すら美しい。最高峰の愛の言葉だとは思わないかえ?」

アリアノーラ様が言って、わたくしを腕の上に乗せたイリアス様が、真っ赤になった。

「……あ、ははっ」

わたくしはなんだかとても、心の底からおかしくなってしまって。
声を上げて笑ってしまったけれど、滅多に笑わないせいで、笑い方がとても変な感じになってしまった。



幸せってこういう形をしているのね、とわたくしは、初めて教えてもらったような気がした。
しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

腹に彼の子が宿っている? そうですか、ではお幸せに。

四季
恋愛
「わたくしの腹には彼の子が宿っていますの! 貴女はさっさと消えてくださる?」 突然やって来た金髪ロングヘアの女性は私にそんなことを告げた。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。