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現場を知らない設計者は、現場から怒られる

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あらかたの詳細設計を終わらせてローザ様の関連会社に製造を依頼してから2週間後、研究室でシルビア様とニーナ様とお茶会をしていると、ローザ様が勢いよく研究室に飛び込んできました。
淑女としてはありえない行動ですが、どうしたのでしょう?

たしか、ローザ様は先週婚約を破棄されましたし、ニーナ様もあっさりと破棄されました。
シルビア様だけがまだですが、なんだか裏でコソコソやっているご様子。
あまり婚約者のご実家をいじめてはダメですわよ…
しかし、ローザ様は何をそんなに慌てておられるのでしょう?
「どうしたんですのローザ様」
「製造依頼を出した会社から図面にダメ出しの嵐よ!」
なんとなーく予感していたことではあります。
なにせ私達はほぼ今回が初めての製図…ルールは授業で習いながら書いたものですからダメ出しがあるのはわかりきっていたことではありますが…
「そんなに慌ててらっしゃるということはかなり深刻な問題が?」
「工場長が”これは組み上がらない”とお怒りでしてて…皆様来ていただけませんこと?」

呼び出されるままにローザ様につれられ工場へ訪問することとなりました。
「あんた達がこの図面書いたのか」
向かった事務所にいたのは強面のガタイがいい作業服を着こんだ男性が一人。
随分横柄な態度に思わずカチンときましたわ!
「ずいぶん失礼な物いいですわね貴方。何様ですの」
「何様はこっちのセリフだ、こんな図面描きやがって…おまら現場を何も知らないだろ」
「なっ!貴方私達貴族に向かってなんて口を!!」
「ユーディ様落ち着いて」
必死に私を止めようとするローザ様が何を焦っているのかわかりませんわ。
貴族令嬢に平民の男がズケズケと許せませんわ!
「俺の名前は、ハンス・フォン・アルセロール。そこにいるローザの叔父にあたる」
「…へ?」
「だから落ち着いてほしいといったではありませんか…」
「あら~ローザ様のお父様ですの。私ニーナ・フォン・ファブリークと申します」
「あたくしはシルビアですわ。ネッドガー家のものです」
私以外の二人がさっとカーテシーをする。
「ってことは、あんたがダルムシュタットのお嬢さんか…
 面白いことを考えたとは思うが図面の書き方がなっちゃぁいねぇ。
 おまえら、造る側のことなんて何も考えてないだろ?」
そういって、バサリと私達が書いた図面をテーブルの上にぶちまけたハンス様は向かいの席に座るように指図されてその通りにします。
何処から現れたのか、事務所の受付嬢の方がコーヒーを入れてきてくださいました。

「先ほどは大変失礼をいたしました」
「かまわん、左記に身分を明かさなかったのは俺だからな。
 だが今後は気を付けたほうがいい、製造現場のお偉いさんは大体貴族家の人間が多いからな」
「肝に銘じます…」
まったくもってお恥ずかしい限りです。
工場など下の物が働くところに貴族はいないと勝手な先入観を持っておりました。
管理する人間がいる以上、ある程度の身分の人間がいることなど少し考えればわかることですのに…私まだまだ子供ですわね。

「さて、本題だ。
 ダルムシュタット嬢、あんたはこれをどう作る気だ?」
そういって机の上から一枚の図面を渡されました。
これは正面装甲の図面ですわね。
「どうって、鉄板を切断して切断面の角を斜めに切り落とすだけではありませんか」
「鉄板を何で切る?」
「何で、ですか?」
「そうだ、まさかハサミで切るわけじゃねーだろ?」
「えっと、シャーリングという機械があると聞いたのですが」
「10mmの鉄板なんかシャーリングじゃ切れねぇよ。
 ガス切断をするしかねぇ。
 そうするとこんな公差じゃ切断できないわけだ。
 最大幅が1,800mmだから±5mmは余裕が必要だ。その余裕があるか?」
今回の図面では正面の装甲板を側面に溶接する指示をしておりますが、角に当てての溶接を考えていましたから、そんな余裕はありません。
シャーリングによる切断ならば±1mmで収まると思っていましたから
「改善策としては、どうせ横の板は折り曲げるんだから、溶接個所についても取り代分を折り返してやればいい。
 紙で模型を着く上での”のりしろ”ってやつだ。
 そうでなくとも、板厚が違う板同士を溶接するのは難しい。
 そこは技術の向上にも役立つからそのままチャレンジしてやる」
「これは一度紙で模型を作ってみるのが良いのでしょうか?」
「そうだな、製造工程を考えながら模型を作ってみろ。
 ペラペラの紙の縁同士を糊付けできないからわかるだろう。
 それから、家の工場を見学させてやる。現場を見てどうやって製品ができるのか見ていきな」

言われるがままに着替えを渡され、制服から着替えて工場見学をさせていただきました。
シャーリングに、ガス切断機、旋盤、ベンダー、そしてアーク溶接機。
なんでもガス溶接と違い最新式の溶接機だそうです。
電力を用いて、鉄と溶接棒の間にアークを発生させて溶融接合するとのこと。
ガス切断と違って、アーク溶接にて溶接した試験材にて引っ張る強度を確認すると、溶接個所ではないところが破断するとか。
これは戦車だけでなく、いろいろなものに仕えそうな技術ですわね。
可能ならばより溶接個所を増やしたいところですが、まだ実用化されて10年ちょっとしかたっていない新しい技術とのこと。
ですが最近では急速に広がりを見せている溶接法だそうです。
ただ、アーク溶接は厚板の接合には向かないそうで、鋼材の種類によってもしっかり接合されないとか
…まだまだ扱いの難しい技術見たいですわね。
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